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7.聖餐パンデミック祭り

「いないってどういうことだ。一緒に寝ていたんじゃないのか?」


「アン子のブーツが無いんだ。私が寝ているうちに外へ出かけたらしい」


 アン子がいないというズンの報告で僕らは朝から大騒ぎだった。

 昨日の時点では確かにアン子は部屋で寝ていた。しかし今朝、僕らが起きたときにはすでにアン子はいなかった。


「何も言わずにいなくなるなんて……。昨日のアレがよくなかったのでしょうか」


 コルネが泣きそうな声で言った。昨日のアレというのは餡子詰め替え手術のことだが、それがアン子にどんな影響をもたらしたのか僕にはわからない。本人の期待通りアン子は賢くなったのか。それとももっと別の変化があったのか。

 どちらにせよ、他に失踪の原因は考え付かなかった。


「たぶん帰ってくるとは思うんだが……。どうするんだ?」


 昨日のズンの言葉を信用するなら、アン子は帰ってくるのだろう。彼女はここで働くために生まれてきたのだから。

 だが、嫌な予感がした。

 僕は昨晩の出来事を思い出す。誰かが僕の部屋に入ってきて、何か言われた気がする。夢だと思っていたがあれはおそらく現実で、あの声の主はアン子だったのではないか。

 帰ってくると思いたい。帰ってこなかったらあの子はどうなる?

 新たな生き方を見つけるだろうか。あてもなくただ時を過ごすのだろうか。それとも……。


「……探そう」


 その日の工房は臨時休業とし、僕らはアン子を探しに街へ出た。


###


 僕とズンとコルネは手分けしてアン子を捜索することにした。

 僕は近隣住民に聞き込みをしながら、商店街の様子が大きく変わっていることに初めて気付いた。僕が工房のことで手一杯になっているうちに街に様々な経済効果があったらしく、辺りは活気づいていた。道の舗装が新しくなり、通りの入り口には派手なゲートが設けられ、シャッターの降りている店舗も減っていた。

 そして何より、街には美少女が溢れていた。

 どこを向いても美少女がいる中で僕はアン子の目撃情報を尋ねて回ったが、有益な情報はなかった。こうも美少女がたくさんいると、アン子の姿も印象に残らないようだった。

 僕は近所の駅に向かい駅員や購買の店員にも話を聞いたが、やはりはっきりと覚えている者はいなかった。

 結局僕は一日中探し回ったが、ついに手掛かりは見つからなかった。もしかしたら既に帰ってるかもしれないと淡い期待を抱いて店に戻ったが、同じことを考えたズンとコルネがいるだけだった。

 その夜も僕は寝ないで待っていたが、アン子は帰ってこなかった。

 次の日も一日かけて探したが、結果は振るわなかった。

 次の日も同じだった。

 その次の日も、さらに次の日も。


###


 アン子の足取りが一向につかめない中、奇妙な事件が報道された。

 ある農家の育てていた作物が、収穫すると美少女になっていたのだという。

 野菜が女の子に。

 今まではパンだけの現象だったが、いよいよ他のものまで美少女になってしまったらしい。

 淡々と報じるニュースキャスターの説明を聞いていると、携帯電話が鳴った。


「おい、今ニュース見てるか!?」


 僕の昔からの友人、堂前だった。


「見てるよ。野菜が女の子になってるって」


「なんだ、妙に落ち着いてるな。何か知ってるのか?」


「いいや、何も」


 少しの沈黙の後、堂前は言葉を選ぶように慎重に喋り出した。


「……言っちゃあ悪いが、これは結構な重大事件だぜ。しかも間違いなく俺たちの『仕事』が関わっている。悠長に構えてると、とんでもない責任問題になるぞ」


「ああ、わかってるよ」


 僕は自分でもわかるくらいそっけなく答えた


「……何かあったのか?」


「うん。少し疲れている」


 僕はこれまでの経緯を説明した。


「そうか、あの子が行方不明なのか」


 電話の向こうで堂前は何やらぶつぶつ呟いていた。それから大きく息を吐く音が聞こえ、こう言った。


「わかった。野菜の件は俺がなんとか手を打ってみる。お前は無理しない程度にその子を探し続けてくれ」


「すまないな」


「まあいいさ。これ以上事態が悪化しないことを願うよ」


 そうして通話は終わった。

 しかしその後、事態は加速度的に悪化することになる。


###


 果樹園になっていたフルーツが美少女になった。畑の稲穂が美少女になった。養殖中の牡蠣が美少女になった。食品工場の生産ラインが美少女で詰まった。

 街路樹の表皮が剥がれ落ち中から美少女が出てきた。公園の赤煉瓦の花壇には美少女が咲き乱れていた。建造中の木造家屋の柱の一本が美少女になったが、すぐに重みで倒壊し潰れてしまった。

 アスファルトの道路を突き破り美少女が出てきた。走行中の車のタイヤが美少女になって外れ、車はブロック塀に突っ込んだ。塀が崩れると中には美少女がいた。

 事態を収拾させようと機動隊が出動したが数の多さに圧倒され、武器を奪われ逆に武装されてしまった。

 武装した大量の美少女が一糸乱れぬ行進で警察署に押し寄せ、瞬く間に占拠してしまった。

 保管されていた証拠品や拳銃で美少女たちはさらに武装を固め、立てこもった。


 今日の天気は曇り。時折にわか雨と美少女が降ってくる。

 そして、僕たちはアン子を発見した。


###


『上空からの映像をご覧ください。このように警察署の周りには武器を持った複数の少女が見張りをしており、侵入者を警戒している状況です。また、署の駐車場には定期的にトラックが出入りしており、どこかから物資を供給しているようです。さらに屋上ではリーダー格と思われる少女が指揮を執っており、他の少女に指示を出す様子がうかがえます。彼女たちの目的は依然として不明ですが、この一連の事件に対し防衛省が発表した対策案によりますと……』


