03 筆は正直です
――木村大祐と青木奈々の場合③――
だめだめ、本当にだめ。
「青木先輩!」
いつも通りの、聞き慣れた声。
いつも通りに顔を上げたけれど、窓の向こうに木村くんの顔はない。
「こっちだよ」
「わっ」
とん、と肩を叩かれて、驚きすぎて肩が跳ねた。
後ろを振り向いたら、いつも通りの笑顔。
「木村くん」
「まだ部活してんだ?」
「まだ? ……あっ」
ふと時計を見たら、いつの間にかずいぶん遅い時間になっていた。
ずいぶん集中していたんだなぁ、驚いた。
「そろそろ帰らないとだね」
「時間わかんなくなるくらい集中してたんだな!」
「まあ、そういうことだよね」
後片付けをしている間、木村くんはじっと私の描いた絵を眺めている。
「見てたってたいして楽しくないでしょう?」
「いや? だって青木先輩が描いた絵だし!」
木村くんはそう言うと、はにかんだみたいに笑った。
その笑顔に何故かどきりとしてしまって、あわてて目を逸らした。
「青木先輩って、いつもこんな景色見てんだな」
「まあ、見たまましか描けないからね、うん」
「あれ? なあ先輩、これ何?」
「どれ……ああっ、それは駄目! それは人に見せられるようなものじゃ……!」
木村くんが見ようとしていたのは、布をかけて隠しておいた私の絵。
取り乱して、画材を取り落してしまった。
あわてて拾おうとしたら、木村くんはすぐにこっちに寄ってきて、一緒に画材を拾ってくれた。
「失敗作ってこと?」
「そ、そう! 失敗作! 拾うの手伝ってくれてありがとう」
何とか画材を片付けて、美術室の片隅に置いたままの鞄を取りに行く。
鞄を持ち上げて振り向いたら、……、
「ああっ! なんで見るの!?」
「気になってつい。……って言うか先輩、これってさ」
こっちを振り返る木村くんの顔が、赤い。
「ち、違うの、別に深い意味はなくて、そのっ」
木村くんがまくった布の下。
美術室の窓際、蛇口の並ぶ洗い場。
その向こう、窓の向こう。
「先輩も俺のこと意識してくれてたって、思っていい?」
布を持ち上げたままの木村くんが、キャンバスの中の木村くんと同じ表情で笑う。
締まりのない、屈託のない、幼い笑顔で、笑う。
ええ、そうですよ。君があまりにも私の視界にいるから、思わず描いてしまったのですよ。
本当は風景だけ描くつもりだったのに。人の顔なんか、描くつもりなんてなかったのに。
なんて、そんな素直なこと、私に言えるはずもないので。
「そ、そこに被写体があったから描いただけ、深い意味はないの! もういいでしょう! ほらっ、帰るよ!」
木村くんの背中を押して、絵から引き離す。
「えぇー、もうちょっと見たい」
「駄目なものは駄目!」
ぐいぐいと木村くんの背中を押して、美術室を出る。
ちらり、見上げてみれば、嬉しそうな顔でこっちを見る木村くんと目が合った。
「な、何」
「ん? やっぱ好きだぜ、青木先輩!」
「しつこい!」
ときめいたなんて、認めるもんか。
相手はチャラ男だぞ、ほだされてなるものか。




