#028:山中で発見しました
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
あるかどうかもわからないリンコちゃんを探すとしたらどこだろう。
私だったらすぐに乗りたくなるから工房群の近くかな。
それとも、お貴族様が一人で出歩くはずがないのだし、ここで乗ろうにも周りの人に止められて家まで持ち帰ったという線も考えられる。
そちらのほうが、ちょっとしたアトラクションのような道もあるからね。
この町を治める守護が住むお屋敷は、たとえ子供であろうとも知らない者はいない。町の出入り口にほど近い工房郡からでも望める小山の中腹あたりに建つ絢爛豪華な邸宅だ。私は一度たりとも近付いたことがないけれど、聞いた話ではちょっとしたお城とも言い表せるようなとても大きな住居らしい。
以前の守護まではもっと小振りなものだったのに、今の無能くんに挿げ替わってからは何度も増改築が施され、そこまで肥大化しているようだった。
答えの出ない問題に時間を取られるのはもったいないので、工房の近くを探しながらお貴族様のお屋敷へ向かうことに決めた。しかし、ここからでは距離があるために、工房群を過ぎてからは裏通りや細道を横切って黙々と進む。
もしかしたら近くにあるかも……という思いから、リンコちゃんを探すためによそ見をしていたせいで誰かとぶつかりそうになった。それでも歩くのをやめず、表の中央通り近くにあるお金持ちが住まう区画に差し掛かったあたりで背後から私を呼ぶ声がした。
「あら、サラさん?」
「ほんとだ。お~いっ、サラちゃ~ん!」
その声にのっそりと振り返ってみれば、微笑を浮かべる見目麗しい二人の美少女がこちらに向かって淑やかに歩いてきた。
「あ……こんにちは、グレイスさん、クロエちゃん」
「ごきげんよう、サラさん。お話は伺っていましてよ。大変でしたわね」
「サラちゃんごきげんよう! でも、ご機嫌じゃないね。大丈夫?」
名前からして国も傾く美しさが伝わってくるこの美少女二人は、この町で一番のお金持ちと噂される羊飼いの隠れ家亭を営むお家の娘さん。
お嬢様っぽい話し方のグレイスさんがお姉ちゃんで、来年の秋に成人を迎える物言う花だ。年齢の割りには背が高く、女神も裸足で逃げ出すような抜群のプロポーションを誇っている。
そして、溌剌とした気遣いを見せてくれた子が昨年の冬から見習い仕事を始めた妹のクロエちゃんで、姉のグレイスさんとは歳が三つ離れた元気っ娘。お姉ちゃんほどの体つきにはまだ遠いものの、すぐにも私を追い抜きそうな容姿をしている。
そんな二人は姉妹だけあって、端麗な顔つきや輝くような長い髪の色はそっくりだ。
貴族も利用する羊飼いの隠れ家亭の関係者なら、詳細な情報を持っていそうだね。
クロエちゃんはよくわかっていないみたいだけれど、グレイスさんなら事故現場を知っているかもしれない。
「守護のバカ――こほん、ご令息がお怪我をされたんですよね。何があったんですか?」
「ええ、そのようですわ。詳しいところをご存じないのかしら?」
「はい。私が木工工房に注文した物が関わっているとしか聞いてません」
「では、わたくしが知る限りでよろしければお話しいたします」
私がリンコちゃんと楽しくデートしている様を目にして、羨ましくなったお貴族様のバカ息子が使用人に探させたことまでは親方さんから情報を得ている。
そのことを伝えると、グレイスさんは足りない部分も補うように語ってくれた。
デート姿を見られたのはベヒモス討伐後の帰り道で、私があの時に目撃した馬車の中にバカ息子が騎士の一人として乗っていたそうだ。
その後は親方さんが言っていたとおり、使用人をこき使って町中の商店や工房をあたっていたみたいだけれど、預けたリンコちゃんは作業に取り掛かるまでは奥にしまってあったのか、その日は見つかることなく立ち去った。ところが、順番を強引に割り込んで注文した机と椅子を受け取る際に、荷台を取り付けられたリンコちゃんの存在が露見してしまったらしい。
そして、運命の日。
親方さんはギルドの寄り合いに出席し、お弟子さん達もその多くが休憩のために工房を離れている最中に、使用人から話を聞いたバカ息子がお供を引き連れ乗り込んできた。あとはもう、めちゃくちゃな理由をつけてリンコちゃんを奪い去って、自宅の庭扱いしている小山の坂道で勝手に転んで怪我をしたのだとか。
うん、ただのワガママ坊主だね。それに、ベヒモス討伐ってなに?
