6.シンギュラリティ
美少女が溢れた。
大手メーカーの生産力は凄まじく、僕たちが工場巡りの旅を終えた頃には数えきれない量の少女が市場に出回っていた。
スーパーやデパートの食料品売り場はもちろん、コンビニや駅の売店などでも少女が売られるようになり、ついには専用の自動販売機まで開発された。
テレビでは少女のコマーシャルを再三流すようになり、新聞の折込チラシには少女のお買い得情報が載っている。
家から一歩外に出ると誰もかれもが少女を連れていて、都会の駅前では『美少女教』などという胡乱な新興宗教の勧誘が蔓延しているありさまだ。
ある都市では、パンの少女に住民票を与えることをマニフェストに掲げた男が市長に立候補し、当選したという。
パンの少女はもはやファッションであり、人類の友であり、新たな常識であった。
少女の急激な増加は至る所で事件事故を引き起こしており、世の中はいよいよもって混沌の様相を呈している。
そして、この一連の騒動の元凶である僕たちがどうしているかというと、実は普段通りの暮らしを続けている。
最初の頃はマスコミや新聞記者が店に押しかけてきたりもしたのだが、僕が大したことを喋らないと知るとすぐに興味を失ったようだった。
最近ではブームに便乗した派生ビジネスの方が盛り上がっており、美少女パン用の服飾品店や美少女カフェ、美少女博物館などがメディアで取り上げられている。
またパンが少女になる現象の謎についても、どこかの大学の化学系の研究室が企業と連携して解明を進めているらしい。これには堂前が一枚噛んでいるらしく専門の研究機関も設立されており、これもまた美少女パンの原理解明に近づいているということでメディアを賑わしている。
そうして僕は世間の詰問から逃れ、相も変わらず工房で少女を焼いている。
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「不条理なのです!」
午前十時、朝の営業が終わった工房のキッチンでアン子が叫んだ。
「少女パンを普及させたのはサトルさんなのに、この店の仕事が減るのはおかしいのです!」
客の大半が量販店に流れたため予約注文は終了し、工房は再び店頭販売に戻っている。この店だけで少女を焼いていた頃と比べると仕事量は激減し、営業中にも手の空く時間が目立つようになった。もっとも、いろんな企業から契約金を貰ってるおかげで収入には全く困っていなかったりするのだが。
暇を持て余しているアン子の声に、先ほどからずっと座って休憩しているズンが答えた。
「いいことじゃないか。仕事はゆるくて将来も安泰。理想の職場環境だぞ」
「でもでも、このままじゃ私たちの仕事もなくなっちゃいますよ? パン権費削減で解雇されてもおかしくない状況です」
「それは困る」
アン子とズンが駄弁っているところに、一人黙々と作業していたコルネがぽつりと口をはさむ。
「もし解雇されるとしたら、誰からでしょうね」
瞬間、アン子とズンの表情がこわばる。
バイト三人が一斉に僕の方を向く。
「まあ、コルネは本当によく働いてくれてる。ズンはさぼりがちだけど、力仕事を任せられるからそこは助かってる。アン子は……」
僕が言葉に詰まると、アン子は立ち上がって声を上げた。
「わ、私の戦闘力は散漫です!」
「駄目じゃないか」
アン子撃沈。
散漫な少女は泣きじゃくりながらあーだのうーだの呻いてテーブルに突っ伏し、とても人には聞かせられないような呪詛をひとしきり呟いたのち顔を上げ、鼻をすすりながら言った。
「そもそも、私だけ基本スペックが低いのです。私本人よりも設計製作の段階で問題があったと言えるのです」
僕のせいにされた。
「そもそも! どうして私だけこんなに身長が低いんですか!? こんなんじゃ作業も存分にできないじゃないですか! 生まれつき他のパンより不利抱えてるじゃないですか! 私が一番最初に生まれたのに! いわば長女なのに! お姉ちゃんだぞう! 尊敬しろやい!」
半狂乱のアン子が暴れだしたのでズンが取り押さえた。
「まあ落ち着きよ。身長ならこれから伸びるかもしれないじゃないか」
うがうが吠えているアン子をなだめていると、コルネがそういえばという様子でポンと手を打って喋り始めた。
