ep2 野営
02
「ばか! けち!」
「……はぁ…………」
言い合いが始まってからしばらくして。すぐにイバラはぜぇぜぇと息を切らし始め、アランはひたすら鬱陶しそうに嘆息が漏れるばかりだった。そのたびにキッと睨んでくるが知ったことではない。騒ぐ元気はあるのに立ち上がる力は残っていない少女からは既に目を離し、キャンプの準備を始めていた。
無為に時間を過ごしただけのようにも思えるが、分かったこともいくつかある。常識を説くのすら無駄だと思えそうなほどのイバラの荷の少なさは、先日の大雨による影響をもろに受けた為らしい。ちょっとした寄り道のような気軽さでやってきて甚大な被害をもたらすほどの大雨を数日間に渡り降らせ続けたそれの事を思えば、確かに納得はいった。
そのせいで荷のほとんどを失い、呆然としながらも人里に向け歩き始めたは良いものの、日が三度ほど巡った頃から段々と意識も朦朧になり気絶した――らしい。それでも一度は起きて歩き始めたが、どうしてあそこで力尽き倒れるに至ったのかは記憶にないと言う。
ここまで聞くだけならば散々な目に遭ったもんだな、などとアランも多少は同情できたが、肝心の『何故この森林地区にいたのか』という問いに関してはやはり答えなかった。それが少女の話の胡散臭さを助長するも、嘘を吐いている様子はない。
そもそも、嘘を吐いているにしても自身の正当性を主張するポイントが限定的すぎる上に、先ほどから言い争う羽目になった"最大のポイント"についてあまりにも幼稚な物言いが目立つ。あれが演技だと言うなら恐ろしい、魔獣狩人などより他に適職があるだろうとぜひ薦めてやりたいところだった。
「うるせぇガキ拾っちまったなぁ……」
「ガキって何よ! あたし、ちゃんと成人してるオトナなんだから!」
「そうかい。んなもん正直どうでもいい。とりあえず、ほれ」
近くの手頃な木と木の間にロープを結び終えると、アランは背嚢から取り出したタオルをイバラに投げつけた。急なことにわたわたとしながらイバラは受け取るも、小さく首を傾げ解せない表情でこちらを見る。
「いつまでも泥くせぇ恰好でいるんじゃねぇよ。"立派なオトナ"なら最低限身だしなみくらい整えろ。服も川で洗ってここに干しとけ」
「なっ……し、仕方ないでしょ! 着替えも何もなかったんだから!」
もっともな反論である。だが当然無視した。これ以上の論争は不毛でしかないし、騒がれてもまともに聞く耳を持つ気も残っていなかった。
「それに、その……ここじゃ丸見えじゃない!」
「あ? ……あー、そういやそうだったな。で?」
「で、じゃないでしょっ。そりゃお言葉に甘えたいけど、あなたがいるんじゃ絶対いや!」
何を我儘な、と思う。誰かを連れるのはこれだから面倒だ。仮に先に進むのを許可していたとしても、この調子ではたまったものではないだろう。羞恥心も何も無く裸でいられてもそれはそれでアランは困っただろうが、イバラに対してどこまで常識を求めていいのか未だ測りかねていた。
「じゃあそのタオル返してずっとそのままでいろよ。言う事も聞けないんじゃどの道話にならん。わざわざ覗きに行ったりしねぇからとっとと行け」
「ぐ……なら、せめて干しておく間の着替え貸して。それともタオルだけ巻いてろってわけ?!」
「…………そういやそれもなかったんだったな」
「持ってるわけないじゃない!」
「偉そうに言うな」
適当にハーフパンツとシャツを追加で投げ渡して、シッシッと追い払う仕草を見せつけてアランは作業に戻った。
イバラはどう見ても衰弱していた。今は興奮状態だから騒げているが、本当に放置すればまた気絶に追いやられるだろう。そして次に目覚める保証はない。今現在相手しているのも、アランとしては善意のつもりである。感謝こそされ、文句を付けられる謂れはなかった。
と、ジャラジャラジャラッ! と大きく、まるで何かが近くで転がったような音にそちらを向く。
