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セイレン党組曲  作者: くつぎ
Case 11~一途な彼とひねくれた彼女~
58/70

03 筆は正直です

 ――木村大祐と青木奈々の場合③――


 だめだめ、本当にだめ。


「青木先輩!」


 いつも通りの、聞き慣れた声。

 いつも通りに顔を上げたけれど、窓の向こうに木村くんの顔はない。


「こっちだよ」

「わっ」


 とん、と肩を叩かれて、驚きすぎて肩が跳ねた。

 後ろを振り向いたら、いつも通りの笑顔。


「木村くん」

「まだ部活してんだ?」

「まだ? ……あっ」


 ふと時計を見たら、いつの間にかずいぶん遅い時間になっていた。

 ずいぶん集中していたんだなぁ、驚いた。


「そろそろ帰らないとだね」

「時間わかんなくなるくらい集中してたんだな!」

「まあ、そういうことだよね」


 後片付けをしている間、木村くんはじっと私の描いた絵を眺めている。


「見てたってたいして楽しくないでしょう?」

「いや? だって青木先輩が描いた絵だし!」


 木村くんはそう言うと、はにかんだみたいに笑った。

 その笑顔に何故かどきりとしてしまって、あわてて目を逸らした。


「青木先輩って、いつもこんな景色見てんだな」

「まあ、見たまましか描けないからね、うん」

「あれ? なあ先輩、これ何?」

「どれ……ああっ、それは駄目! それは人に見せられるようなものじゃ……!」


 木村くんが見ようとしていたのは、布をかけて隠しておいた私の絵。

 取り乱して、画材を取り落してしまった。

 あわてて拾おうとしたら、木村くんはすぐにこっちに寄ってきて、一緒に画材を拾ってくれた。


「失敗作ってこと?」

「そ、そう! 失敗作! 拾うの手伝ってくれてありがとう」


 何とか画材を片付けて、美術室の片隅に置いたままの鞄を取りに行く。

 鞄を持ち上げて振り向いたら、……、


「ああっ! なんで見るの!?」

「気になってつい。……って言うか先輩、これってさ」


 こっちを振り返る木村くんの顔が、赤い。


「ち、違うの、別に深い意味はなくて、そのっ」


 木村くんがまくった布の下。

 美術室の窓際、蛇口の並ぶ洗い場。

 その向こう、窓の向こう。


「先輩も俺のこと意識してくれてたって、思っていい?」


 布を持ち上げたままの木村くんが、キャンバスの中の木村くんと同じ表情で笑う。

 締まりのない、屈託のない、幼い笑顔で、笑う。


 ええ、そうですよ。君があまりにも私の視界にいるから、思わず描いてしまったのですよ。

 本当は風景だけ描くつもりだったのに。人の顔なんか、描くつもりなんてなかったのに。


 なんて、そんな素直なこと、私に言えるはずもないので。


「そ、そこに被写体があったから描いただけ、深い意味はないの! もういいでしょう! ほらっ、帰るよ!」


 木村くんの背中を押して、絵から引き離す。


「えぇー、もうちょっと見たい」

「駄目なものは駄目!」


 ぐいぐいと木村くんの背中を押して、美術室を出る。

 ちらり、見上げてみれば、嬉しそうな顔でこっちを見る木村くんと目が合った。


「な、何」

「ん? やっぱ好きだぜ、青木先輩!」

「しつこい!」


 ときめいたなんて、認めるもんか。

 相手はチャラ男だぞ、ほだされてなるものか。 


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