06 近付き過ぎた
――吉田翔太と山崎愛の場合⑥――
ああ、お母さん。
「ひどいよ、私が一体何をしたって言うの……!」
七月に入ったある日のこと。
机に突っ伏してべそをかく私の目の前で、松ちゃんこと松本百合ちゃんがため息を吐いた。
「お菓子たかってたからじゃ?」
「たかってないよ! あれは吉田くんがくれてたんだよ!」
「一回『くれなきゃ授業の邪魔してやる』とか言ってなかった?」
「そこまで直接的には言ってないよ!」
「間接的に言ったことは認めるんだ」
何があったかと言うと、席替えだ。
入学式以来ずっと隣同士だった私と吉田くん……今は遠く、教室の端と端に分断されてしまった。
「うう……吉田くん……お菓子……」
「お菓子と並べるとか吉田くんに失礼じゃね?」
呆れたようなことを言いながら、松ちゃんが私の頭をぽむぽむと撫でる。
途中から髪の毛で遊ばれているような気もしてきたが、まあそこはいいや。
「ザキちゃんは食欲が過ぎるんだよ、吹奏楽部ってそんなもんなの?」
「カロリーの消費がヤバいんだよ、食べないとガンガン痩せてくよ」
「今、ザキちゃんは女子の敵だと認識した!」
「私も女子なのに!?」
「この野郎、こうしてやる!」
「ぎゃー! ……あ、これはよいあんばい」
指を立てた状態で、松ちゃんがぐぐぐっと私の頭を押す。なんだかとてもマッサージ。
松ちゃんはしばらく私の頭をもみもみしてから、思い出したように声を上げた。
「おっと、そろそろ部活に行かなければ」
「おっと!」
松ちゃんの手が頭から離れていき、突っ伏していた顔を上げる。
パッとカバンを持ち上げた松ちゃんは、流れるような動きで席を立ち、爽やかに片手を挙げた。
「じゃっ! また明日!」
「おー、また明日」
パタパタと走り去っていく松ちゃんの背中を見送りながら、私もカバンを持ち上げた。
教室を出たところで、吉田くんにエンカウント。
ロッカーを閉めて私を見た吉田くんは、小さく噴き出したかと思うと、私の頭に手を伸ばす。
「何したらそんなことになるの、まったく」
そんなことを言って、手櫛で私の髪を整える吉田くん。
どうやらさっき松ちゃんにもみもみしてもらった時にぐしゃぐしゃになっていた模様。
「あ、ありがと……」
お礼を言おうと顔を上げて、距離の近さに言葉が詰まった。
「これでよし。じゃあ、また明日」
「う、うん、また明日!」
満足気に私の横を通り過ぎる吉田くんを見送って、その場にへたり込みそうになった。
「よ、吉田くんって、あんなに格好良かったっけ……」
お母さんみたいだと思っていた。
でも、吉田くんも男の子なんだと実感した。




