青い鳥
私とサリーはどれくらい崖に跪いていたのだろう。もう雨が止んで、体に張り付いている服もほんの少し乾いた。私は何度か『勿忘草』の話をする。そうしなければ狂いそうだった。何度も何度もディランドに話かけてお願いした。サマリーのことと、これから私とサリーの安全を。
雲の間から青い小さい鳥が飛んで来たので私は手を差し伸べる。その小さい鳥はもちろん私の手の上に止まる。
「あっっはっっはー」
青い鳥が手の平に止まりそして急に笑い出した私をサリーが不思議そうに見ている。
「この鳥は、幸福の鳥。ディランド神が私達に遣わしてくれたの。そしてね、私達の道標をしてくれるの」
もうこの時の私には何も迷いはない。この世界にいる限り、私はディランドの思いのまま。いろいろあった王道展開全て、ディランドがしたことだと思うことにする。
じゃないと、私の心が壊れてしまう。サマリーの死を引き起こしたのが自分だと分かるけど、ディランドにもこの罪を請け負って欲しかった。
「この青い鳥が、私達をおうちに連れて行ってくれるよ。行こう」
青い鳥は私の肩に止まっている。私は立ち上がりサリーが立つ手伝いをしようと腕を握るけど、サリーは立とうとしない。
「どうしたの?」
サリーは何も言わないでそこに跪いている。サリーがとても小さい。そんなサリーを見て気付いた。彼女にはもう家がないし、家族もいない。
「サリー。私があなたのお母さんになる。私がお母さんになっても、サマリーがお母さんじゃなくなる訳でもないの。お母さんが嫌だったら、お姉さんでもいいの。ねえ、私達は姉妹になりましょう。それでね、私の家はあなたの家」
私の言葉が通じて、サリーがゆっくり立ち上がって私を見つめる。サリーの目は私の目線よりちょっと下くらい。
「一緒に帰りましょう。特別、サリーのためにまた新しいお話してあげるね。こんなにたくさんの話を一人の人にしたことあったかな。でも、まっいっか。だってサリーは私の妹で、家族だから特別だからいいよね」
私はなるべく明るい声で話かける。私より何十倍も悲しんでいるこの小さい女の子を守りたい。私達は森林にある獣道を歩いた。さっき走って来た道を戻り、馬車が止まっていた場所まで来た。
その場所には何度か馬車が通ったため道が出来ている。私はどっちの方向に行けばいいか分からなかったけど、青い鳥がさっと私の肩から飛び立ち行方を示す。そして私達が歩き始めると、また私の肩に止まった。
私は『青い鳥』の話をする。食べ物のことを考えて、一歩一歩足を前に出す。それよりも喉が乾いた。水、水くれー。って念じていたら、青い鳥がさーと飛んで行く。まさか、私は期待して青い鳥の後を歩く。
隣で何も言わないサリーの手を引いて歩いた。青い鳥に導かれて着いた所は小川だった。小川の横に跪く。私の横にサリーも同じようにする。両手の平に水を汲んで飲んだ。顔を洗ったりしてその場で過ごした。『ヲー』遠くから狼の遠吠えが聞こえる。こうして森林から出た小川にいて、周りが夕暮れなのに気付く。
もうすぐ夜がやってくる。普通だったら心配するのに、今の私は平気。ディランドが助けてくれると信じていた。
「ねえ、あなた達どうしたの?」
小川の反対の森林から女の人が来て、私とサリーを見て驚いて声をかけてくる。
「誘拐されて逃げて来たの」
二十歳くらいの藍色の髪の女性は驚いて私達を見た後に、彼女の方に渡って来れるか聞く。私達は頷きその小川を渡る。水かさが浅いけど、小石がゴロゴロしていて歩き難い。私とサリーは手を繋いでお互いにバランスを取りながら渡る。反対の手には靴を持っている。
攫われた日に歩き易いスリッパを履いていたのでよかった。小川を渡たった時に女性が私の靴を握っている腕を支えて、小川から出た。私より背の高い女性を見上げる。藍色の髪の人懐こそうな顔をしている人。顔は美男美女の多い世界では珍しいくらい普通の顔だけど、笑った顔が可愛い。
彼女は色持ちだった。彼女の顔をジロジロ見ていたら、青い鳥が私の肩に止まった。
「その鳥は、あなたの鳥?」
彼女が驚いた顔で聞く。この青い鳥は私の鳥ではないけどなぜか勝手も頭が動く。
「そんなんだ。この青い鳥なんて始めて見たから、不思議で私はこうして後を追って来たの。そしたらあなた達がここにいたの」
青い鳥を追いかけて私達を見つけてくれたんだ。
「それで誘拐の犯人はどうしたの? 名前何? 私の名前はエネックよ。この近くに住んでいるの。それより早く私の所へいらっしゃい。もう日がなくなって暗くなると森は危なくなるから、早く行きましょう」