「カブトムシやクワガタって、幼虫の時期に共食いをさせると大きく育つらしいですわ」
アン子がズンの手に噛みついた。
「こら、私はカブトムシじゃないぞ。年齢的には幼虫に近いかもしれないが」
ズンは自分の手からアン子を引っぺがして言った。
「身長を伸ばしたいなら、やはり成長ホルモンが分泌されないと駄目だろう」
ズンの意外と真面目な発言にコルネが尋ねた。
「でも、それって脳から分泌されるものでしょう?」
「そうだな。いや、でもアン子の脳って……」
「餡子、ですわね……」
話を聞いていたアン子は息を乱しながらも多少は落ち着いた様子で、言った。
「つまり、高級な餡子を手に入れれば私の脳のスペックも上がる……?」
どうしてその発想に至ったのかわからないが、アン子は再び興奮し始めた。
「そして脳のスペックが上がれば! 成長ホルモンがドパドパ! ついでに女性ホルモンもドパドパ!」
それはどうだろうとつっこむ暇もなく、アン子はズンを振りほどいて工房から飛び出してしまった。
え、まさか餡子を買いに行ったのか? 一人じゃ散歩もろくにできないのに。
「あ、あの、私追いかけて様子を見てきますね。元はといえば私が変なこと言ったのが原因ですから」
そう言ってコルネはアン子を追って出て行った。
工房には僕とズンの二人が残った。
「まだ昼の営業があるのに」
「力仕事なら任せてくれ」
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結局、午後の営業が終わる頃になってもアン子とコルネは帰ってこなかったので、僕とズンはずっと二人で店を回していた。人が少ないと仕事も当然きつくなるのだがどうにかやりくりしつつ、僕は二人のことを心配していた。
どこまで行ってるのか。遠くまで買いに行ったのか。
まさか迷子になったりはしないだろうが、暗くなる前には帰ってきてほしいもんだ。
「二人のことが心配か? サトル殿」
店舗の締め作業をしているとズンが話しかけてきた。どうやら顔に出ていたらしい。
「まあ、大丈夫だとは思うけどさ。人手がないとなんだかんだ大変だからね」
「心配しなくてもあの二人はちゃんと帰って来るぞ」
憶測や気休めで言ったわけではないようだった。その確信がどこから来るのか不思議に思い僕はズンの方を向いた。
「わかるのか」
「ああ、私たちはここで働くために生まれてきたからな。帰ってこないと存在する意味が無くなってしまう」
そう……なのか?
「でも、ズンは最初のころ働くの嫌がってただろ?」
「働くために生まれたからといって、働くのが好きとは限らない。人間だって、そうだろう? 親に望まれて生を受けたものはたくさんいるが、自ら望んで生まれてきたものは一人もいない。そこに私たちの業がある」
それに、と言ってズンはさらに続けた。
「私は今でも働きたくないと思っているしな」
なんて言えばいいのかわからなかった。
今となってはズンを辞めさせても店は回せるのだが、それでは彼女の存在理由を奪ってしまうことになる。
もしそうなったらズンはどうなるのだろう。新たな生き方を見つけるのだろうか。あてもなく茫漠と時を過ごすのだろうか。それとも、自ら命を絶つのだろうか。
いや、そうはならない。
もしそれができるならズンはとっくにこの工房を辞めているはずなのだ。
働くために生まれてきた。しかし働きたくない。自分ではどうすることもできないジレンマを抱えているからこそズンは思い悩んでいるのだ。
ならば、僕が解決してやらなきゃいけないじゃないか。
ズンを作ったのは僕の勝手な都合だったんだから。
「君たち三人を辞めさせるつもりはないよ。でも、もしどうしても嫌になって、辛くて、耐えられなくなったら言ってくれ。辞めたあと困ることが無いよう僕が全面的に協力するよ。生きる理由が欲しいなら一緒に探すし、何もしたくないなら黙って見守るし、死にたくなったら殺してあげる。だからまあ、とりあえず適当でもいいから今はこの工房を手伝ってくれ」
僕がそう言うとズンは目を丸くして、それからうつむき、口元を手で押さえ、クスクス笑い出した。
あれ、何かおかしなこと言ったかな。あまり真面目な話じゃなかったのか?
