#012:何かいた
2018/04/26 サブタイトルの桁数調整。及び、本文の加筆修正。
薪に使えそうな枝を探せども、これから夏が始まろうかというこの時期にまともな物なんて落ちているはずもなく、手に取るまでもないほどに腐った物しか見当たらない。少しでもましな物があれば拾ってはいても、これでは数が集まる前に日が暮れてしまうでしょう。
これはもう、お土産探しをメインに切り替えたほうがいいだろうね。
帰り道は記憶保護がやってくれるオートマッピングに頼ることにして、何かよい物はないかと周囲に視線を転がしながら散策を続ける。
少し足を伸ばして山の麓までやってきたところで、お母さんが喜びそうなものを見つけた。
これは私も何度か食べたことがある。爽やかな酸味の中に微かな甘みを教えてくれるグミだ。果汁を固めたお菓子ではなく、グミ科の木になるサクランボに似た赤い小さな果実だから間違えないでほしい。早熟の実は渋みが強くておいしくないけれど、完熟したものは甘酸っぱさが口の中に広がってなかなかイケる味なのだよ。
これをお母さんと私へのお土産にしようと目に付く限りをスタッシュに詰め込んだ。
他にはこれといったものが見当たらないので、この場から離れて先へと進む。
あれからまっすぐに歩いていたら麓を流れる小川に突き当たり、その川沿いに進んでいくと小さな滝に出くわした。
ふと脳内メモを見てみれば、この辺りには初めて足跡を付けたようで記憶には残っていない。もしかしたら何かあるかもしれないという期待に薄い胸を膨らませて周囲に注意を向けてみたら、滝壺から離れたところにお花が咲いている。
どんなものだろうと確認すべく近寄ってみると……これは初めて見るお花かもしれない。
香りはあまり強くないけれど、中心のめしべとおしべを囲む何枚もの薄い花びらが、まるでドレスのように重なり合っておりとても美しい。
これは意外とかわいい物好きなエミリーへのお土産にしよう。お花で象られたお姫様みたいだから、きっと仕事の合間や寝る間際にでも『むふふふふ……』とか言って愛でてくれると思う。今ならスタッシュに余裕があるのだし、丸ごと持って帰ろうじゃないか。
薪にしようと拾っておいた木片を使って周囲から土を掘り起こし、予備として持ってきておいた薬草入れの袋に土ごとお花を入れてスタッシュに吸い込んだ。
エミリーの分はこれでよしとして、シャノンにあげる物を探す前に汚れた手を洗っておこう。
時間を戻せば済む話だろうけれど、この程度で魔術を使うのも気が引ける。あまり乱発していると成長度合いに齟齬をきたすからね。それでロリババアだとか化け物のような扱いをされたら堪らない。
せっかくできたエミリーやシャノンみたいな仲のよいお友達が、前世のように離れていくかもしれないだなんて、想像しただけでも涙が出そうになる。下手に私と仲良くしようものなら父か母から怒られるのだから、友達付き合いなんか誰もしてくれなかったよ。
嫌な記憶は消せないから、せめて手についた土汚れと一緒に心の涙を流そうと小川へ向かう。
そういえば、シャノンってば珍しい形の石を集めていたなぁ。最初はスキルオーブを探していたらしいけれど、いつの間にやら石の魅力に取り憑かれてしまい、持ち帰るようになっていたのだよね。魔術の実験に明け暮れていたころに、シャノンが『見てみて、サっちゃん。これかわいくない?』とか言ってよく見せてくれたっけ。
川原にでもいけば何か落ちているかもしれないし、進路を変更して川沿いに探してみよう。
浅い川底を眺めながら歩くこと暫し、麓から流れる小川がさらに太い川へ合流する地点にまで行き着くと、待望の川原が視界に入った。お日様が恥じらうような赤みを帯び始めたので、思ったより時間がかかってしまったかも。
日が暮れて暗くなってしまえば、光属性の照明や火属性の点火すら使えない私では石の判別ができなくなり、シャノンの喜ぶ顔を見ることが叶わないだろう。どちらも下級どころか初歩の初歩で、対応する属性魔術のスキルを持ってさえいれば誰にでも使えるようなものだけれど、無属性しか扱えない私には手の届かない遙か高みにあるのだ。
それでも、壊れたことでなぜか極まったらしい私のスキルなら、単純な加熱と冷却が途方もないレベルで使えてしまう。