エネックはヨネさんやソニのようにお喋りなのかなと思ったら、ここ最近人と話したことがなくてついついお喋りになったらしい。私は自分の名前のけーこだけを名乗り、サリーのことを伝えた。
私は自分の身の上は何も話さず、人攫いに攫われたと伝えた。その時にサリーのお母さんも攫われて、私達を逃す時に亡くなったことを話した。エネットは状況を聞いて、私が答えないこと以外を聞かない。
彼女はとても思慮深い人。エネットの着ている服は私が何日も着替えずにいた服よりも、私の孤児院で着ていた服よりも見すぼらしい。エネットの後を付いていってすぐの所にあばら小屋があった。
エネットはその家を恥じることもなく私達を中へ招待する。中は日本の六畳一間のアパートのような広さで、壁にはたくさんの資料が重なっていた。そして驚いたのが地球儀のような物がある。私は驚いてエネットに聞く。
「こ、これは?」
「ああ、それね。私の父が作ったの。父は学校の先生だったけど変わっていてね。この世界が丸く、地面が動くと言うことを研究して発表して先生をやめさせられたの。王都で、神官に異端者と言われて街では住めなくなったの」
私はそのことを聞いて震え始める。エネットの父はかつて地球でも地動説を唱えたガリレオ・ガリレイと同じ。
「この世界が太陽を中心に回っていると言っていたの?」
私の言葉を聞いてエネットが目を大きくする。彼女の目の色が髪と同じ藍色。
「ど、どうしてそれを……!?」
「知っているから……」
私にはそれくらいしか言えなかった。私が地動説を詳しく知っている知識もない。
「あなたも色持ちなのね?」
私が尋ねるとエネットが頷く。
「私も始めて自分以外の色持ちに会った。そして黒色なんて。私の色も濃い色で王都に小さい時に住んでいた時はかなり驚かれたわ。そして人攫いに遭いそうになったこともあるの。
だからあなたが人攫いから逃げて来たと言うことにすぐ納得がいったの。色持ちは珍しいけど、それ以外にあなたは綺麗だわ。肌も綺麗で、その服からあなたが貴族の人とすぐ分かったの。
あなたが不思議な人で特別な人と言うことは、あの青い鳥で知っていたけど、父が一生かけて研究していたことを理解しているなんて。あなたは一体何者なの?」
私はなんと答えていいか分からない。
「ごめんなさい。こんなことを聞くなんて失礼ね。それよりお腹すいて疲れたでしょう。あまり対した物じゃないけど、ご飯食べる?」
私達は野菜スープを食べた。本当に野菜だけの調味料のないスープだったけど、ここ何日あまり食べていないお腹にはこれくらいが丁度いい。私達は食事の後、川原の字で木の床に麻のような布を被り眠った。私が真ん中に寝る。私は小さく体を曲げて涙を出しているサリーを抱きしめて眠った。サリーにとって、今日は母がいないで始めて一人で寝る夜だった。
次の日は小鳥のさえずりで起こされた。朝の光が小屋に唯一ある窓から差し込んでくる。もちろんその窓にはガラスなんてない。只開け扉で開いていてカーテンのつもりの布がかかっている。今が夏の終わりで寒くなくて良かったと思う。その扉の窓から朝日によって、いかにこの小屋の中が寂しいか分かる。部屋の中にあって価値のある物は、エネットの父親が残してくれた資料と丸い地球儀のような模型だけだろう。
隣には私の顔を心配そうに見ているサリーがいた。やっぱり、目元が赤く腫れていて痛々しい。きっと私の目も一緒だと思う。私はそっとサリーの向日葵色の髪を撫でる。サリーは初め驚いた顔をしていたけど、後は目を閉じて私にされるままでいる。サリーは幼く可愛い。私は何としてもこの子を守ろうと思う。
「あらー、起きたのね」
エネットが扉から野菜の入った籠を持って小屋に入ってきた。入り口にあるかまどと流しの台に籠を置く。サリーも私も体を起こし、エリオットの方を見つめた。
「やっぱり二人共綺麗な顔をしているのね。人攫いされたのが分かるわ。本当に気をつけないとね。今から朝食を作るね。よかったら、昨日の小川で朝の準備をしてくる? はい、これ使っていいいよ。私が作ったの」
エネットが小さい石鹸を渡し、そしてぼろ切れを何枚か渡してくれた。
「二人共小さいから私の子供服が着れるわ。丁度二着あったの。二人が着ている物のように上等じゃないけど、きちんと洗濯をしているから綺麗よ。それに着替えて今着ている服を洗えばいいわ」
サリーと私は、昨日の小川に行った。辺りはまだ肌寒いけど、私達は大きな石のある場所に近寄った。孤児院の時のように急いで服を脱ぐ。私の真似をして、サリーも服を脱いだ。私は同じ背なのに痩せているサリーの体を見てよく叫ばなかったと思う。
