ep1.朝日は昇る
01
鳥の鳴く声。羽ばたく音。枝葉の隙間から日が差し込み、朝が訪れたことを示す。新しい今日が始まる。
「うぅん……」
そこに交わる不協和音があるとすれば、目覚めが良くないと言わんばかりの呻き声くらいだろう。ウルスア大陸極東部、海にほど近い森の一角であるここもその例外ではなかった。
「…………朝……」
力無く、ただ流れ零れる様な声は女のものだ。億劫そうに眼をこすり、体を起こそうとするも中々力が入らない。随分と眠っていたようにも思うが、まだ体は休息を欲しているのか。叱咤するように、よいしょと腕を支えになんとか上半身を起こせば、その原因が鳴り響く。
ぐぎゅるるるるる……
「…………お腹、すいた……」
女は――いや、まだ少女だろう。きりっとした大きな蒼の瞳に、唇を開くと薄く覗く八重歯。どこか野生に近いような印象を受けるが、それは刺々しい厳しさではなく活発さのようであり、皺ひとつ浮かばない顔は若さの表れだった。
もっとも、背中の半ばまで伸びた黒髪は寝癖で跳ねるだけに留まらず、手入れができていないのかガサガサと枝毛が目立ち、まだ寝惚け眼と言った調子の目の端には目ヤニが付いている。辺りを見れば少女が寝ていたのは比較的大きな樹の木陰ではあるものの寝袋すらなくマントが敷かれていた程度で、旅人然とした服装を含め全身が土埃で汚れていた。多分、獣臭に近い匂いもしているだろう。馬鹿になった自身の鼻では気付けないが。
しかし、そんなことを気にした様子もなく少女から漏れ出るのは空腹の訴えと、それに呼応して同意を示す腹の虫の音である。よく見れば頬も痩せこけており、土気色に汚れた奥に隠れる顔色は不健康そのものだ。
5日ほど前、大雨による洪水に見舞われ退避のために止む無く避難した結果食糧を失い、地図もなくふらふらと街へ向けて歩き続け、ついに疲れ果てて気絶するような眠りから覚めたのが今だった。傍に転がしておいた護身用でもある狩猟ナイフを腰のベルトに装着し、樹に立てかけておいたそれに手を伸ばす。
それは少女が手にするには異様な代物に見えた。全長は2mほどもあり、鞘に納められたその刃渡りだけでも1mを優に越えているのが伺える。反りがあり、幅の薄いそれは巨大な刀だった。少女が手に取り、支え杖にするように立ち上がればその尋常ではない大きさが更に深く印象付けられる。160とそこら程度の少女ではなく仮に屈強な大男であろうと、人がそれを振り回せるものなのだろうかという疑問さえ思わせた。
まだ覚束ない足取りながらも、少女はそれをまるで祈りでも捧げるようにぎゅっと抱き寄せる。
「……おはよう、お父さん」
それを済ませると、一度閉じた瞼をゆっくりと持ち上げる。大きな蒼の瞳が少しだけ力を取り戻したように見えた。
よし、と一声気合を入れる。マントを拾い上げて羽織り、その上から大刀を左肩から右腰に肩紐を掛けて背負った。手元に残った荷物はこれだけである。物悲しさは免れないが、そうしていても腹は膨れない。幸い、腰のポーチの中には予備の火打ち石は残っているし小動物でも見つけて狩れれば焼いて食う事はできるだろう。前向きに、前のめりに。それが私だろう、と自分を励まし、パンパンと顔を叩いて空を見上げた。
青く、広く、どこまでも続いている。春先の陽光を遮る雲はほとんど見当らないほどの快晴ぶりだが、ちょこんと取り残されたような小さな雲が2つ浮かんでいた。風に流されているのだろうか、少しずつ2つが近づいていく。近づいていく方が私で、あっちはご飯! などと、勝手に決めつけて見れば歩く元気も出てくる。昔からの癖でもあった。パタパタと近くの木から鳥が飛び出し、影となり、彼方へと消えるのを見送る。
ぐぎゅるるるるる……
「……弓でもあれば良かったのに……」
急かしてくる現実にそんな愚痴を吐き出してから、少女はふらふらとした足取りで歩き始めた。
弓が手元にあったとしても、まともに扱えもしないのだから盛大に外して喚くことになるだけだとツッコむ者はそこにはいなかった。
『――ウルスア大陸極東部、エルガ地区の森林地域調査及び指定魔獣の駆除。』