「ふふ、前からうすうす感じていたが、サトル殿は変わった人だな」
「え」
どこが変わってるのか、なぜ笑われているのか、僕にはさっぱりわからなかった。
ただズンがずっと楽しそうに笑っていたので、僕はひとまずこれで良しと思うことにした。
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「アン子、ただいま帰還しました!」
日がすっかり落ち仕事も一通り終わった頃、ようやくアン子とコルネが帰ってきた。
二人の両手には戦利品と思われる紙袋がさがっている。
「餡子を買ってきたのか?」
「ええもう完膚なきまでに高級ですよ! これで私も天才の仲間入りです!」
アン子は鼻息荒く持っていた紙袋をテーブルに置き、中身をガサゴソと開けだした。
確かにその餡子は高級品だった。包装紙を外すとしっかりとした作りの黒い紙箱がその風格を漂わせ、側面には手練り餡子の老舗の名前が書かれていた。箱の中には真空のビニールパックに詰まった藤の花のような青紫色の餡子が堂々とたたずみ、付属のカードにはこの餡子がいかに手をかけて作られたかつらつらと書かれている。
「もう、本当に大変でしたわ」
どこまで行ってきたのか知らないが、コルネが随分と疲れている様子だったので椅子を出して座らせてやる。この餡子、おそらく通販で買えただろうということは黙っておいた。
「で、これをどうやってアン子の頭に入れるんだ?」
「へ?」
ズンの一言にアン子が固まった。どうやら何も考えてなかったらしい。
いや、僕も深く考えてなかったけど。……どうする気なんだ?
アン子は顔を引きつらせながらぼそりと言った。
「……鼻から?」
「入れるだけならいいけど、今入ってる餡子を取り出さないといけないだろう」
「で、できれば非侵襲がいいのですが……。無茶はよくないですよね?」
尻込みするアン子を、ズンとコルネの二人が捕まえた。
「せっかく買ってきたのですから、ちゃんと使わないと餡子も浮かばれませんわ」
「え」
「やはり、一度頭を切り開くしかないだろうな」
「え、え」
「心配しなくても大丈夫ですよ。私たちが責任を持って施術しますから」
「え、え、え」
あっという間に二人はアン子を仰向けにテーブルに縛り付け、道具をそろえて準備した。
「いや、あの。せめて! せめて麻酔をしてくださがぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
ズンはパン切り包丁でアン子の額の辺りを横向きに切ると、頭部を炊飯器みたいにパカッと開く。
「わぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」
ズンとコルネはスプーンを使ってアン子の頭に詰まっていた古い餡子を掻き出しボウルに移した。
「わぎゃぎゃ……ぎ……」
全ての餡子が掻き出し終わると、ボウルにこんもりと山ができた。
「意外と詰まってたな」
「意外と詰まってましたね」
二人はそう言うと買ってきた新しい餡子を開封してアン子の頭に詰める。
全ての餡子を詰めるとちょうどいっぱいになった。
施術が終わるとアン子はテーブルの上でぐったりと横になった。
「大丈夫なの? これ」
「たぶん」
僕はもうすっかりビビっていたのだが、アン子を見ると微かに胸が上下していた。とりあえず大丈夫らしい。
ただその後もアン子は目を覚まさなかったので、僕は彼女を二階の部屋まで運んで寝かした。
夜も遅く、僕は自分の部屋に戻って寝ることにした。
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深夜、微かな物音。
夢を見ているような、覚醒しているような、曖昧な意識で僕はその音を聞いた。
あとから考えるとそれはドアを開ける音だったのだが、この時の僕は気づかなかった。
僕は目を閉じて半分眠ったまま、小さな息遣いを感じた。
「ありがとう」
唇に柔らかい感触。僕は夢の中で誰かにキスをされていると認識した。
「ごめんなさい」
僕はそのまま眠り続けた。
翌朝目覚めると、アン子がいなくなっていた。