多くの人が持ち、ハズレスキルの代名詞とも言われる無属性魔術では、それなりに育ててようやく魔力の塊を飛ばせるようになる、しかし、そこに達するまでにできることは真正面から浴びたとしても火傷すら負わないぬるい熱波を放てるだけで、それは砂漠に吹く風と大差ないか、下手をしたら下回るくらいの代物だと冒険者のマチルダさんに教わったことがある。
ところがどっこい、私の加熱はそんなちゃちなものではない。
毎度お馴染みのそこら辺に落ちている小石くんで試してみたら一瞬で溶けた。それはもう、お湯につけた綿飴でも、もう少しは耐えるのでは……というくらいの速度だった。
なお、すぐさま魔術を解除したので私に怪我はなかったから安心してほしい。目の前で木箱が飛び散ったのはちょっとしたトラウマになっているのですよ。
それとは逆方向の冷却については特に語ることもない。
ドロドロに溶けた元小石くんが一瞬にして凍り付いて新生小石くんになったけれど、正直なところ驚きは薄かった。そこで、普段では見ることもできないであろう固体の空気を作ってみても、刹那の間に消えてしまうからいまいち実感が湧かないのだ。
ちなみに、その時の新生小石くんはただの平べったい小石になっただけだから、シャノンの琴線には触れず見向きもされなかったよ。
おっと、そんな話よりもシャノンに珍しい石をプレゼントするんだった。
脳内メモに刻む地図の範囲を広げる意図もあったけれど、あまり遊んでいると暗くなってしまう。グミもお花も時間を止めてあるとはいえ、遅くなればお母さんが心配するからね。
日が暮れる前に石を物色しようと川原に降りて、足下から順に周囲へ視線を走らせる。
私は石の造形に深いわけではないから、見落とさないように注意しておかないと珍しいものでも気付けないかもしれない。できるだけゆっくりと歩きながら探っていたら、何かが視界に入り込んだ。
何かとしか形容できない黄色い物体が少し離れた所で転がっている。
まだよく見えないけれど、強いて言うなら……ぬいぐるみ?
なぜこんな所にそんな物が落ちているのか注意深く観察していると――動いた!
黄色い謎物体が、おそらくは鼻と思しき部位をひくひくさせて、私がいる方へ顔を向けた。
つぶらな瞳を持ち、鼻が短くなった象のような顔つきで、全身が濡れているように見えるのにもふもふの羊みたいな毛並みをしている。まるでうり坊――イノシシの子供のように首筋からお尻にかけてまで深い焦げ茶色をした太めの筋が黄色い毛並みを貫くように伸びているのに、周囲に転がる石と比較すれば小型犬くらいの大きさだった。そのせいで、体色と相まってただのぬいぐるみにしか見えないでいる。
黄色と黒に近い焦げ茶色のコントラストが虎を思わせるけれど、虎はあんなに丸くない。
いわゆるメタボな虎という線を考えられるとしても、そもそも虎は縞模様が垂直なのにあのぬいぐるみは水平に伸びているから別物だと思う。
では、いったいあれは何なのか。
この世界特有の生物としか考えられないね。
思考に没頭している私を視界に捕らえたらしき黄色いぬいぐるみが音を発した。
「ぷもー」
「……んん??」
何この鳴き声。
唇もないのにどうやって出しているの。どちらも破裂音なのにおかしいでしょう。
「ぷもー!」
また鳴いた。今度は少し強かったかな。
なんだか気の抜ける鳴き声だけれど、もしかしてこれは威嚇をしているのではないかしら。どことなくスズメの『チュンチュン』という凄惨な縄張り争いに通ずる物を感じてしまう。
そういうわけで、来るなとおっしゃるならば近寄るつもりはございませんとも。
しかしながら、あなたの足下に落ちている石が欲しいのです。
不思議な鳴き声の謎生物を凝視していた時に私の目が捕らえたもので、一見するとずんぐりした石ころでも、うまい具合に当たった光によってお風呂に浮かべて楽しむアヒルさんの影が見えるのだから堪らない。私ですら欲しいと思うのだから、コレクターのシャノンにあげたら喜んでくれるはず。
いざとなれば光の速度にまで加速して逃げたらいいのだし、ちょいと失敬しにいこう。
会話する相手ができました。
次からはセリフが増えます。
ひらがなと長音符を組み合わせた「ぷもー」ですが、ニュアンスを優先したかったので使用しています。




