05 遠ざかる背中
――坂本大翔と清水由紀の場合⑤――
どうしてこうも、うまく行かないんだろう。
「清水ってさ」
放課後、ホームルームが終わった直後に声をかければ、清水はきょとんとした顔で俺を見た。
「部活、いつも何時くらいに終わんの」
「ん、結構まちまちだけど、大体六時前くらいには帰るかなぁ」
「ふーん」
黒板の上にかかる時計を見る。
ホームルームが終わったのは、四時。
二時間ほどか。
「どうかしたの?」
「いや、別に。何でもねーよ」
「ふうん?」
怪訝そうな顔をしつつ、清水は鞄に教科書類を詰める。
それから立ち上がって、ちらり、俺の方を向いた。
「じゃあ、また明日ね、坂本くん」
「おお、またな」
部活に向かう清水の背中を見送ってから、小さくため息をついた。
「二時間、かぁ……」
帰宅部の俺にとっての二時間は長い。
どうしたものか、腕を組んでしばらく逡巡した。
季節は梅雨。
そんな中で、今日はひどく天気がいい。
いっそ暑いほどだ。
「よし!」
鞄を引っ掴んで、教室を出た。
作戦はこうだ。
清水の部活が終わるまでの二時間、ゲーセンかどこかで時間を潰そう。
そして学校に戻り、偶然を装って部活が終わった清水と鉢合わせる。
何をしているのかと聞かれたら、忘れ物に気付いて取りに戻っていたとでも言えばいいだろう。
「完璧だ……!」
廊下でガッツポーズをしたら、すれ違った生徒に変な顔をされた。
……さて、それが約二時間前。
ゲーセンで時間を潰して学校へ戻って来た現在。
「…………まだか」
時計を見れば六時二十分。
下駄箱をちらりと確認すれば、まだ清水は校内にいるらしい。
ストーカーとか言うな。
途中のコンビニで買ってきたスポーツドリンクを飲みつつ、玄関先で待機。
校門の向こう側を、部活帰りの運動部連中が歩いていくのが見えた。
「坂本くん?」
「ぶっ、ごほごほっ」
唐突にかかった声に、思わずむせ込んだ。
振り向いてみれば、驚いたような顔で俺を見る清水がいた。
「どうしたの、こんな時間に学校にいるなんて珍しい」
「忘れもんがあってさ、げほっ、さっき取ってきて、ちょっと休憩を……ごほっ」
「あああ、なんかごめんね、驚かせるつもりはなかったんだけど」
そう言いながら、清水が俺の背中をさすった。
頭の中で、『嫁』という単語がピカピカした気がする。
「あー、悪い、落ち着いた」
「そう? よかった」
ほっとしたように笑ってから、清水は俺から離れ、腕時計に視線を落とした。
「っと、ヤバい急がないと! じゃあね、坂本くん! また明日!」
「えっ」
清水はあわただしく手を振って、パタパタと走り去っていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は力なくしゃがみこんだのだった。
「……こんな時に限って、用事かよ……!」
なかなかどうして、人生はうまく行かない。