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#029:お仕置き

2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。

 (むご)たらしい姿で横たわるリンコちゃんをそっとスタッシュの中へ納め、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵がいるであろうお貴族様のお屋敷へと一歩ずつ踏み出した。


 私は標的の顔も名前も知らないけれど、守護の次男坊なら一昨年くらいに成人したということで、大々的に祝い金を集めていた騒動が脳内メモに残っている。既に興味がなくてまともに話を聞いていなかったから少し曖昧なんだ。

 その代わり、先代の守護だったら自腹を切ってごちそうを振る舞ってくれたらしいのに、今の無能くんはお金だけ集めて町の住民には何一つ施さなかったことはよく覚えているよ。

 あの時は『金を取られたのに豪勢な貴族飯は食えなかった』と皆が落胆していたからね。




 たたみ込むようにくねくねと蛇行する坂道を無言で歩き続け、趣味の悪いホテルのような邸宅が視界の中に入ってきた。

 背の高い石壁に囲まれた四階建ての住居には、あちらこちらから小部屋が飛び出すように増築されており、それらの色合いが各々ばらけているせいで風景との調和が取れておらず、目を背けたくなるほどの酷い有様となっている。


 張り出した小部屋がいつ崩れ落ちるのかと、見ているだけでも疲れる建造物だね。

 せめて、背景に馴染んだ色で塗り直してくれないかな。

 せっかく森に囲まれているのに台無しだよ。これでは小鳥さんも寄ってこない。


 勘違いした芸術家が、大工さんと何も相談せずに作らせたような家屋を視界から外して歩き、外を囲む石壁に設けられた装飾過多な門の前にまでやってきた。

 そこには見覚えのある鎧に身を包んだ二人の騎士が気だるそうに佇んでおり、私の姿を認めて怪訝な顔つきで制止の言葉を発した。


「ここに何かご用かな、お嬢さん?」

「はい。守護様のご令息がお怪我(けが)をされたと伺いまして、よく効く傷薬を献上しに参りました」


 もちろん嘘だ。そんなものは用意していない。

 私は怪我(けが)をしても時間を巻き戻して対処するから傷薬を持ち歩かないし、スタッシュの中には大切なお金と非常食のパンに大麦、それと井戸水を満たしたジョッキ、くたびれたハンカチ、そしてリンコちゃんの亡骸しか入っていない。

 仮に傷薬があったとしても差し出すことは絶対にないけれど。


「そうなのか。心優しいお嬢さんだな。では、我らが代わって渡しておこう」

「えっ」


 ちょっと待ってよ。ここは『バカ息子さまは今も執務に勤しんでおられてお忙しいのだ』とか言われて、在宅であることを確認した私がどこかに身を潜めて隙を窺う場面ではないの?

 それに、大抵の怪我(けが)なら普通の魔術でもあっさりと治せるのに、冒険に出るでもなく町で偉ぶっているだけのお貴族様に傷薬なんて必要ないでしょう。


「どうした?」

「あ、はい。その……傷薬は……えっと、あっ! ごめんなさい、途中で落としたようです」

「そうか。それは残念だな」

「お、お恥ずかしい限りです。すぐに探して参りますので」

「いや、それには及ばない。ここまで訪れたその心配りは確と伝えておこう」

「……恐れ入ります。では、失礼いたします」


 危なかった。咄嗟に機転を利かせてなんとか乗り切った。

 こんなに挙動不審な出任せを信じてくれたのは、どこかで転んだような泥汚れがついたボロい服装だからかもしれない。返事があった時は驚いて言葉が詰まったよ。




 落としてもいない架空の傷薬を探すと言って立ち去る算段だった私は、門番たちの視界から逃れたあたりで一つ大きな溜息が(こぼ)れ出る。

 結局、バカ息子が家に居るかどうかの判断がつかなかった。今から戻って門番に尋ねようにも、平民の小娘が貴族に用事があるなんて不自然だから教えてくれないと思うし、当の本人が通りがかるまで張り込むしかないだろう。


 潜伏に適した魔術を使うべく、辺りに視線を飛ばして誰も居ないことを確認し、爆発しないように祈りながら周囲の空間をねじ曲げる魔術を発動した。

 これで私の姿が目に映らなくなり、背後の景色だけが見えているはずだ。まだ実験不足だからあまり使いたくないけれど、リンコちゃんの仇を討つためならそうも言っていられないもの。


 空間歪曲の魔術を維持して来た道を引き返し、相変わらず気だるそうな門番の視界に入ってからは、おそるおそる近寄って門の前に陣取った。

 今のところはバレていないようだけれど、気分がそわそわして落ち着かない。門が開いた瞬間を狙って忍び込むことは容易でも、金にものをいわせて警報装置でも設置されていたら厄介なので、しばらくは相手のいないにらめっこを続けるしかないだろうね。