イバラだった。タオルやらを抱えたせいか刀を杖に歩くのも覚束ず盛大に転んでしまったようだ。アランはそれでやっと、衰弱していることまでは理解していても歩けなくなっていたことを思い出した。
急いで歩み寄り手を差し出すも、少女は首を横に振る。
「いい。平気だもん」
「バカ言え。起き上がれそうにねぇじゃねぇか」
あちこちに擦り傷を増やし、それでもイバラは意地を張ったように首を振った。なんなんだ、一体。我が儘ばかり言うかと思えば、こうして直接手を出されるのはまるで悪いことかのように強情になるキライが窺えた。
「これくらいできる、から……」
よく見れば、イバラは肩を震わせ、目尻の辺りに涙をためていた。ガクガクと震える足は本当に衰弱のせいだけだろうか。その雫は限界に達すると、つうと頬を流れ落ち、泥塗れの顔に一筋の線が残る。
あぁ、もう。と内心吐き捨ててから、ガリガリと頭を掻く。アランは自分もまだまだ頭の整理が付いていなかったことを強く自覚した。相手は少女なのだ。彼女の話を信じれば、酷い目に遭い死ぬような思いをした直後なのだ。
イバラはまだ、不安から解放されるかどうかの瀬戸際を歩いている。押し潰されそうな一歩手前で、よく知りもしない男の前で必死に、気丈に、あるいは自分自身すら騙すように堪えていたんだろう。それを安心させることもなく、自分の都合を突き付け、あるいは力で組み伏せたのは他ならぬアラン自身だった。
だからと言って構う必要があるかと言われれば、一般的にはそうではない。魔獣狩人の仕事は魔境調査と魔獣狩りであり、人命救助は別の者たちの仕事である。まして、身元も知れぬ相手となれば問答無用で始末されても本来文句は言えないのだ。この世界はそんなに人に優しくできていない。
ウルスア大陸のほとんど全域を占めるこの国は帝政だ。皇帝は教会の長でもあり神の代弁者でもある。しかし実情を見れば皇帝はあくまで国全域の統括者でしかなく、地方豪族にほとんどの自治を任せ、一番力を持つものに権限を授けるという形を取っている。それは結局、豪族同士での争いを多発させ武力衝突すら珍しくない状況を生み出していた。
比較的そういった紛争の少ないこの極東部近辺においてもそれは例外ではない。人は自らを脅かすものに敏感で、その可能性があれば躊躇なく葬る。そしてそれを咎める者もまた危険因子となり得るか、あるいは圧倒的な力で文句を言う他者を捻じ伏せるか。力こそが正義であり、己を正しさを示すにはそれが必要だった。
「あー……その、すまん。悪かったな」
しかし、アランはそういった倫理観とは少し"ズレて"いた。だからこそ、行いを恥じて素直に謝罪の言葉を口にする。すると、驚いたようにイバラはこちらを見た。なぜ謝られたのか分からない、といった表情だった。
「そんな不思議そうな顔すんじゃねぇよ。なんて言うかまぁ、目の前で女に泣かれちゃ大体男が悪いもんだって教えられて生きてきたんでな」
誤魔化すように言う。言葉は正確ではなかったが間違いでもない。この感情は、使命感は、あぁ本当に。捨てたと思っていたのに、何故だろう。今はそれに従うべきだと思えて仕方がない。
「ただ、泣きたきゃ今のうちに泣いとけ。別に誰も文句は言わねぇよ、今すぐなんかしなきゃ死ぬわけじゃない。今はもうな」
言い聞かせながら傍に座り込んでぽんぽんと頭を撫でてやる。しばらくそうしていると、グズグズと鼻を啜り、それが心の支えのように刀をきつく抱き締めながらイバラは嗚咽を漏らし始めた。
アランはそれ以上何か言ってやれず、落ち着くまで寄り添う以外に出来そうになかった。
天高く登り切った陽光が、段々と西へと傾き始めていた。
みっともない所を見られてしまった。
イバラの心中にまず浮かんでいたのはそれだった。何が余裕が出来た、だ。無自覚にそんな考え方をしていた結果が無様に転んだ上に慰められて泣くなどという失態である。
