#031:新ビジネス
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
今日はいろいろとあったけれど、夜になればお肉づくしで常にも増して豪勢な晩ご飯を食べて、驚くほどぐっすり眠った翌朝からも、エクレアと一緒にいつもと変わらない店番に励む。
そのエクレアは、招き猫ならぬ招きベヒモフをすることなく私の足下――石を敷き詰めた床の上でとろけていたので、温度を調整した冷却の魔術でもふもふの身体を包んでいるよ。
どうせなら部屋中に放ってクーラーの真似事をしたいのだけれど、このお店だけに冷たい空気が漂っていると怪しまれるから局所的なものとなっている。
水や風系統だけではなくて、無属性でも冷却を使えることが早く世間に広まらないかな……なんて考えていると、お店のドアベルが静かに鳴った。
「ふぅ……今日も暑いねぇ」
「あっ、お婆ちゃん! いらっしゃいませ!」
「おぉ、元気だねぇ。レアは上にいるのかい?」
「お母さんならお出かけ中だよ」
「ありゃ。ま~たあの子ったら……」
お向かいのパン屋さんに住むお婆ちゃんがやってきた。
常に柔和な微笑を称えていて、これぞお婆ちゃんの中のお婆ちゃんというくらいにお婆ちゃんなお婆ちゃんだよ。……つまるところ、とっても優しいお婆ちゃんなんだ。
いつもは私から会いに行くから、お店まで来てくれたのはかなり久しぶりではないのかな。
そんなお婆ちゃんに難しい顔をさせるだなんて、お母さんてばいったい何をしたのだろう。
以前、エミリーから頼まれた伝言はしっかりと繋げたのに、まだ会いに行っていないのかな。
「お昼には帰ってくると思うから、大事な用だったら連れていくよ?」
「今日はサラの顔を見にきたついでだから大丈夫だよ。そうそう、これをお食べ」
「わぁ! 蜂蜜パンだ。ありがとう!」
やわらかめのパンに蜂蜜を掛けたケーキみたいなお菓子をお婆ちゃんから貰った。
私からすれば甘味が大幅に不足しているこの世界では、たったこれだけの品でも人気を博していて、買うには二の足を踏むようなお値段でもすぐに売り切れてしまう脅威の一品なのだ。
その匂いに釣られたのか、足下のもふもふがもぞりと動いて声を上げる。
「ぷもー?」
「あ、そうだ。お婆ちゃん、この子はエクレアっていってね――」
私の足下に限定していた冷却の範囲をお婆ちゃんが入るまでに拡大し、パン屋さんだから連れて行けないエクレアを交え、それに加えてほどよく冷えた麦茶も添えて楽しい雑談に興じていたら無粋な鐘が鳴った。
「あれま。もうこんなに経ってたのかい。お婆ちゃんはそろそろ帰るとするよ」
「そっかぁ。また近いうちに遊びにいくね」
「そりゃ嬉しいねぇ。楽しみにしているよ。さてと……ああ、そうだ。このお茶を買っていくんだったよ。そろそろ切れそうだったからね」
「は~い、かしこまりました~」
蜂蜜パンのお礼にと思って無料にしたら『身内でも客は客だよ』と受け取ってもらえず、それなら身内割引で半額にしても頷いてくれなかった。
そこで、こっそりと増量した小袋をお持ち帰りしてもらったよ。その中身は、出来のよいところだけを集めた上得意様向けなのは言うまでもないかな。
お婆ちゃんとの楽しいひとときが終わり、その反動から暇な時間に堪えかねた私は思考の海へと沈んでいく。
麦茶は今でも売れるくらいに定着したけれど、これってあまり儲からないのよね。
原料に対する費用が低いから利益率は大きくても、売値も安いことが問題なのだ。
かといって、今更値上げなんてしたらマヨネーズ騒動の二の舞になるし、商人ギルドが作った業者もあるので売れるとも思えない。
それでも、このまま座して新生リンコちゃんを待っているのも時間がもったいないよねぇ。
また何か新しい商品を考えるしかないか。
今は夏で暑いから、チャーポイ――前世の熱帯地方で使われていた帯一本で作れるベッドでも……いやいや、構造が単純すぎてすぐにパクられるに違いない。
そもそも、売れなくはないけれど儲かるとは言えない日用雑貨だけなのがダメなのだよ。
もういっそのこと、隠れメニューになっているマヨネーズや麦茶みたいに、需要の高い食料品を大々的に取り扱うべきかな?