頭に叩き込んだ文面を思い出しながら、街道に程近い森に入り2時間ほどの地点で青年――アランは、端的に言えば困っていた。どうしたものか、とそれを見つめていた。
それは女――だと思う――が、倒れている様だった。背の半ば辺りまで伸びた長い黒髪、華奢な四肢、背の丈のほどだけを見れば恐らく間違いない。それが、力尽きたように突っ伏している。
本来、森林地区の内部などまともな人間が入るような場所ではない。そこには野生動物もいるが、何より魔獣が潜んでいるからだ。
魔獣は大気中に存在するマナを体内に取り込んだ獣の総称である。通常、それらは人間を含む動植物に影響を出すことはないが、過去の大戦で兵器として人為的に改造を施された動物たちが野生に帰り、自然繁殖した結果尋常ならざる速度でその分布を広げた――と、されている。アランは専門の学者ではないので詳しくは知らないが、実際に記録も残っているというのだから多分間違いはないのだろう。
確かなのは、アランはそれら魔獣を狩る専門であり、そういった者以外の人間が足を踏み入れることは滅多なことではないという事だ。魔獣にも数多の種がいるが、大抵はどれも攻撃的で縄張り意識が恐ろしく強い。自身の領域に踏み入る部外者には容赦がなく、たとえ捕食目的がなくとも殺すことも稀ではないのは常識である。
街や村などの社会にいる場のない野盗や山賊のようなならずものでさえ、外縁部に住み着くことはあるものの深く入り込もうとしない魔境。現在、世界における森や山、海などの自然環境の多くはそういった場所だった。
であるにも関わらず、今視界で地に伏しているこれは紛れもなく"人"だ。少なくともアランにはそう認識できる。
ゆっくりと歩み寄る。周囲の状況を見ても、血の跡や腐臭はないことから、やはり死体ではない可能性が高い。それなら楽だったんだけどな、と内心愚痴る。背嚢がやけに重く感じられた。
傍まで寄って膝を折れば、まず土やら泥やらぐちゃぐちゃにかき混ぜたような獣臭が鼻に付いた。森に入ってすぐ、ということでもないらしい。ますます分からない。顔は見えないが髪はバリバリに痛んでおり、ぽつぽつと所々穴の開いたマントから覗く服装を見れば、旅人然とした服装が窺える。だが、一番の問題はそんなものではなかった。
「えげつねぇ武器抱えてやがんな、こいつ……」
思わず口から言葉が漏れるほど、それは異様だった。背負って歩いていたのか、今目の前にある大刀は普通の人間ではまず持ち運ぶなど有り得ない。自分以外の魔獣狩人だとすればまだ納得はいくが、そんな情報は無かった。
そもそも、先日この森林部から続く川が大雨で氾濫を起こし付近の村に損害を出していて、そういった村の住民はこんな場所に来る余裕などない。森林部から山へと続くこの内部地域の環境変化の調査も自分の仕事だったのだ。おまけのようにこの先を縄張りとする魔獣の狩りまでセットにされたが、それはよくあることだったので気になるような程ではない。
アランは自然、その大刀に手を伸ばした。この人間が生きているにしろ何にしろ、武装解除はしておくべきだ。得体が知れないものに触れるような恐怖をうっすらと感じる。死体だとはっきりしていれば逆に開き直れるのだが、数年間この仕事をしてきた中でこれは初のケースだった。
指先が触れる。反応はない。鞘の側、鍔の近くを握った。ゆっくりと持ち上げる。ずっしりとした重み。そのまま自分の側へ――
と、その時。
「うぉぉっ?!」
ガシッと、今までピクリとも動かなかった女の身体が動き、アランの手首を掴んだ。顔は地に伏したまま、だ。絵面が怖い、というかやっぱり生きていたのか。なんだこいつは、というかいきなり掴んできてどうしたんだ。思考が錯綜する。
「…………せ……」
「……あん?」
「かえ、せ……」
掠れたか細い声だったが、それは確かに今目の前にいる女のもののようだ。
「生きてんのか、お前」
「かえ、して」
手首を掴む力が強まる。動揺のせいかもしれないが、ギシギシと骨まで握り潰さんばかりの力が込められているように思えた。ますます訳が分からない。ただ、この大刀に対して執着があるのは確かなんだろう。なんとなくそれだけは感じ取れた。