しかも自分の弱さ故にアランに謝らせてまでいる。何というか酷く自分が情けない気分だ。気遣いが嬉しくなかったと言えば確かに嘘になるが、何も出来ないと思える無力感が悔しくて仕方がない。実際、立って歩くことすら儘ならない以上、手を借りるしかない。そんなことは分かっているが、これは単なる意地であった。
助けてもらわなければ何もできないようではいられないのだ。足掻いても不可能ならば朽ちて果てるだけ、そういう覚悟はしていたつもりだった。でも、泣いてしまえと言われてそれに甘えてしまうだけまだ自分が子供なのだと思えるのはとても惨めでもあった。
「……ふぐ、ぐずっ…………」
「……ちっとは落ち着いた、かね」
アランはぶっきらぼうだが、言葉の端々には温かみがある。話していて落ち着かされる、奇妙な雰囲気を持つ人だった。かと思えば、皮肉気にからかったり意地悪もしてくる。だが、どちらかと言えば前者の優しい部分が本性で、後者はどこか煙に巻くような取り繕われた印象を感じていた。
都合の良い想像だろうか。もしかしたら逆なのだろうか。だが、イバラは直感に従うことにした。
アランの言葉に静かに首肯し、なんとか上半身を起こすも支える肘が、腕がぷるぷると震えている。それがイバラの弱さを見せつけているかのように思えて必死に抑える。
「もう、だいじょぶ、だから」
大丈夫、私はやれる。自己暗示に近いそれを頭の中で反芻しながら、今度こそと体に力を込めるが中々上手くいかない。まるで生まれたての小鹿だ。でも私はもう大人なんだ。自分で立って、自分で歩ける。でなければ死んでしまう。死んでいた。だから、立つのだ。
大刀を支えにして、無理矢理に立ち上がることは出来た。さぁ、後は足を進めるだけ。ここから川までの距離など大したことはない、ほんの10と数m。身体の節々が悲鳴を上げて、たったそれだけの道のりがとてつもなく遠く感じられるが、空に浮かぶ雲を掴むような話ではない。行ける。根拠もなくそう決めつける。一歩踏み出す。砂利の感覚が靴を通した足の裏から離れ、また着く。傾きそうになる。刀の位置をずらして支える。ほら、できた。これを繰り返せばいい。さぁ、もう一歩――
「じれったいな、ったく。ほれ、肩貸せ」
進もうとしたとき、アランはすっと横に入ってきた。貸せ、とはそのまま命令の意味でもあり強制でもあって有無を言わさず支えられた。振り払う間すら与えられず、抗議のようにそちらを見るとどこか苦々しさも滲む表情をしている。イバラがどうして、と問うより先に彼が口を開いた。
「遠慮する部分を明らかに間違えてるだろ、お前。その調子でついてくるってどうするつもりだったんだか」
「……どうにかするもん。それにお前お前って、私はイバラだって言ったでしょ」
へいへい、とアランは気の無い返事を返してきながらゆっくりと、一歩一歩進む。そんな速度であっても必死でついて行かねばならない。バランスを崩しそうになる度に何も言わず支えてくれた。なんでこんなことしてるんだろうな、とでも言いたげな表情ながら、驚くほど丁寧な介助でイバラは複雑な気持ちになる。
そうして進めば川にはすぐに辿り着いた。川原に座るのを手伝いながら足元に寄って、固く結んだ上に渇いた泥でガチガチになった靴ひもをシュルシュルと解いてしまう。慣れたことかのように手際が良い。ブーツを外すと、きつく締めすぎていたのだろうか。足の先まで血の通っていくような開放感が心地よい。
「まぁ、とりあえずこんなもんだろ。他にご注文は?」
「……頼んでないし。ていうか、どうしてこんな」
親切にしてくれるのだろうか。とは、言えなかった。それでも困惑は伝わったのか、アランは頬を掻きながら答える。
「まぁ、昔ちょっとな。こういう勉強したこともあったってだけだ」
「魔獣狩人になるために?」
「いんや、それとは別。あんまり気にすんな」
「うん……わっ」
あまり踏み込まれたく無さそうに見えた。イバラも深く聞き出そうとはせず流すと、いつの間にか彼が抱えていたタオルと着替えを足を延ばしたまま座るイバラの膝の上にポンと置き、ガシガシと乱暴に頭を撫でられる。渇いて固まった土が舞った。