サリーの体のあっちこっちに鞭で打たれた青あざがあった。古傷の白い後の線もある。私の目元に涙が溢れるのを抑えて何も気付かない振りをしてサリーの背中を洗い、自分の体と髪を洗う。水も冷たいので急いで済ませ、エネットから借りた服を着る。もちろん下着なんてない。本当に今が夏の終わりで良かったとまた思う。じゃないとこんな恰好は寒い。着ている服もガサガサしていて、着心地が悪い。
私達が小屋に戻るとエネットが朝食の準備が丁度終わった所。朝ご飯は野菜の炒めとスクランブルエッグ。小屋の後ろに鶏と牛が一頭いる。そして年老いたロバがいるみたい。この野菜も自分で菜園している。全て自給自足の生活で、たまにここから三十分した所のご近所の夫婦が近くの村に木を売る時に一緒に行って他に必要な物を買うら。パンはあまり小麦粉が手に入らないので作らないと言った。
「ねえ、エネット。私達、王都に戻りたいの。どうして帰ったらいいか教えて」
食事の後片付けを手伝い、一息着いた時に私はエネットに聞く。
「そう、やっぱり王都に戻るんだ……」
私が床に座るとサリーが私に体をもたれかかる。エネットも空いている場所に膝を抱き、運動座りをする。エネットはとても寂しそうな顔をしている。
「ねえ、エネット。エネットはこれからもここに一人で暮らしていくの?」
「……う、うん。、ここにしか住む所がないから……」
いつもは、ハキハキして話すのに今は口が吃っている。
「そ、そうだけど、え、えとね。私達と一緒に王都へ行く?」
エネットに会った時から、エネットが一人で暮らしていると聞いた時から私はどうしてもエネットをここに一人にするべきじゃないと思った。
「っえ!? それって? 一緒に行ってもいいの?」
エネットが顔をあげて私を見る。エネットの目がキラキラと希望の光を備えている。
「うん。一緒に行こう?」
私の言葉に喜んで、でも一瞬考えてエネットが口を開いた。
「わ、私、何でもするよ。家のお手伝いから、何でもするよ。眠る場所もどこでもいいから。迷惑かけないから。私、何か仕事を探してすぐに出て行くから。迷惑かけないから連れて行って下さい」
エネットが行きなり正座をして、土下座をした。もちろん私はビックリして、口を開けたまま。こっちの世界にも土下座があった。土下座、THE 日本人スタイル。
「いっ、いい家事しなくていい。ずっと家にいていい」
私はビックリを抑えて言ったから、声がひっくり返っている。
「で、でもそれだったらいけないよ。けーこちゃんの親もきっと何もしない人を家に置かないと思う。私、家事得意よ。畑仕事も得意だから、農家に働きに行ってもいいし。迷惑かけられないよ。家事させて、せめてそれだけは、させて下さい」
もうエネットはここで頷かないときっと来ない気がしたので、了解した。それより今親って言わなかった?
「いつまでもいていいからね。えっと、えとね、私、親とは一緒に住んでないの」
「っえ!?」
エネットが驚いた顔をして私を見ている。
「えとね、私結婚していて、夫、旦那? うん、彼と住んでいるの」
「……!?」
もうエネットは驚きの声を出す気力もないらしい。
「うん、私は二十一歳」
「……!」
私が年齢を言った時に私の腕に寄りかかっているサリーの体が奮えて、彼女が驚いたのが分かる。サリーも私と同じ年と思っていたんだ。
「そ、そうなんだ。私十六歳。私より年上だったんだ。うん、その落ち着きさとか、やっぱり年上だよね……」
今度は私が驚いて口を閉じる。十六歳。エネットは十六歳。一人でこの人里離れた所で生活しているんだ。一体どれくらい一人で生活をしていたのだろう。
「このサリーは十歳。私と一緒に住むの。私の妹よ。だ、だからエネットも私の妹になって、それでサリーのお姉ちゃんになってね」
私がそう言うとエネットの目に涙が溢れた。
「うん。ありがとう。私いいお姉ちゃんになるね。サリーちゃん、よろしくね」
エネットが涙を無理やり拭いて、サリーに笑いかけた。エネットは綺麗な顔じゃないけれど、笑った時の顔が綺麗。
「じゃあ、早速準備をしないと。鶏や牛をおじさんとおばさんの所へ連れて行って。後はお父さんの書いて物とかどうしよう?」
エネットが周りを眺め始めたので、私も一緒に眺める。本当にこの研究は今後、この世界の進歩に必要な研究書。でも女の子三人で持って行くことも出来ない。それに馬がないし、荷物を運んでくれるのはあの年取ったロバだけ。
「王都にはここから一番近い村から馬車で四日かかるって、村人が言っていたの。う~ん、私には馬車に乗る賃金がない。どうしよう? 鶏や野菜を売り払ってもそれだけじゃ足りないと思う」
私もエネット同様に考えた。