「じゃあ、返してやる代わりに約束だ。話を聞かせろ。こんなとこにいる理由とか、色々な」
「…………」
女がゆっくりと顔を持ち上げる。それは少女だった。ただただ離すものかという強い意思を必死に絞り出しているかのような形相だが、大きな蒼の瞳と硬く噛み締めた綺麗な歯並びに混ざる八重歯は鋭い。
「良いか、まずは俺を信用してその手を離せ。そうすりゃこっちも約束は守る」
しかし、アランの表情もまた不意打ちから立ち直り、無情に厳しさを突き付けるものへと変貌していた。人間相手の荒事にも慣れているが故に身に着けたものだ。こうなれば容赦などない。傲慢さを押し付けるかのように、どちらが優位か突きつける。
「聞けないなら今すぐお前を殺す」
「っ……」
淡々と告げると、少女の顔に僅かに動揺が浮かんだ。その一瞬の隙を突き、掴まれた手首をぐるりと返し少女の腕を捩じって肩を極め地面に這いつくばらせる。
「あぐっ……!」
握力が緩んだと同時、邪魔だとばかりに大刀を放りながら自身の脇を支点に少女の腕を抱えるように固め、いつでも関節を砕けるようにがっちりとホールドして抑え込んだ。少女も我武者羅なのだろう、その体格からは想像もできない力を発揮して無理矢理の抵抗を見せるも、既に完全に極まったサブミッションに抗えるほどの体力が残っていないのかすぐに力が抜けた。
「……5秒やる。答えないならこっちも相応に対処する」
二度目の警告。声音は恐ろしく事務的で冷たい。好んで人を殺す趣味も他人を痛めつけて快楽を覚える性癖もアランにはなかったが、どうやっても"会話にならない"相手はおり、そういった相手にまで遠慮する慈悲深さはそれこそ縁遠いものでもあった。
「…………わか、った」
「よし」
少女の返事を聞けば、すぐさま拘束を解いて放った大刀を拾う。しかし、少女は起き上がる気力も残ってないのか、一瞬何が起こったのか把握できなかったのか伏したままだ。しかし、そんな様子などお構いなしにアランが少女の傍に大刀を放ると、飛び付くように空中で掴んでそのまま胸に抱いた。
膝をついたまま、改めて少女がこちらを見る。アランも見下ろすように見返せば、先程は気付かなかったが唇は渇き切ってボロボロだ。割れてしまったのか血の跡もある。頬は痩せこけており、土気色に汚れた肌は死人のそれを思わせた。目元の長いまつ毛にも砂粒や目ヤニが散見しお世辞にも清潔とは言えないだろう。周囲に他の荷物も見当たらないことから、やはりその刀の異様と状況への違和感が膨らんでいく。先ほど掴まれていた手首がまだズキズキと痛む。少女の表情には観察されているという困惑と、不安が垣間見えた。
「…………」
「まぁ、とりあえず話をする前に、だ」
「……?」
「近くに川がある。そこまで移動するぞ、歩けるか?」
腰が抜けたようにぺたんと座り込んだままの少女にそう問いかけると、小さく頷いて刀を支えに立ち上がろうとするが、ずるりと滑って転がってしまう。
「おい、出来ねぇことしろって言ってねぇだろ。無理ならそう言え、バカかお前は」
経験のない状況、また素直ではない少女の反抗への苛立ちもあってか、徹底してアランの言葉は厳しいままだ。ぐちゃぐちゃで分かりにくいが、恐らく年下の少女に投げかけるような言葉遣いではないだろう。自覚がある分、言ってから自嘲の念も込み上げるが面倒なのでわざわざ訂正する気もなかった。
ただ、そんな言葉を吐き捨てられてもめげずに立ち上がろうとしては転がる少女の姿を見ていれば、それをいつまでも眺める気も起きなかった。この場にいる限りこんな調子が続くような気がして仕方がない。
「ひゃっ、ちょ……」
「うるせぇ、黙ってそいつ落とさねぇように握ってろ」
ズカズカと歩み寄り、重い荷物でも運ぶかの如く乱暴に少女を肩に担ぎ上げると抗議の声など無視してそのまま歩き出した。体温も低いようで少し冷たい。本当に生きているんだろうな、こいつ? などと少し意識が散る。
嵐が過ぎ去ったように、その場には静寂と暖かな木漏れ日だけが残っていた。
