01 白い板を汚す
――木村大祐と青木奈々の場合①――
きっと、本当は気づいていたの。
放課後、美術室。
窓の向こうの風景を視界にとらえながら、キャンバスを汚す。
グラウンドでは運動部が走り回っているけれど、私はそれを描かない。
描くのは、風景だけでいい。
「青木せーんぱい!」
「うわぁっ!!」
鉛筆を立てて窓の外を見ていたら、ひょっこり顔が出てきた。
「びっくりした? ドッキリ成功!」
「ちょっと木村くん、驚かせるのやめてよ」
「だって先輩、毎回きっちり驚いてくれるからさぁ」
「驚いてあげてるわけじゃないの、本当に驚くの!」
窓の外でにっと笑って見せるのは、サッカー部の2年生。
無邪気な笑顔から視線を逸らして、ため息をついた。
「どうして毎回毎回こんなところまで来て私に構うの」
「だって俺、青木先輩のこと好きだもん」
「またそういう変な冗談言う」
「冗談なんかじゃねーよぉ! 好きだぜ、青木先輩!」
「はいはい、ありがとうありがとう」
軽くあしらえば、木村くんはむっと頬を膨らませる。
「せんぱーい、俺、本気だよ?」
「そんなチャラチャラした本気は認めません!」
「えー」
「そもそも私、年下に興味ないの」
ふんっとそっぽを向いてから、再びキャンバスに視線を戻す。
ちらり、もう一度窓の方を見たら、まだいた。
「まだいたの? 早く練習に戻らないと」
「なぁ、青木先輩」
不意に少しだけ真剣な眼をして、木村くんが私を見た。
不覚にも、心臓がどくんと鳴いた。
「な、なに」
「じゃあ俺って今、歳下ってだけでこんなにないがしろにされてるわけ?」
不服そうな顔で、木村くんはため息をつく。
「歳なんて大した問題じゃねーじゃん。1歳差なんて学校出りゃ同い年みたいなもんだろ」
「と、歳だけとは言ってないでしょ、チャラチャラした人も嫌い」
「俺のどこがチャラチャラしてるって?」
「そういうとこ! 軽々しく女の子に好きだなんて言えるのはチャラい証拠よ」
びしっと木村くんを指さしてそう言えば、木村くんはまたムッとした。
「何、青木先輩は俺がナンパ野郎だとでも思ってるの」
「どう見たってナンパ野郎じゃない」
「ひっでー! 俺だって吟味ぐらいするって」
「木村ァァア!! いつまでサボってんだァァア!!」
「ゲッ、コーチ」
話しているうちにサボっていたのがばれたらしく、木村くんは肩を落として窓から離れた。
「じゃあ俺、練習戻るわ……」
「もう来なくていいよ」
「また隙みつけて来るから!」
「来なくていいよ」
練習に戻っていく木村くんの後姿を見送ってから、溜息を一つ。
窓を見て、キャンバスを見て、私はざかざかと鉛筆を走らせた。
本当は気づいてる。
私はきっと、あの子が嫌いではないんだ。




