01 頭上から天使
――小川樹と三浦綾乃の場合①――
不思議な子と出会った。
それはある昼休みのこと。
中庭、いつものベンチに座って、購買のパンを食べる、いつもの行動。
「……今日、紅ショウガ多いな」
いつもより少しだけ辛い焼きそばパンを食べながら、上を見る。
相も変わらず空は青くて、春と言えば俺の出番だと言わんばかりに桜が咲く。
花見、なんて風習がある。
桜を見て、綺麗だねぇなんて言い合う、よくわからない会合。
毎年咲く花が、いつも通り咲いただけ。
何をそんなに騒ぐことがあるんだろう。
「ご馳走様」
食べ終わったパンの袋を、近くのゴミ箱に投げ入れる。
あ、のどが渇いた。
ジュースでも買いに行こう。
欠伸を一つしてから、立ち上がって自販機のほうへ。
歩いていく途中、ガサガサ、木の上の方から音がした。
「え」
俺が顔を上げたのと、木の上から人が落ちてきたのが、同時。
当然避けられるはずもなく、俺はその人に押し倒されるような形で倒れこんだ。
「っ、たたた……ああっ、だ、大丈夫ですか! ごめんなさい!」
「っあー……頭は打ってない、かな……」
俺の上に落ちてきたその人、その女子は、すぐに俺の上から退くと、オロオロとした様子で俺の顔を覗き込んだ。
「ご、ごめんなさい、私、そのっ……こ、子猫が、その、あのっ」
聞いているこっちが申し訳なくなるほど焦った様子のその子。
とりあえず、その子の肩をぽんぽんと叩いてみた。
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。深呼吸」
「はっ、……は、はいっ」
言われた通りに深呼吸を繰り返してから、その子はふうっと息をついた。
「その、ごめんなさい。お怪我はありませんか?」
「大丈夫だと思う。痛いところはないよ」
笑って見せれば、その子はほっとしたように表情を緩めた。
「子猫がどうしたって?」
「あっ、はい! あの、子猫が木の上で、降りられなくなってるみたいで……って、あれ?」
その子が指差した先、木の枝に引っかかっているのは、どうやら猫ではなく。
「タオルかなんかじゃない?」
「……」
「……?」
「……み、見間違えてた、みたい……です」
その子は両手で顔を覆うと、恥ずかしそうにうつむいた。
それから大きく息をついて、もう一度、顔を上げた。
「でも、降りられなくなっている子猫がいないのなら、それはそれでよかったです」
今度は、ほっとしたように笑う。
表情が、くるくると変わっていく。
この短時間で、俺はこの子の表情を、いくつ見ただろう。
「っと、じゃあ俺はそろそろ行くよ。じゃあね」
「あっ、待ってください」
「?」
「あの、私、一年一組の三浦と申します! あのっ、もし実はお怪我があったとかそういうことがあれば、すぐに言ってください! 精一杯のお詫びはさせていただきますので!」
その子は早口でそう言うと、立ち上がってスカートについた土を払う。
「あの、お名前を伺ってもいいですか?」
「……ああ、二年二組の小川だよ」
「小川先輩! 今日は本当にすみませんでした。本当に、何かあったら言ってくださいね!」
「わかった。じゃあね」
手を振って、背中を向ける。
笑った顔、泣きそうな顔、ほっとした顔。
あの短時間で、よくあそこまでくるくると表情を変えられるものだな。
「面白い子」
三浦さん。だっけ?
一応、覚えておこう。