10分ほどそのまま進めば、木々が開けて川が姿を現した。小川、というほど狭くはない。川幅20m程だろうか。だが、周囲の樹木が幾分か薙ぎ倒されているのが窺える事からやはりここも氾濫の影響があったようだ。幸いというべきか、野生動物や魔獣の姿は見当たらない。
「とりあえず平気そう、だな。降ろすぞ」
そう声を掛けられて、近くの腰かけるにちょうど良さそうな岩にそのまま少女は降ろされた。大刀を抱いたままむすっとして半分睨むような、もう半分は一応感謝のような念を込めて視線を向けるも、どこ吹く風とせっせと男は何かの作業を始めていて、ぼんやりとそれを眺める。
男は小奇麗な風貌をしていた。見たところ年齢は自分と同じか、少し上か。雰囲気を見るに後者のようだが若いことに違いないだろう。少女と同じ黒髪だが陽光を反射してしっかりとその艶を見せており、ほんのり暗い金の瞳はどこか北国の狼のような印象を受ける。
首の中ほどから手首の先を除くほぼ全身を覆うような黒いぴっちりとしたスーツの上にブルーの半袖ジャケットを羽織り、右手には肘近くまで覆うような銀のガントレットが鈍く光っている。ゆったりとしたロングパンツに脛まで防護するように作られたがっちりとしたブーツを履いており、背負っている背嚢のギッシリとした様子からも、ここよりさらに奥地へ進むことを想定しているのは想像に容易かった。
「そのままでいいから、さっさと話を始めるぞ。面倒事は後に回したくないんでね」
言葉には乱暴さや適当さがあるが、仕事に集中している姿や表情は真剣そのものだ。獲物の姿を見定めんとする狩人らしい雰囲気もあり、脅された時のことを思い出して少しビクッと震えるもこちらに背を向けているからかそれに気付かれることはなかった。
「俺はアラン、この辺りの調査に来た魔獣狩人、お前は?」
作業が一段落したのか、戻ってきながら背嚢から何かを取り出しぽいと投げてくる。慌ててキャッチすると、それは水筒だった。それを認識すると、喉がガラガラで声を出すにも痛みが伴いそうなほど喉が涸れているのを思い出す。飲み水。蓋を取り外して浴びるようにがぶがぶと流し込むと気道に入ったのかゲホゲホとむせていくらか溢してしまった。
それを見れば、アランは予想していたかのようにけらけらと笑いながら、慌てなくていいからゆっくり飲めと促してきた。大人しく従って、今度はゆっくりと口内に水を流し込む。冷たい。口の中も渇いて切れていたようだ、染みる。しかし心地が良い痛みだ、生きている感覚だと思う。
そのまま水筒を飲み干し、喉を潤してふぅと一息つくと、いつの間にか背嚢を降ろし向かい合う形で岩に腰かけ、面白いものでも見ているかのようにアランに見られていたことに気付き、途端に少し恥ずかしくなった。こほん、と一つ咳払いをして意識を切り替える。
「私は、イバラ」
誰かとこうして話すなど何日ぶりだろうか。しかし、きちんと声にして返すことが出来た。まだ掠れているが、先ほどまでと比べれば天地の差だろう。何より、人に会えた。それは1人森を彷徨っていたイバラに安心感をもたらした。途端、少し緊張が抜けてくらりとしたが、なんとか持ちこたえた。
「イバラ、ね。この辺の出身か?」
「ううん、ちがうわ」
「そうかい。しっかしいきなり気が抜けたな、お前。俺が悪いやつだったらどうすんだよ」
「魔獣狩人って自分で言ったじゃない。じゃあ、きっと大丈夫だわ」
「……随分この肩書を信頼されてるようで」
どこか皮肉気にアランはそう返してくるが、イバラはそれを気にした様子もなく続ける。
「えぇ。だって、私それになりに来たんだもの」
そう言うと、途端アランの表情が険しくなった。ふぅん、と相槌は打ったものの懐疑的な視線を向けてくる。
「疑ってる?」
「まぁ、な。先に話を逸らしたのは俺の方だが、全然ここに居る理由とそれが結びつかん」
「そうなの?」
「そーだよ。ってかお前な、魔獣狩人になる方法くらいは知ってるよな?」
言われて、うぅん? と首を傾げる。それを見ると、呆れた調子でため息を吐かれた。失礼な、と声をあげるが常識知らずに言われたかないなどと返される。知らないのは事実なのでイバラは唸るしかなかった。
