01 入学式を前に
――坂本大翔と清水由紀の場合①――
出会いの季節、とはよく言ったものだ。
この春から、俺は高校生になった。
とりあえずは、平和に無難に、それなりに、楽しく三年間を過ごせればそれでいい。多くは望まない。そしてできることなら面倒事は避けたい。
そんな後ろ向きな展望を描きながら、教室のドアを開ける。
黒板を見て、自分の席を確認。廊下から3列目、後ろから2番目。
鞄を置いて前を向けば、黒板が見やすい場所だった。
席について、欠伸を一つ。
ふと隣を見れば、真面目そうな、大人しそうな、頭のよさそうな女子がいた。
「お前、そこの席?」
そう声をかければ、彼女は一瞬びくりと肩を震わせてから、こちらを向いて頷いた。
「しばらくよろしく。俺、坂本」
名乗ってみれば、彼女はぽかんとしたような顔をして、それから少しだけ焦ったような顔をして。
何かと思って顔を見ていたら、彼女は小さく頭を下げて、呟くように言った。
「……清水、です。よろしく」
最後、照れたようにはにかむ彼女の表情に、どくん、なんて心臓が大きな音を立てた気がした。
「……おう」
自分から話しかけておいて、何故だか妙に居心地が悪くなって、目を逸らす。
それから、ちらり、横目で様子を伺えば、彼女が黒板の方を向いているのが見えた。
何故だか妙に顔が熱い。心臓の動きが、いつもよりいくらか速い。唐突に風邪でも引いただろうか。
自分の感情がよくわからなくて、ガシガシと頭を掻いた。
心臓は相変わらず、いつもより早く脈を打つ。
何だ、これ。
俺、なんかした?
頭の中がぐるぐるして、考えがうまくまとまらない。
隣にいる彼女からもう一度視線を逸らして、手元の携帯の画面を見た。
『この感情の名前は何だろうか』
誰かに聞こうとして、やめた。
何故だか今は、答えを知るのが怖い。