02 その顔を崩せ
――中村大樹と小林美咲の場合②――
つかみどころのない人間だ、と思う。
「あ、中村くん。こんにちは」
ある昼休みのこと。
委員会の当番のため図書室を訪れた際、俺より先に来ていた小林が、困ったような顔で笑った。
「……当番は松本じゃなかったか?」
「松本さん、今日は体調不良で早退したんだって」
「何で小林がいる?」
「さっき先生から、代わりに頼むって言われて」
相変わらず困った顔で笑いながら、小林は言った。
「必ずしも二人いなければいけないわけでもないだろ。断ってもよかったんじゃないか」
「ま、まぁ……でも先生に頼まれたら断れないよ。他に用事もないんだし」
それはそうだろうが、少々お人好しが過ぎるんじゃないのか。
頼まれたら断れない性格、というやつか。
「先生も先生だ。そもそも、一人が休んでも問題ないように二人組で当番をしているんじゃなかったのか」
「さすがに一年生一人じゃ大変だろうって気を使ってくれたんじゃないかな」
「見くびられたものだ」
ため息をつけば、小林はまた困ったように笑う。
いつもだ。
いつも、小林はそんな顔をしている。
困ったような笑顔。
それ以外の表情は持ち合わせていないのではないかというほど。
「なんか、ごめんね」
ふいに、小林はその表情のまま、そう言った。
「何故、小林が謝る必要がある?」
「え」
「小林は先生に頼まれて来たんだ。怒る理由はあっても、謝る理由がない」
「そ、それは確かにそうだけど」
「それに、もとをただせば体調管理を怠った松本が悪い」
「それは仕方ないところもあるんじゃないかな」
相変わらずの、困ったような笑顔。
「小林は自己主張が薄すぎるんだ」
「えぇぇ」
「もっとはっきりと自分の意見を言ったらどうなんだ」
嫌なら嫌だとはっきり言ったらどうなんだ。
用事があると言えば先生も無理強いはしないだろうに。
「自分の意見、かぁ」
小林はしばらく考えてから、やはり同じ表情で、困ったような笑顔で、俺の方を向いた。
「それは、私には難しいなぁ」
「何故だ」
「自分の意見を言うって、実はすごく難しいことだと思うの、私」
「どこが難しいんだ」
「なんて言うか……なんて言えばいいのかな」
俺から視線をずらして、困ったような顔で、考えを巡らせる。
やがて考えがまとまったのか、小林はもう一度俺の方を向くと、やはり困ったように笑った。
「自分の発言にちゃんと責任を持てない人は、自分の意見を言うべきではないと思うの」
矛盾だ、と思った。
今、小林が言ったその言葉それ自体が、すでに小林自身の意見であるということに、彼女は気づいているのかいないのか。
「言えるじゃないか。自分の意見」
「へ?」
きょとん。本気で不思議そうな顔をする小林。
ああ、その顔は、初めて見たな。