「まぁ、今はそれは後回しだ。で? 何がどうしてあんなとこでぶっ倒れてたんだよ」
「…………」
「答えない、と。本来、ルール的には立ち入り自体許可がいるんだがね。たまに"言う事を聞かないバカども"がいたりするが、お前もそれってことでいいのか?」
「えっ? えっと、その……」
なる方法は詳しくなかったが、魔獣狩人と呼ばれる者たちには仕事の際、そういった悪い人たちを懲らしめる権利があるというのは知っていた。そういった魔獣狩人の英雄譚も存在していて、イバラはそれを読んだことがあった。故に、最初のやり取りでイバラに対して"殺す"と脅されたが、それは(グレーゾーンではあるらしいが)アランにとっては職務行使の一部であり許された行為に他ならない。
そしてその状況は、今なお変わらないと宣告されたも同義だった。
「……冗談だよ。あんまり首突っ込むのは面倒だしな」
とぼけたように意地悪な笑みを浮かべながらアランがそう言えば、イバラもほっと息は漏れるも、弄ばれたようでむっとした表情になるのは隠せない。その瞳を狼のようだ、と思ったが今は狡い狐のようにも見えてくる。
「"言いたくないような事情"があるかはさておき、どっちにしろここにお前は置いておけない。それは分かるよな?」
「…………うん」
「となると、俺としては川沿いをそのまま下って村まで送り届けるってのが一番お互いこじれないと思うんだが、それでいいな?」
まるで断定しそのまま決行する気のような物言いだったが、事実それはありがたい話でもあった。イバラの手元には地図もなければ食糧も何も無い。保護してもらえる場所まで連れて行ってもらえるのならばこんなにありがたい事はないだろう。無論、お金もないのでその後苦労はするだろうが、そこまでアランが面倒を見るのを要求するのは筋違いも甚だしい。見なかったことにされて放置されるか、"脅しが実行される"のに比べれば最善に思える。
だが、しかし。
「…………ねぇ。あなた、魔獣狩人なんでしょ?」
「ん? まぁ、そうだな。それを疑うなら証明書でも見せてやればいいか?」
「あ、ううん。ちがうの、そうじゃなくて。お仕事で来た、って言ってたし。あなたはまだまだ奥に進むんだよね?」
「……ま、そうなるな」
「その、なんていうか……できれば本職のお仕事ぶりを見てみたいなー、って」
イバラには余裕が出来ていた。水を飲んだ、という身体的な意味だけではなく精神的な意味も含めて。先程からのちょっとした嫌がらせなど思う所はあるが、アランは憧れの魔獣狩人なのだ。自分は、それを志して来たのだ。イバラはこれをチャンスだと感じていた。
「…………」
対するアランは、きょとんとした表情でイバラを見ていた。まるで予想外の言葉に思考停止してしまったようだが、意に介さずとばかりにイバラは捲し立てる。
「だって、送り届けるとは言ってくれたけれど、それが"いつ"なんて言わなかったじゃない? だから、お仕事を終えてその帰り道で寄ってくれればあなたもわざわざ戻らなくていいし。私はあなたの仕事ぶりを見て勉強できるし。あ、勿論お仕事の邪魔はしないわ! それに雑用でも手伝えることはなんでもする。ね、それならお互いもっといいこと尽くめだと思うの」
訂正。今になって、思った以上に本職の魔獣狩人に出会えたことに自分は興奮しているようだった。妙に饒舌になってしまう。傍から見れば、恐ろしく図々しいことを言っているかもしれないが、イバラ自身には止めようがない。語っていることは確かに本心で、齧りついてでも頼み込んでやるという意気込みさえあった。
どうせ、あのままでは死んでいた身なのだ。このまま何もなかったように送り届けられても、なり方さえ知らない自分ではダメなのだ。前向きに、前のめりに突っ走ると決めたのだ。ならば、躊躇ってはいけない。迸る熱意に自らを注ぎ込む以上に今できることはないと確信していた。
そうして語っていれば、アランはにっこりと微笑んだ。
届いたか、私の情熱!
「ダメだ」
「なんでよ!」
現実は残酷だった。




