表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

テーマ短編’15

冥界にて

作者: 木下秋

 冥界の入り口で、男がもめていた。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」


 真っ白な死装束にベタな三角頭巾を付けた男は、机の上に置かれた書類のある部分を指差して声を荒げた。


「俺、殺人なんて! してませんよ!」


 机を挟んで向かい側に座る男――真っ黒スーツにネクタイという、これまたありきたりな喪服に身を包んでいる――が、ハァと一つ、溜め息をついた。


「でもねぇ。この資料によると……君が学校の校舎から飛び降りた時。その下を偶然通りかかった生徒、鹿島かしまめぐみさんに落ちた君がぶつかって、頭を強打した彼女は君と一緒に即死。よって君は『殺人』で『地獄』行き……」


「そこ! そこですよ!」


 白男(死装束を着た男を以下『白男』、喪服を着た男を以下『黒男』とする)は身を乗り出して、いった。


「『殺人』だなんて! 確かに俺のせいでその鹿島さん、って人が死んじゃっただなんて聞いたら悪いことしちゃったなぁ、って思いますけども……」


 白男は言葉尻をもごもご曇らせて、目を伏せながらも、「名誉に関わります」と締めた。


「『名誉』、ったってねぇ」


 黒男は呆れた様子でいうと、「じゃあ……わかったよ」といって、書類の『殺人』と書かれた部分を二重線で消して、代わりに黒い万年筆で『自殺』と書き込み――


 タン、タン。――ドンッ。


 大きな丸形ハンコを朱肉に付けて、書類に強く押した。



『地獄』



「ちょ! ちょっと待って!」


 白男はまたもや、叫んだ。


「結局……『地獄』ですか」


「そりゃそうだよ!」


 黒男は口調をヒートアップさせながら、いった。


「『自殺』にしたって『他殺』にしたって! 故意に人間の命を消しちまう奴なんざロクなヤツじゃないんだよ! 大体君なぁ! 君があんなとこで自殺なんかしなかったら、彼女だって死ななかったわけだぁ! 自殺するのはまぁ確かに個人の自由だが、他人に迷惑をかけるような死に方するんじゃあないよ! ほら、こう……部屋にビニールシートを敷いてだなぁ! 二重に! 四隅を高い位置に留めるんだよ! そんでもって真ん中に寝っ転がって、もう、薬いっぱい飲んで! そうやって死ぬんだよ! したら死体がグズグズに腐ったって、床を汚さないだろうが!」


 口角泡を飛ばしながら熱弁する黒男をよそに、冷静な白男は、「イヤ、でもそんなことするんだったら、深い森とか山に行っちゃえばいいんじゃ……」と、口を挟んだ。


「ん。……そういわれてみればそうだな」


 黒男は急に冷静になって、七三に分けた髪を正した。


「しかしまぁ、どっちにしろな。五体満足健康なことの幸せや、青い空……無邪気に咲く花の美しさなんかがわからずに死ぬようなヤツはな。『地獄』がお似合いなんだよ」


 黒男は書類を白男に差し出して、「ホラ、後がつかえてるんだよ」と、自らの後ろを顔で示して、白男を促した。

 そこには、ひたすらに深い黒があった。

 深い、深い。底無しの闇。


「……最後に一つ、聞かせてください」


「なんだ?」


「その……鹿島さん、って女の子は……」


 黒男は最後にジロリと白男を見て、


「『天国』に行ったよ」


 と、ボソリいった。


「そうですか」


 白男は少しだけ笑みを浮かべて、暗闇に向かって独り、歩き始めた。




     *




「……オイ」


 白男がその場から去って、少しして。黒男の後ろに佇んでいた、人の目には見えない冥界の住人――それは『悪魔』や『鬼』、『死神』といった名称でも呼ばれる存在――が、黒男に語りかけた。


「ジブンノコトヲタナニアゲテ、エラソウニイエタコトカ?」


 黒男は、下唇を噛んだ。

 彼は二年前、過労から心を病み、先に彼自身が述べたやり方で、自殺をした。

 そして今は、終わることのない『労働地獄』の真っ最中である。


「……うるせぇ」


 黒男は目の前に延々と並び、手続きの順番待ちをしている死者達を見た。


「次!」




     *




 白男は、真っ直ぐ歩いた。

 どこまで行っても光明は見えず、自らの纏う白い死装束ですら、見えなかった。

 彼は少し立ち止まって、そらを仰ぎ見た。夜空よりも、黒かった。

 かつて田舎で見た満天の星空を思い出して、人知れず涙ぐんだ。そして、ハァと一つ、溜め息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  企画参加作品ということで、読ませていただきました。  白男と黒男……。外人を思い出しますね(笑)  白男の言い訳で、最後に「名誉に関わります」とつぶやくシーン。妙にリアルで好きです。 …
2015/05/05 07:54 退会済み
管理
[良い点] シンプルにまとまっていたと思います。 [気になる点] 『あのなぁ。君が学校の校舎が飛び降りた時にね。その下を偶然通りかかった鹿島恵さんに落ちた君がぶつかって、頭を強打した彼女は君と一緒に即…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