「お召しのものを脱がすところまで手伝えと言うならやらせていただきますが、如何しましょう?」
「……っ……い、いらない! 必要ないからっ!」
「かしこまりました、お嬢様」
気障ったらしく芝居染みた言葉遣いと所作でそう聞かれ、咄嗟に反発するもケタケタと笑って流される。
「でも、その……」
「おや。まだ何か所用が――」
「ありがと」
「……どういたしまして。俺はあっちで作業してるから、終わるか何かありゃまた呼びな」
礼を告げると表情を隠すかのように背を向けられてしまったが、声音は何処か優しげであった。
その背を見送ると、テントの準備が進み死角ができるのを見計らって外套を外し服に手をかける。固まってバリバリだが、濡れて重く体に張り付いているよりはるかにマシである。ベルトを緩めてズボンも脱ぎ捨て肌着とパンツ姿になると、尻をずらして川に足を付けた。春先とは言え、まだまだ水は冷たい。足を開いて間を埋めるように脱いだ服を川に浸けてごしごしと擦ると、こべり付いていた土汚れが水に溶け清流を染めながら流れていく。洗剤も何もない手洗いだったがしばらく続ければ清流を汚す色も減っていき、水を吸ってすっかい重くなったそれを絞ってから広げて脇に並べる。
首だけ振り向いて背後にアランがいないことを確認すると、肌着、パンツの順に脱いで同じようにジャブジャブ、ごしごしと洗って並べた。ひゅうと時々吹く風が直接肌を撫ぜると小さく震える。すぐそこに人目がある緊張もあるが、早く済ませてしまわないと身体が先に凍りついてしまう。姿勢を変え、四つん這いになって少し深さのある場所まで進むと、また足を延ばして座り込む。
手で掬って頭から冷水を被ると、ごわごわのまま固まっているのか髪が水を弾いている。今度は根元から毛先まで刷り込むようにじっくりと髪を湿らせていく。毛先から流れて川に落ちる滴は洗った服に負けじと土色で川を汚していくのが見えて、げぇと渋い顔をした。水は冷たかったが、段々と汚れが落ち、体を擦れば垢が落ちていきと清潔さを取り戻すにつれ心地良さが勝っていった。
「おう、そろそろ済んだかー?」
だが、テントの方からそんな声が響いてくると思わずびくりと跳ねる。バシャリと水面を蹴り上げて自分を抱くように縮こまった。
「ま、まだっ!」
「あいよー。風邪引かないうちに適当に切り上げろよー」
振り返っても姿は見えない。届くのは声だけであることを確認しても、途端に恥ずかしさが募る。最後にバシャバシャと顔を洗って川辺に戻り、タオルで全身を拭いてから渡されていたシャツとハーフパンツを慌てて身に着けた。ぶかぶかだが、何もないよりマシである。水気を拭ったタオルも少し汚れてしまっていたので最後に洗って、アランに声をかけた。
西日が射し天を真っ赤に染め上げ、夜の色と混ざって移り変わっていく虹とは違ったグラデーションを生み出している。それは薄く水に溶かしたようでもあるが、どこまでも鮮やかで存在感を感じさせた。
視線を戻すと、テントの中に敷いた毛布の上にぺたんと膝を抱えて座り込みながらこちらの様子を眺めているイバラと目が合った。染み付いたように体を覆っていた土汚れを落とした彼女は、アランの予想以上にひたすらに少女の容姿をしていた。
目鼻立ちはくっきりとしていて、妖鬼的ですらあったごわごわの夜色の髪は息を吹き返したかの如く水気と艶を取り戻している。肌は白く、痩せてしまってはいるがその体つきは女としての成長を確かに感じさせる。旅人らしいサファリスタイルの服の下に随分と"立派なモノ"を隠していたようで、川から改めて運んだときは、子供っぽい言動とは裏腹になるほど確かに成人してるのかもしれないとバカな納得の仕方をした。
しかし、最も目を引くのはその蒼の双眸だろう。それは澄んだ海のようにも、ずっと遠くまで広がる空の色にも見える。キリッとした少女の活発さと気の強さを示すような顔の作りにそれはすんなりと馴染んでいてなお、深さを感じさせた。
「なに?」
「いや、別に。それとも見てちゃ悪かったかね?」