 そのまま気付かれることなく時が流れ、夕一つの鐘が鳴ったあたりで変化が起こった。

 愚にも付かない話に花を咲かせていた門番の二人が、新たに姿を見せた二人の騎士と持ち場を交代して門の中に消えた。それから十数分ほど経ったころにまたもや門が開けられて、馬に乗った一人の騎士を従える豪奢な馬車が現れた。

 それらの主と思しき人物は派手な馬車に乗っているだろうから、ここからではそれが誰なのかまでを窺い知ることができない。


 すぐさま時間の加速を行った私は自然と身をかがめて馬車へと近付き、御者台に掛けた騎士の横をすり抜けて、車体によじ登って窓から中をのぞき見る。


 品のない装飾を施された車内には、素朴でかわいい顔をした使用人の若い女性が二人いる。

 その二人に挟まれる形で席に着くのは、(ぜい)の限りを尽くされたかのようにでっぷりと肥えたその身を下品な衣服で着飾った一人の青年で、口を醜くゆがめて何かを叫んでいる最中だ。

 それら三人と向かい合うようにして、兜を脇に抱えた護衛らしき壮年の男性騎士が一人だけ乗っており、嫌らしい顔をしたおデブから何かを言われているようだった。


 その身なりから察するに、ふんぞり返って座席に深く掛けた酒樽(さかだる)のようなおデブが無能守護の息子で間違いないと思われる。これだけの情報ではこいつが犯人なのか判断できないので、馬車から振り落とされないようにしがみつき、様子を見るために加速の魔術を解除した。


「――から言っておるだろう! 顔に傷を付けられたのだぞ!? その報いを与えねば貴族として示しがつかぬではないか!」

「お言葉ですが、その話は既に片が付いたことで御座います」


 あのおデブって見た目はそれなりに大きいのに、声がまるっきり子供じゃないか。

 それと、怪我(けが)を負わされたとか言っているけれど、こいつが件の次男坊でいいのかな。

 あんな言い方では、年齢的に守護本人はないにしても他の兄弟ということがあり得るから、決定的な情報が出てくるまで待ってみるか。


 しつこく(わめ)くおデブの甲高い怒声に堪えながら、しがみついた馬車に揺られ続け、坂の半ばまで下ったころに聞き捨てならない言葉が降りかかった。


「わざわざ魔力を使ってまであのゴミを処分してやったのだぞ? 謝礼くらいは貰わねばな。そろそろ燃えかすが見えてくるのではないか?」


 言っちゃったね。こいつで確定だよ。

 脳内メモにも刻み込まれたから忘れることはない。


 さて、どうしてくれようか……。

 ただ痛めつけるだけなら簡単だけれど、恨みを晴らす前に人体実験をやらせてもらおうかな。

 今まで試したくても試せなかった諸々の魔術があるのだよね。


 まずはおデブに向かって時間遡行の魔術を馬車越しに放ち、目当ての時間を探り出す。


「なぜ馬車に……どこに向かっておるのだ?」

「おっしゃったとおり、先日の木工工房で御座いますが」

「そのような場に何か用でも――痛っ! おい! 顔が痛いぞ! 何とかしろ!」

「いつの間にお怪我(けが)を……?」


 このクソ野郎は軽く顔を(しか)める程度の痛みであの惨事を引き起こしたのか。

 せっかくだから、お灸を据えるつもりで事故の瞬間を何度も味わわせてやった。


 そして、このまま地味な痛みに一生苛まれるようにループさせてみようかと思ったけれど、先ほど見せたクソ野郎の態度に違和感を覚えた。そこで、漠然とした予想を確かめるために、魔術の対象を頭部のみに限定して時間を大きく巻き戻してみる。


「わたくしの治癒では傷が開くようです」

「では、微力ながらわたくしもお力添え――きゃああああぁ!」


 時間遡行の魔術を受けたクソ野郎は頭部だけが赤子の状態にまで巻き戻り、それを目にした使用人が悲鳴を上げ、少しでも距離を取ろうとしたのか馬車の内壁に勢いよくへばりついた。

 その衝撃で馬車から振り落とされた私は、時間加速の魔術をクソ野郎目かげて発動させて、すぐさまその場を後にした。


 だってね、このままクソ野郎を工房に行かせると親方さんが酷い目に遭いそうなんだもの。記憶を飛ばすつもりだったのは間違いないけれど、いくらなんでも赤ちゃんにまで戻す予定はなかったんだよ? 遠距離からは調整が難しかっただけなんだよ……。

 それに、ちゃんと相殺するように加速でフォローしたからたぶん大丈夫なはず。


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