 深刻な面持ちのニュースキャスターの語りと共に、ヘリコプターから見た映像が映し出されている。

 テレビを見ていた僕たちは絶叫した。

 この画面に映っている少女、屋上で指揮を執っているというリーダー格の少女は、アン子だったのだ。


「なぜアン子がこんな場所にいる?」


 ズンが苦虫を噛み潰したような顔で言った。コルネは動揺で声も出ないようだった。

 最近の美少女の増え方は異常だ。そんなことができるのかは知らないが、誰かが意図的に加速させているようにも思える。

 ……考えたくないことだが、この事件の始まりとアン子が消えた時期は一致してしまう。

 何故こんなことになったのか。

 僕はどうすればいい。

 時間だけが刻々と過ぎていった。


 裏口の戸を叩く音が聞こえた。

 僕が戸を開けると、二人の男が立っていた。


「どうも。志木サトルさんですね? 突然の訪問ですみませんがわたくしどもこういうものでして、堂前君に紹介されましてお伺いさせて頂きました」


 ワイシャツに紺のネクタイを締めた背の高い男が、早口でまくしたてながら名刺を渡してきた。


「わたくし桂木と申しまして、連れのこいつは山田といいます」


 もう一人の男は自分が紹介されると軽く頭を下げもごもごと挨拶した。山田と呼ばれたその男は典型的な肥満体型で、きつめのTシャツはところどころ汗ばんで色が変わっていた。

 名刺によるとこの二人は大学の研究員らしく、桂木の方が教授、山田の方が大学院生ということだった。

 パンが少女になる現象を研究し解明しようとする機関があることは堂前から聞いていた。彼らはその代表としてこの工房を訪れたようだ。

 僕は二人を中へ案内した。

 僕とズンとコルネ、そして研究員の二人がテーブルについて座った。


「わたくしどもはつまり、パンが何故少女になるのかという根本的な理由を解明しようとし研究を続けているのです。まあ残念ながら進捗は芳しくないのですが、それでもいくつかわかったことがありまして、まずはそれを報告させて頂きたい」


 桂木はその長身をせわしなく揺らしながら説明し始めた。

 彼らの研究の成果とは酵母菌のことで、以前僕が考えたこととおおむね同じだった。

 少女になるパンの生地には例外なく未知の酵母菌が含まれており、どうやら突然変異で生まれたらしいという見解のようだ。

 彼らはこの未知の酵母菌を何度も培養したが、パン生地以外の環境では全く繁殖しなかったという。


「そこでわたくしどもは、今までのパンの少女たちと、最近になって急激に増えた少女たちは別物であるという仮説を立てました。つまり、さらなる突然変異の酵母菌、いや、もはや全く未知の生命体と呼んだ方がいいかもしれませんが、そういうものが生まれてきたと、そう考えているわけです。こうなるともはや生物災害です。多少の犠牲を払ってでも止めなくてはなりません」


 桂木の語りは次第に熱が入り始め、僕たちはただ黙って聞いているだけだった。


「わたくし達は対抗しなくてはなりません。しかしそのためにはこの突然変異を誘発した環境そのものを除去する必要があります。つまり、先ほどのニュースで流れた警察署の屋上にいた赤毛の少女、全ての元凶であるあの子の身柄を確保する必要があります」


 急にアン子が話に出てきたので面食らってしまった。

 突然変異を引き起こしたのがアン子だって?

 どういうことだ。全ての元凶ってのは僕の事じゃないのか。


「えっと、あの子が突然変異の原因だってどうしてわかるんです?」


 僕の質問に、桂木はやや間をおいてから答えた。


「堂前君から話を聞いたのですが、あの赤毛の少女は最近までこの店にいたらしいですね。そして突然姿を消し、その頃からちょうど新種の少女が現れ始めた。これは偶然ではないでしょう」


「だが、あの子が生まれたのはずっと前だぞ。あの子が原因ならもっと前から変異が起きているはずじゃないか?」


 ズンの指摘に桂木は少し考え込んだ。

 答えたのは先ほどから沈黙していた山田だった。


「あの子が、他の少女の指揮を執っているのは事実、です。どのみち、身柄は拘束しないといけない、です」


 僕たちは何も言い返せなかった。アン子がそんなことするはずないと主張したところで、この二人はおろか世間の誰も信用しないだろう。

 桂木が深く嘆息してから言った。


「わたくしどもはこれから件の警察署へ向かいます。そこで志木さんにも同行して頂きたい。あなたがいれば、彼女たちと上手く交渉できるかもしれませんから」


 どうしてこんなことになったのか。アン子は何を考えているのか。

 僕はアン子と話をしなくてはならなかった。


「わかりました。協力させて頂きます」


「ありがとうございます。外に車が停めてありますから、早速……」


 皆が立ち上がろうとしたとき、コルネが口を開いた。


「……アン子は、あの子は、捕まった後、どうなるのでしょうか?」


 コルネの声は震えていた。

 研究員の二人は何も答えなかったが、それが彼らの正直さだと悟った。


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