「なんか恥ずかしいじゃない」
ぎゅっと縮こまるようにイバラが肩を竦めると、急に悪いことをしていたような気分になってアランはそっと目を逸らした。確かに、ぶかぶかのシャツの端から覗くウェスト周りも緩そうなハーフパンツから、惜しげも無く晒される柔らかそうな白い太腿が目に入れば男としては眼福の限りではあるのだが、まともに歩き回ることも困難な少女と付いた途端、凄まじい犯罪臭がしてくる。
そりゃすまんかった、と軽く流すものの、なぜこんな風に意識させられなければならないのかとイバラを逆恨みもした。意趣返しのように口を吐いて出る言葉はやはり意地悪なものになる。
「ただ、そんなに見せつけられちゃ逆に見なきゃ失礼かと思ったんでね」
「見せつけてないっ」
「てか疲れてるだろ、まだ日は落ちちゃいないがさっさと飯食って寝ていいんだぞ?」
飯、とはいっても携帯保存食のビスケットで、栄養価は高いが味気は少なく水分も持っていかれてパサつくという代物ではあったが贅沢を言っていられないというのも事実であるし、他に手持ちがない以上選択肢もなかった。
「あなただってまだ食べてないじゃない」
「俺はもうちょいやることがあるんでね」
「何をするの?」
「再確認に辺りの偵察、それに俺も水浴びしとこうかねって程度だが」
「じゃあ、終わるまで待つ」
頑なだった。まだ警戒心があるのかもしれない。それはアランにとっては面倒なだけだが、悪いことではなかった。少なくともこの世界では。
いや、イバラの視線を追えば、それも当然かもしれなかった。左腰に下げたホルスターに収まる銃に、逆の腰に帯びたショートソード。右の前腕には銀のガントレットと、アランは出会ってからこれまで武装を全く解かなかった。
「随分、俺の得物に興味津々のようで?」
「…………」
「気になるなら、水浴びしてる間は流石に外すからその時にでも調べときゃいい」
抵抗はしない、とばかりに両手を挙げてひらひらとさせる。むぅ、と唸る声がした。
「忘れられちゃ困るが、ここはまだ浅いとは言えもう魔境の中だ。んで、今は誰かさんのお守りもある」
「私、自分で戦えるわ」
「へぇ、そりゃ頼もしいもんだ。けど万全ならって意味だろ?」
「ぐぬ……」
戦える、という言葉がどれほどのものか、そもそも真実なのかはさておき、言い返せないのは確実であった。正直なところ水浴びも我慢すべきかとも迷ったが、イバラがいつ動けるまで回復するか定かではない以上、やれるうちにという判断だった。
「嫌なのは分かるけどな。俺からすりゃ、これを外す方が危なっかしい。戦えるってんならさっさと回復できるように休め。魔獣狩人は休めるときにしっかり休むのも仕事だ」
「そうなの?」
「いざって時に動けなくなったら死ぬだけだからな」
「……わかった。でもやっぱり待つわ。それくらいなら別にいいでしょ?」
「ダメとは言わんさ」
それで納得したようで、縮こまっていた身体から少し力を抜いたようだった。時折見せるイバラのこういった素直さには好感が持てた。やたらと意地を張る部分もあり扱いづらいというのも大きいが、文句を言うにしろちゃんと話を聞く耳とすぐ疑問を口にして解消しようとする姿勢はどこか眩しくもある。
「ただ待ってんのも暇だってんなら、火の番でもしてるか? もう暗くなるしな」
物干しロープとテントの間に挟まるように薪の準備は既にできていて、後は火をくべるだけの状態である。番をする、と言っても予定外に燃え広がらないように様子を見てくれれば十分であり、近くで拾い集めておいた薪代わりの枝を放る程度で済む仕事だ。
「やるっ!」
しかし、アランの思った以上にイバラの反応は大きく逆に驚いてしまった。蒼の瞳が一層輝いて見える。どこまでも無垢なそれに見つめられると少しくすぐったくて、苦笑を交えながらじゃあ頼んだと告げると大きく頷かれた。
それは初めてのおつかいを任せた子供が喜び勇んでいる様子にも見えてなんだか微笑ましかった。




