親指姫
旅は次の日もその次の日もその次の日も同じで、只日を追うことにお尻と腰が悲鳴を上げている。後一日で王都に着くので、我慢する。ドレリーはかなり気さくな穏やかな人。妹のおかげでお節介な性格になったらしい。
王都でドレリーの母親とお兄さんと、お兄さんのお嫁さんと妹に会わせると言われたけれど、ドレリーとはなるべく一緒に行動しないと決めているので機会があればと、「THE日本人曖昧」な断りで話を終わらせる。
私は旅の二日目の馬上で『親指姫』の話をした。まだ誰にも話していない物語だと言うと、ドレリーが馬を止めて私を下ろす。彼も降りて片膝を着いて、私の右手に両手で掴みキスをする。
「ありがとう。このような名誉を賜り感謝します」
その後は、こそばゆかった。ドレリーの体温を感じてドキドキが止まらない。
王都に一番近い街の宿に着いた時に、宿の向かい側に窓ガラスの大きい婦人洋服店が見える。こっちの世界に来て始めて洋服店を見たのでうれしくて、ドレリーが馬を預けているのを待たずに洋服店に入る。
日本にいた時もある程度はお洒落とか好きだったし、旅の途中でマントの話が出て結構いろんな人がコート代わりに来て居ると言う亊なので、自分も欲しくなった。懐に余裕があったので、コートを買うつもり。後はかぼちゃパンツもどうにかしたいしね。店の中は、中世のドレスショップ。
黄色いレースの縁が付いたウール製の深緑のコートがあり、それをもっと近くで見たくて左手を伸ばそうとしたら、左脇から白い手袋を付けた手に叩かれた。びっくりしてその手の持ち主を見たら、オレンジ色の髪で黄緑の目の気の強そうな女の人が、私を見下しながら上から見ている。
「アナタみたいな、見すぼらしい者が来る所じゃないの。帰りなさい。どうせお金もないんだから汚い手で軽々しく、商品に触りなさんな!」
その女の人の両隣にいる女の人達が笑って、私の悪口を言っているけど、ショックを受けた私は、何を言われているか分からずにそこに立ち呆けていた。
次に意識をした時は、「ぼーと突っ立てないでどきなさい!」女の人に押された時に体が傾きバランスを崩して右に倒れ、とっさにバランスを戻そうとしたけれど右の額を机の角に打ち付けてそのまま床に倒れた。起き上がろうとした時、額から血が流れ右の目に血が入ってきて起き上がれない。
「けーこ!」
ドレリーの声が聞こえたと思ったら、彼が私の隣に座って私を見ている。
「けーこ、大丈夫ですか? 医者を、そこの者すぐ医者を呼んでくれ。それと街の警備員を。早くしたまえ」
ドレリーが店員さんらしいおばさんに言い、白いハンカチを胸元のポケットから取り出し私の額に当てる。私はその真っ白なハンカチを私の血で汚れるのが嫌で、断ろうと思って体を起こそうとしたけど、腕に力が入らない。それに少しでも動くと、頭が気持ち悪い。
私はそのまま床に寝ていた。ドレリーは立ち上がり、オレンジ髪の女の人に詰め寄る。顔が見えないけどきっとドレリーの顔を初め見たその女の人達は、顔を赤らめたけれどドレリーの表情を見て青ざめていると思う。
「けーこが何をしたというのだ!?」
ドレリーの険しい声が店内に響き渡る。私はドレリーの声に驚いていて、怖くなる。
「この者が、場違いな場所に来ていたので、注意しただけですわ」
「君に客を注意する権利なんて、ないじゃないか?」
二人の顔が見えないけどドレリーの声が、ミトさんと口論した時より怖い。
「無礼者。たかが騎士の身分でわたくしに、そんな口を聞いて許されると思っているのですか? わたくしは、スクレル子爵の娘ですよ! 庶民に正しい教えを、説いただけですわ!」
「無礼者はどちらだ! 私はクムリン伯爵の弟で国王の近衛兵ドレリー.クムリン。
王の勅命でこの方を王都に連れていく途中だ。この方は王の来賓。この方を傷つけた報いをおってスクレル子爵に伝えるから覚悟するように。
そこの警備員、他の二人の家名と名前と、この事件のことを書き記し上に報告しろ。医者はまだか!?」
警備員が来るの早かった。ドレリーは、伯爵家の次男だったんだ。この顔で性格でモテるだろう。あの後医者が来て傷を見て、傷は見た目ほど深くなく針を縫わなくてすんだ。でも、出血が多くて二三日安静にするように言われた。ドレリーにお姫様抱っこをされて、向かいの宿のベットに運ばれる。
「きゃ、王道のお姫様抱っこ!」と、赤面ドキドキなんてする気力もなく、唯々虚しい。ドレリーが何度も謝るけれど、話をする気に慣れない。私は布団の中に潜ったら涙が出て、後はただ泣いた。
ドレリーが心配して声をかけてくるけど、私は無視して泣く。旅に出てドレリーと一緒にいることで、たくさんの女の人に睨まれたり悪意のある言葉を言われたりした。
悪意は、どんなささやかな物でも傷つく。怪我はドレリーのせいではないのは頭では分かっているけれど、心が付いていけなかない。この世界に来て一度も泣いていない。泣けなかったと思う。孤児院の皆が温かく、寂しさを感じる暇がなかった。やはり日本が生まれ育った所が恋しい。
私は死ぬまで日本人なんだなあ。身分差別のある異世界に来たんだと実感する。もう二度と、地球に帰ることが出来ないと身に染みた。
故郷に帰れない事が、こんなに辛いとは思わなかった。身が裂ける想いとは、こんな感じだったんだ。私は泣き疲れてそのまま眠った。次の日は、医者に安静にするように言われていたので、もう一泊する。
ドレリーがいろいろ気を遣ってくれるけど、所詮この人も貴族で仕事で私に優しくしてくれていると思えて、基本的な会話はするけどそれ以外は話をしなかった。孤児院に帰りたい。食事も食欲が出ず、悪いと思ったけどほとんど残した。その日もずっと泣いて過ごした。
次の日はドレリーと二人で馬車に乗る。中に枕とブランケットが何枚かあり、私が横に慣れるようになっている。ドレリーがどこからか氷を包んだタオルを持って来てくれて、私の目元に乗せてくれた。今の時期、氷の値段が高いのを知っているけれど、私の心は固まっていてお礼もしなかった。
そんな私に対して、ドレリーは何も言わず優しくしてくれる。馬車も車のように乗り心地が悪い。車のことを想い、私はまた泣いた。ドレリーが気を使って話しかける。
「後二時間位で、王都に着きます。王都では何をしますか? 街の案内は、お任せ下さいね」
「ソニとユートに逢いたい……」
私は掠れた声で呟く。ソニとユートに、どうしても会いたかった。
(長靴をはいた猫
私は自分より大きい存在を目の前にした時、勇敢な態度が取れるだろうか?
自分の好きな人を助けられる知恵と勇気が欲しい。)