5.ロジスティクス的転回
工場で大量生産された美少女たちはさっそく売りに出された。
どの店舗でも順調に利益を上げる少女は瞬く間に主力商品となり、マスコミに取り上げられたこともあって注文が殺到し、ついには工場の全生産力を少女に費やすことになった。
工場を半ば乗っ取るような形になってしまい僕は多少なりとも引け目を感じているのだが、相手方はむしろ喜んでいる様子で正式に業務提携を結ぶ運びとなった。
しかし、業務提携といっても僕がすることはほとんど無かった。というのも、僕が手伝わなくても少女が焼けるということが判明したからだ。
相変わらず理由はさっぱりわからないが、僕が最初にメロンパンの少女を焼いて以来、工場でも女の子が焼けるようになったらしい。
結局、僕は自分の工房でパン(美少女)を焼くという日常(?)に戻ってきた。
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「これより第一回定例ミーティングを行います」
アン子、ズン、コルネの三人をテーブルの周りに座らせ、僕は意味もなく形式ばった口調で話を進める。
「今朝、堂前君から件の工場について経営上の懸案事項が持ち込まれました。そこで我々は共同経営者として問題の打開策を検討し、一緒に働いてるアピールをしたいと思います」
続けて僕はその懸案事項について三人に説明した。
工場での生産が進むにつれ、商品の輸送という問題が浮かび上がってきた。今までは普通のパンをトラックに積んで各店舗に発送していたが、商品が少女になったことで一度に積み込める量が減ってしまい、輸送のコストが上がってしまったのだ。
些細な事に思えるかもしれないが、こうした細かい経費の積み重ねが収益の低下につながるのである。
「というわけで、何か意見のある方いますか」
はい、とアン子が手を挙げた。
「少女だろうが容赦なくぎっちぎちに詰め込めばいいと思います」
「うん、想像したくないな」
あまりいい案ではないけど、一応メモしておく。
次にズンが手を挙げた。
「工場で直販売すればいいじゃないか」
「なるほど。でもあの工場、交通の便が悪いからなあ」
輸送ができないなら客に来てもらえばいいという発想は悪くない。メモしておく。
続いてコルネが手を挙げた。
「パンが自分で店まで歩けばよいのでは?」
「た、確かに」
商品を運ぶのではなく、商品が自分で店舗まで向かうことで輸送コストを丸ごとカットできる。……これは革命的な販売戦略ではないだろうか。
僕らはコルネの意見をまとめ、堂前を通じて工場に伝えてもらった。
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数日後。
「これより第二回定例ミーティングを行います。みんな、今朝の新聞は読みましたか」
僕がそう言うと、パンの三人はテーブルの上の新聞を回し読みし始めた。
その記事にはこう書いてある。
夜間、例の工場から大型スーパーへ向かう途中の高架下で、複数の美少女パンが襲撃を受けた。彼女たちは翌朝の営業に備えて店に向かっていたのだが、その道中を少女に飢えた男に狙われたのだ。幸い男は逮捕されたが何人かのパンは商品価値を失い、店に大きな被害が出た。
彼女たちの安全と僕たちの利益を守るために対策を講じなくてはならない。
「というわけで、何か意見のある人いますか」
ほい、とアン子が手を挙げた。
「パンたちに武装させて戦わせましょう。特殊警棒とかスラッパーなら女の子でも扱えます」
「物騒だな」
持たせる武器の費用が高くつきそうだ。一応メモ。
次にズンが手を挙げる。
「訓練を積ませて護身術を覚えさせよう。急所狙いの実践向け武術がいいだろう」
「物騒だな」
いったい誰が指導するんだ。一応メモ。
続いてコルネが手を挙げた。
「パンを極めし物は決して大きな低温脆性を隠しますわ。まるで無重力のようにますますかまびすしく敷きますのよ」
「あれ、今日はキマってる日だったか」
最近のコルネは三日に一回ぐらいキマってる。通常業務には影響無さそうなので放っておいてるけどそろそろ注意した方がいいのかもしれない。
しかし、コルネの意見をあてにしていたのに困ってしまった。アン子とズンの野蛮な案しか出てないぞ。
と思ったのだが、よくよく考えたら女の子が夜間に出歩くのがそもそもの間違いであり、明るい時間に人通りの多い道を使えば問題無いと気づいた。
僕はその旨をまとめ、堂前を通じて工場に伝えた。
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数日後。
「これより第三回定例ミーティングを行います。今日は堂前君も来てくれました」
僕が促すと堂前はネクタイを締めなおしてから喋り始めた。
「この工房のおかげで美少女産業は右肩上がりで成長していて、一つの流行と呼べるほどになった。だがその分最近では遠方からの注文も多く、需要に応えきれていないという現状だ。そこで我々はさらなる市場拡大を目指すため、大手製パンメーカーと提携し全国的な生産流通を確保したいと思う」
実際のところこの美少女ブームがいつまで続くかわからないが、せっかくの儲け話だ、稼げるときに稼ぐべきだろう。そう思い僕は堂前の提案に乗ることにした。
「というわけで、僕たちはこれから各地のパン工場を訪ねてまわることになった」
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今回僕たちに協力してくれたのは国内有数の製パン企業で、コンビニやスーパーで必ず見かけるほどの有名ブランドを持っている。それほどの大企業にどうやって取り入ったのか不思議だが、先に話を持ち掛けてきたのは意外にも相手企業の方らしく、堂前曰く「ちょろい商談だった」とのこと。
そうして僕たちは堂前の運転で各地の工場を転々と訪ね始めた。
