勿忘草
私ことけーこ、王道イベント誘拐まっさい中。なんで必ず誘拐イベントはトリップには欠かせないないの!
はっきり言って私は臭い。お風呂に丸五日は入っていないから。起きてから三日たった。馬車は嫌。お尻が痛い。
サマリーとサリーと交互にベンチで横になっている。もう私達は呼び捨てするくらい仲良し。サマリーは始めてお友達が出来たと喜んでいて、サリーにはいろいろな童話を話してあげた。
支給されるご飯が固いパンが一日一回だけ。小川で水をがぶ飲みした。もちろん水を浴びる時間はもらえない。なんかハゲおやじとっても焦って馬車を運転している。
もう日にちを数えるのが面倒になってきた。今晩もきっとあのコッペパンよりひどいパン。パンを食べた後に、あのハゲおやじが私だけ馬車に戻るように言った。
サマリーが何か言おうとしたらハゲおやじに体を押されて土に倒れる。私はサマリーを助けようと近付こうとしたけど、ハゲおやじが中に入らなかったら子供がどうなるか分かるかと言われたので渋々中に入る。私が狭い中に入ってベンチに座った時に、ハゲおやじも中に入ってきた。驚いている私にハゲおやじが覆い被さる。
「ちょ、ちょっと何すんのー!」
太った体を押そうとするけれど、デブだけあって、無理。
「別に減る訳じゃないからいいだろう?」
ぎゃー、何? この王道台詞。この質問の返答の王道台詞はなんだー?
「いやだー。減る。気持ち悪い。くさいー、私もくさいよー」
スカートがまくられる。できるだけ叫び抵抗する。馬車のベンチの間の床に落ちた。それなのにハゲおやじが、がさがさとズボンを下げる。私は決してそんな物を見ない。涙で前が見れない。
いつの間にかヨネさんのあの「男から身を守る方法」第二十三条をしていた。第十九条の「思いっ切り泣いて鼻水を垂らしぐちゃぐちゃで汚い顔で相手の興味を逸らす」今やっているよね。
もう私の顔はちゃんと鼻水出ているよ。普通臭いに汚い顔だったら、襲う気が失せるでしょう?
第三条の「可愛い顔をして相手に接吻をするつもりで顔を接近して頭突き」体を押さえつけてられているので頭の突きができない。
ヨネさんの作った条約だけあって欠点ばかり。第一条の「怯えた振りをして相手が油断したら、股間を蹴って逃げる」もうこれしかない。抵抗を止める。ハゲおやじが驚いた顔をして、今まで抑えていた手をどけた。私の上に跨ってきたハゲおやじの急所を目がけて、サッカーボールのシュートー。
「ギャーアー」
見事な蹴り。私は急いで体を起こす。急所を抑えているハゲおやじから離れる。次の攻撃を考えて行動に移そうとして驚く。サマリーが大きい石を小股を抑えて蹲っているハゲおやじのハゲに落とした。ハゲおやじが床に倒れた。
サマリーさんが激しい息を整えて馬車から出たので、私も馬車を出る。もちろんハゲおやじの体に蹴りを入れて、跨る。ハゲおやじには意識がないみたい。
私が馬車から出ると、サマリーさんが太い木の枝を持って中に入って行った。馬車の外からでも見えた。サマリーさんが勢いよく何度もハゲおやじの体を叩いている。ハゲおやじの声も聞こえなかった。ただ馬車から出て来たサマリーの持っている枝に真っ赤な血がこってりと付いている。
「さ、サマリーさん?」
私はなんと言っていいか分からず、でもサマリーの顔をみたら名前を呼んだ。サマリーは私の声を聞いて「っは!」っとした顔をする。現実に戻ってきた感じがした。
「わ、わたしは……」
サマリーさんは震えながら、その血の付いた枝を落とす。サマリーさんの勿忘草色の目から透明な綺麗な涙が一粒づつこぼれ落ちた。サリーが涙を流して立っているサマリーさんに抱き付く。サマリーさんとサリーは涙を流しながら抱き付いたままだった。
「っうっう……」
馬車の中からかすかに唸り声が聞こえてきて、サマリーが顔色を変えた。サマリーは抱き付いているサリーの体を優しく放して馬車に行き、馬車の入り口のドアを閉める。そしてさっき使った棒切れでドアを固定した。そして私の所に来て言う。
「お願い。あの約束守って……」
サマリーが何を言っているのか分からない。分かりたくなかったの。
「一緒に逃げよう?」
私の言葉にサマリーさんは首を振った。
「それは無理。お願い。この子を育てて。そして、愛して。お願い」
「う、うん。で、でもサマリーも一緒に逃げよう?」
目から涙がこぼれ落ちる。サマリーは涙でキラキラ光った目で優しく笑い、勿忘草色が宝石のようで綺麗だった。サマリーさんが涙で濡れた顔のサリーを見て言う。
「愛しているの。ずっと、あなたがいたから生きていけたの。私の元に生まれてきてありがとう」
サマリーさんがサリーの体を抱き締めて言った。
「お願い。またあなたの声を聞かせて……」
サリーさんがサマリーの顔を見上げながら言葉を話そうとするけど、言葉は出てこない。
「愛している。今までも。これからもずっと愛しているからね。忘れないでね。あいしているの……」
サマリーさんがサリーにキスをして離れる。サマリーさんが馬車の運転席に登ったので、私は彼女がすることに気が付き止めようとしたけど、サリーがたずなを勢いよく打つ。
「ッヒッヒヒーン」
馬車に繋がれている一頭の馬が前脚を空中に蹴り、勢い良く前に走って行く。サリーが馬車を追いかけて走り出した。
「マ、マッマー」
サリーの声が森に響き渡る。きっとサマリーさんに聞こえたはず。
走りながら私の目から涙が一粒一粒落ち始め、木の間から一粒一粒雨が落ち始めた。
「っヒーン」
馬の叫びが森に響く。私の目が涙で前が見えなくなった時に、雨が激しく私の体を打ち付ける。私は唯々馬車の消えた方向に足を一歩一歩動かすことしかできなかった。
森から出て灰色の空で被われた景色が目に入る。崖があった崖の向こうに広がる森林が雨の中でも見える。
崖の端でサリーが両膝を地面につけて頭を土に投げ出している。地面には今出来たばっかりの馬車の車輪の跡が見えた。私はサリーの横に両膝を付く。地面に両手をつく。
私の両手をついた土に何個かの勿忘草が雨に打たれ、咲いていた。サマリーの目の色、勿忘草色の花、勿忘草。
「どうして。どうして。どうしてなのー」
私は叫びながら泣いた。このどうしようもない気持ちを誰に訴えたらいいの?
「王道はヒーローが助けに来るのが普通でしょう。どうしてこんな展開があるの」
どうして、この世界の勿忘草は地球と同じ色をしているの!?
私は泣きながら『勿忘草』を語った。
これは、サマリー、サマリエットとサリー、サリーエットの勿忘草色の目を持っている可哀想な、でも優しい綺麗な母娘に送ります。
勿忘草を見る度にあなたを思い出します。ねえ、ディランド。サマリーさんをお願いね。私はどんなことがあってもサリーを守るから……。
雨が止み。灰色の空がゆっくりと晴れる。雲の間から光がこもれる。そして、綺麗な虹が空にかかった。
(青い鳥
私達も幸せを探しましょう。私達の旅が始まりです。)




