01 飴玉で餌付け
――吉田翔太と山崎愛の場合①――
ぐきゅるるるる。
入学式を終えて教室に戻ってきてすぐのこと。
隣の席から、盛大な腹の音が聞こえてきた。
「……お腹すいた」
隣の席のその人は、ぽつり、小さくつぶやいた後で、俺の方を向いた。
「ねえ、吉野くん。なんか食べるもの持ってない?お腹空いてお腹空いて……私このままじゃ飢え死にするよ」
ぐったりとした様子でそんなことを言いながら、がっくりと机に突っ伏す彼女。
その様子に思わずため息をついて、俺は鞄を探った。
「山崎さん、だっけ」
「うん、合ってる」
「まず、俺は吉野じゃなくて吉田だよ」
「あ、ごめん」
「あと……そうだな」
鞄の中から、何とか飴玉が一つ。
それを山崎さんの机に置いてやると、彼女はがばっと勢いよく起き上がった。
「悪いんだけど、今日はそれしかない。それで我慢してくれる?」
「あああっ、ありがとう! ありがとう吉野……じゃない、吉田くん! いただきます!」
瞬間、ぱああっと表情を輝かせた山崎さんは、即座に飴の包みを開けて、口の中に放り込んだ。
「うまー! 桃味! おいしい!」
「そう、それはよかったね」
飴をなめながら、山崎さんは幸せそうな表情を浮かべる。
それにつられて頬がゆるむのを感じながら、多少の罪悪感に駆られた。
……何かこれ、餌付けしたみたいになってないかな……。
「吉田くんってさぁ」
「ん、何?」
「初対面で言うのもなんだけど、お母さんっぽいよね」
「おかっ……!?」
同世代の女子に初対面でお母さんっぽいなどと言われたのは初めてだ。
少々屈辱的に感じていると、山崎さんは相変わらず幸せそうな笑顔を浮かべたまま、もう一度口を開いた。
「吉田くんみたいな人が隣で安心したよ」
その幸せそうな笑顔に、不覚にもときめいてしまった。
それをかき消すように頭を掻いて、溜息を一つ。
「……褒めても何も出ないよ」
そう言いながら、飴をもう一つ取り出して、山崎さんの前に置く。
山崎さんはぱちくりと目を瞬いた後、焦ったような顔でこっちを見た。
「え、いやそんなつもりは! でもありがとう! 吉田くんって優しい!」
「はいはい」
謝りながらも飴はしっかりポケットにしまいこむ山崎さん。
溜息と一緒に、今度は思わず笑いが漏れた。
俺も、隣がこの子でよかったかもしれない。