扱いの悪さや給金の少なさから騎士団員が続々と辞めていったのに、他家よりもかなり少ない人員で魔獣の王様と詠われるベヒモスを倒せるわけがない。倒せずとも追い払えたにしても、そんな災害級の化け物を相手にして、遠目からでも光り輝く鎧姿はさすがにおかしいと思う。
それと、自爆であろうとも息子が負傷したことでお冠の無能守護から、何らかの処罰が親方さんとその工房に下されるところを羊飼いの隠れ家亭が間に入って宥めた――という内容を、クロエちゃんが言外にほのめかしてくれた。
親方さんが浮かない顔だったのは、もしかしたら仲裁を担保に不利益な契約を結ばされたのかもしれないね。この町で一番怖いのは無能守護ではなく目の前にいる美人姉妹の親御さんではないかしら。
さらりともたらされた爆弾に閉口していた私は、情報提供のお礼をことさら丁重に述べて、リンコちゃんの無事を確認すべく小山に向かって一直線に駆け出した。
お貴族様の住まいは町の外にあるので、いつもとは違う大きな門で通行手形を発行してもらい、目と鼻の先に鎮座する小山の麓までやってきた。
ここからでは目に入らないお屋敷まで一本の道で繋がっているはずだ。それを歩いていけば置き去りにされたリンコちゃんが見つかるかもしれない。
馬車が通ることもあって緩やかなつづら折れに作られた坂道を、周囲に目を張り巡らせながら上ること暫し、ヘアピンカーブの端っこに不自然な盛り上がりを発見した。
そこに見えるあの曲線美はリンコちゃんの車輪だ。私が見間違えるわけがない。
すぐさま駆けつけた私が目にしたものは、大破したリンコちゃん――自転車の残骸だった。
坂道で転んだだけで、どうやればここまで壊れるのか理解できない。
座席を境にして車体がへしゃげた上に、後部は木っ端微塵になり辺りへ飛び散っている。
さらに、前輪は真っ二つに折れていて、そのうちの片割れは目の届く範囲に見当たらない。
それだけに留まらず、形を残したフレームやフォークの一部は黒焦げになっていた。
いったいどれだけの速度を出していたのだろう。
調子に乗ってカーブを曲がりきれずに激突したのならわからなくはない。
しかし、たったそれだけでここまでの惨状になるわけがないでしょう。
こんな状態では、まるで巨大なドリルで削られたような――……あぁ、そういうことか。
あのバカ息子は転けた腹いせに風魔術でぐちゃぐちゃにしやがったのだ。
それどころか、焦げ跡まであるのだから火魔術も放ったのだろうね。
完全に燃え切っていないのは、親方さんが丈夫なものを選んでくれたおかげかもしれない。
嫌な気分に違いはないけれど、奪われた自転車は見つかったのだ。先ほどから――どうしてこんなことに――力を持った子供――頭の中がヘブンリー――などと、止めどなく溢れてくる愚痴は後回しにして、飛び散ったパーツを集めて時を操る魔術でパパッと元に戻そう。
スカートが汚れることを物ともせず、道の外にまで飛び散った自転車のパーツをかき集める。
この真っ黒な塊は……身を挺して私のお尻を守ってくれた頼もしい座布団ではないかしら。中身は燃えてしまっていても、革製カバーの一部が辛うじて残っていた。
他のパーツもなんとか集めてみたけれど、お母さんと一緒に作った革紐リングのチェーンは切り刻まれたせいで数が合わないと思う。
それでも、涙を堪えて願いを込めた魔術をかけてみる。
しかし、自転車に変化は訪れない。
魔力不足なのかと考えて、熱波を圧縮した魔力弾を試しに放ってみればしっかりと発動した。
その上で自転車の時間を巻き戻してみても結果は変わらず、無惨な姿を曝している。
頭の中が『なぜ』と『どうして』で埋め尽くされていく。
今まで何度も使ってきた魔術を失敗するとは思えない。
私の魔力だって、欠片の入り込む余地がないほどに満ちていると魔力支配が教えてくれた。
その魔力支配を行使して周囲の魔力を根こそぎ注ぎ込んでみても、在りし日の姿を取り戻すことはなかった。
もはや私にできることは一つしかない。
大切なリンコちゃんを、延いては大富豪への道を奪った代償は途轍もなく大きい。
否が応でもその身を以て償ってもらうしかないでしょう。
夢を壊された人間の怖ろしさを存分に思い知らせてやる。