「こいつらを連れてくる必要はあったのか?」
助手席に座った僕は後部座席で眠りこけてるバイト三人を指して言う。運転中の堂前が答える。
「俺らがやってるのは侵略みたいなもんだからな。経営者と話をつけてるとはいえ、実際に可愛い女の子を見せた方が工場の人も納得しやすいだろうさ」
他人の工場に赴き、自分の商品を作らせようとしてるのだから、確かに僕らは侵略者みたいなものだ。さらには美少女を生産するという狂気じみた行い。良い印象を持たない工場長もいるのだろう。
僕が納得すると、さらに堂前は続けて言った。
「それに、その子たちずっと働きづめだったんだろ? 経費も向こうが出してくれるっていうし、たまには家族サービスしてやれよ」
「社員旅行だな」
そんな会話をしていると、僕らは目的の工場に到着した。
一つの工場で僕がやることはそれほど多くない。ただ、僕が作業を手伝って少女が焼けることを確認したり、僕がいなくても少女を焼けることを確認したりするためにはそれなりに時間がかかった。
さすがにすべての工場を巡るわけにはいかないので、都市部を中心に主要なパン工場を選んで訪れているが、それでも訪問には日数がかかった。
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工場見学の旅も幾日か経過し、僕らはその日の仕事を終えて予約していたホテルにチェックインした。部屋に入るとすぐ洋室があり、テーブルを挟んで二つのソファが置かれていた。洋室の奥には靴を脱いで上がる和室があり、就寝用の布団が用意されている。
夜、皆が寝ている頃、何故か寝付けなかった僕は一人で洋室のソファに座りココアを飲んでいた。
しばらくぼんやりしていて、そろそろ寝ようかと思ったとき、和室から寝間着姿のコルネが出てきた。僕がいると思わなかったのかこっちを見るなり驚いた表情をして、その手にはチャック付きポリ袋に入った小麦粉が握られていた。
「起きていらしたのですね」
少しばつが悪そうに言うと、コルネは僕の向かいのソファに腰かけた。
「今更うるさく言うつもりもないけど、ほどほどにね」
僕はコルネの手元の白い粉を見ながら言った。コルネは困ったような思いつめたような顔をして、ぽつりと言った。
「実はこれ、小麦粉ではないのです」
なんだって? 確かに小麦粉でトリップするのはおかしいと思っていたがまさか?
割と衝撃の告白に僕は恐る恐る質問した。
「……じゃあ何なの? それ」
「食品添加物です……」
よくわからない回答が返ってきた。食品添加物? 保存料とか着色料のことか。そんなものどうして持っているのか。そもそも今まで小麦粉だと偽ってきた理由は何か。さっぱりわからない。
「さっぱりわからない」
混乱して思わずぼやくと、コルネがか細い声で説明を始めた。
「私は他のパンより良い材料を使っていただいたので、その分寿命が短いのですわ。ですから定期的に添加物を摂取して老化を防いでいたのです」
寿命。老化。パンにもそういうのがあるのか。
言葉のニュアンスの違いはともかく、カビが生えるとか固くなるとか腐るとかがパンにとって重大な問題ということはわかる。
「でも、だったら最初からそう言ってくれればよかったのに」
僕がそう言うと、コルネは頬を少し赤くして答えた。
「サトル様のお店は無添加が売りでしたので、申し上げ辛かったのです……。最近になって工場で添加済みの姉妹が作られているのを見て、ようやく伝える決心がつきました」
わかったようなわからないような微妙なところだが、コルネがほっとした表情をしているのでよしとする。
それに、所持だけで捕まるような本当にアレな白い粉とかじゃなくてよかった。食品添加物ぐらい誰かに見られたってお咎めなしだろう。
と、ここで最初の疑問に再び戻ってきた。
「で、どうして食品添加物でラリっちゃうのさ?」
「そういう体質ですわ」
そこは体質なのか。まあ、人間でも市販薬で依存症になる人とかいるし、パンにもいろいろあるのだろう。
僕が勝手に納得していると、コルネは奇妙なことを言い出した。
「まあ、私は他のパンと比べてサトル様の酵母が少なめですから、それで体質も変わってるのかもしれませんわね」
……僕の酵母?
なんだそれは。随分と不気味な響きだ。
「コルネを焼いたときは通販で買った酵母を使ったはずだけど」
「ええ、それでサトル様の酵母があまり育たなかったのでしょうね」
コルネは冗談を言っている様子ではない。僕はその言葉の意味を考えてみる。
パンの発酵というのは酵母の生命活動を利用している。そして酵母はカビとかキノコと同じ菌類であり、適当な環境を用意すると繁殖する。
コルネの生地を発酵させる前に、何かの拍子で別の酵母菌が付着したとしたら? 例えば僕が生地を捏ねているときに……。
菌。繁殖。嫌な予感。
もしかして僕は何かまずいものをばらまいているのか?
「そういえばさっき、工場でできたパンのことを姉妹って言ってたのはどういうこと?」
「それはもちろん、同じ酵母菌でサトル様に作られた姉妹という意味ですわ」
どうして僕がいなくなった後も工場で少女が作れるのかずっと疑問だった。
でも、パンが美少女になる原因が酵母菌だとしたら?
そして僕がその菌を保有していて、あちこちの工場にばらまき繁殖させているとしたら?
「あの、顔色が悪いようですけど大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫。僕はもう寝るよ。おやすみ」
僕はかぶりを振って立ち上がった。
そもそもパンが女の子になるなんて、どう考えたって馬鹿げてる。今更そんなことを理屈で捉えようとしてもどうにもならない。
僕は和室に入って静かに自分の布団にもぐった。
侵略みたいなもんだからな。
いつかの友人の言葉が脳裏をよぎった。