このお店だと立地が悪すぎて儲からないだろうから、エミリーみたいに中央通りまで足を伸ばして軽めの食事を売り歩くとか。……そんな人はごまんと居るのだからこれも却下だね。
そんな風にして一人で唸っていると、いつの間にやらお客さんが訪れていた。
「サラ君? お腹でも痛いのかい?」
「え? あ、マチルダさん。いらっしゃいませ」
「何か変な物でも食べたんじゃないだろうね。腐った物でも平気な顔して売ってくる露店や売り子がいるし、この時期は特に注意しないといけないよ?」
「大丈夫ですよ。そんな無駄遣いできませんから」
焼いたらバレないとか言って、緑色になった肉でも串焼きにして売ってくる悪徳業者がいるのだよ。酸っぱい味付けで誤魔化したドロドロの野菜スープなんかもあるらしい。
一度だけならまだしも、それをしつこく続けていたらギルドから警告されるだろうに、手を変え品を変え跡を絶たないから困ったものだ。
「それなら安心……かな? それじゃ、いつもの傷薬をありったけお願いするよ」
「全部ですか? 多いですね」
「ちょっと長引く依頼を受けちゃってさ。狩場にも売り子がいたら便利なんだけどね。ハハハ」
笑みを浮かべたマチルダさんが冗談めかして言ってきた。
狩場に売り子かぁ。こんな言い方だと誰もやっていないのかな。
町の外にまでギルドはうるさく言えないのだから、そんな人がいてもおかしくはないのに。
出店の一つや二つくらいありそうだよね。
「露天商とかいないんですか?」
「付近の町や村にならいるけど、狩場なんて危ない場所で商売するような人はいないよ。そこまでするなら冒険者になったほうが何倍も稼げるからね」
そりゃそうか。
目の前に魔物という名の獲物がいるのに、それを無視して傷薬なんて売っていたら、いったい何のために危険を冒してまで最前線に来ているのか――とバカにされるだけだろうね。
しっくりきて納得のいく説明だったよ。
ということは、これはビジネスチャンスではないかしら。
町の中だと売れ行きがいまいちな生活雑貨も、スタッシュが使えなければあまり荷物を持ち込めない狩場で展開したら、多少高くても売れるかもしれない。
それに、水属性の魔術を使えなければお風呂どころか飲用水の確保すら大変だろう。
その魔術で出した水につく独特の匂いを考えると、ただの井戸水すら商品になったりして。
他にも、怪我を負った冒険者の前に颯爽と現れた私が傷薬を取り出してみれば、相場より高くても飛びついてくれるはず。それが生死に関わる重症だったら尚更に……いや、さすがにこれは洒落にならないから足下を見ちゃダメだよね。死人が相手だと商売にならないし。
「どうしたんだい? 急に黙ったかと思えば、にやにやしたり落ち込んだりして」
「ちょっと妄想を――いえ、今後の商売について考えをめぐらせてました」
「ああ。さっきの話かな?」
「はい。どんな物が売られていたら嬉しいですか?」
「そりゃやっぱり薬類があると心強いよ。それと、出来たての食事もいいね。単純に嬉しい」
怪我をしても魔術で治せるけれど、魔力を使わないに越したことはないだろうし、食べ物にしたってお腹が減っていたら力も出ないから死活問題だものね。真っ先に浮かぶのもわかるよ。
たとえそうでなかったとしても、冷たいご飯ってなんだか悲しくなる。
「どうせ食べるなら温かいほうがおいしいですよね」
「そうだね。狩場でもまともな料理を食べたいよ。あとは……ああ、そうだ、素材の買い取りもあればありがたいかな。戻る手間が省けるからさ」
採集依頼ではなかったとしてもお金になりそうな物は持ち帰って売らないと、どれだけ苦労しても鉄貨一枚の稼ぎにもならないから当然だよね。出張費用を考慮して妥当なお値段でそれを引き取れば、町に帰って売った時の差額から少しばかりの儲けが期待できるので、移動販売だけでなく買い取りも視野に入れておこう。
ただ、冒険者ギルドから問題視される不安もある。
「それってギルドから何か言われたりしませんか? 買い取りって基本的にギルドですよね」
「大丈夫だと思うよ。ボクもギルドより高く売れる所に持っていくから」
現役の冒険者が言うのだから、これで懸念は解消されたも同然でしょう。
お母さんが帰ってきたら、町の外で売り子をすることについて相談してみよう。




