はだかの王さま
私は、けーこ。王様に招待されて王都に来て、すぐに孤児院のあるマイ町に帰る予定だったのに……。どうしてトリップしてからの私の生活は、普通の単調の生活じゃないの?
ディランドは、平凡な私に一体何をやらせたいのだろう。
いつの間にか二十一歳で、お父さんが出来てしまった。そして、住む場所がお城だけどラブホだし……。これって、異世界トリップの王道パターンなんだろうか?
平凡な私を愛していると言う変わり者の騎士もどうしよう。私もこの騎士と一緒に居ると、変な気持ちになるから絶対に会わないようにしないとね。同じ街に住むなんて、出会う確率が高くなった。いくられっきとしたお城とラブホのお城と正反対の位置と言っても、同じ街だし……こうなったらただひたすら逃げ回ろう。
これでもかくれんぼは得意なの。
そうそう、騎士から逃れるお姫様設定で逃げるぞー! これって王道よね。ディランド、これは楽しんでね。
私ってここが異世界で、中世時代と言う本当の意味を理解していなかった。女性にも自由がある平等社会で生まれ育った私の無意識の思考が、こんな展開があるなんて考えきれなかった。
いくら貴族と庶民の間に身分差があると知っても、本当の意味の王政社会の成り立ちを知らない。きっと知っていたとしても、この国に生きる者にはどうすることも出来ないんだろう。そして、これほどに誰かを傷つける事になるなんて……。いつだって、人の思いはどうすることも出来ない……。
昼食の後にリュウーヒが部屋まで送ってくれた。リュウーヒは門で、私の付き添いと言ったらすんなり通れた。「これでいいのお城の警備?」と思ってリュウーヒに聞いたら、リュウーヒも良く用事でお城に来ていて、さっきの門番と知り合いで顔パスなんだって。街のチンピラボスがお城で何をしているんだろう?
気になったけど、面倒な匂いがしたので聞かない。最近は、面倒ごとを嗅ぎつけられる才能を身に付けたのかも。これってトリップでよくある、スキルのレベルアップって言う物なのかな?
部屋の外でリュウーヒが別れようとしたけど、パトリーとテモテシに捕まりそのまま部屋に引きずられピンクソファーに座ってお茶をする。大発見
! どうもあの王者のリュウーヒが苦手とする人は、パトリーとテモテシのような丁寧な強引な女性。よし私も二人を見習いたいと思う。それからしばらくしてかなりげっそりしたリュウーヒが、また明日の朝に迎えに来ると言って帰った。もちろん侍女達の尋問で私達は、アットおじさんの養子になった事と街の一部に孤児院と工場を建てる事と、スイ国の人達のために学校を開く事などの街作りの事を話した。
そしたら『乙女の花園』と、『永遠の清らか達』でも協力をしてくれる事になった。そのグループは怪しそうけど、協力してもらえるものは全て大、大歓迎。
リュウーヒが帰った後は、また王様に会う為と言われて準備をさせられた。今回はお風呂は無かった服も三着しかなかったので別に着替えない。
パトリーに首に付けているネックレスの事を聞かれたので、ユートに買って貰ったと言った。もちろん、私も黒色のピアスを買ってあげたと言ったよ。テモシテが、「ユート様が一歩有利ですね」と意味不明な事を言っていた。「すぐに皆様にも、お知らせしなければいけません」とも言っていた。
私はパトリーに連れ添われて、王様の執務室に行く。お城の奥の建物に入り、幾つかの通路の廊下をぐにゃぐにゃ歩いたり階段を登る。絶対に覚えられないし覚える気もない。一生このお城に来ることがないので良い。高貴な貴族がすれ違う時に、パトリーに促されて廊下の脇に移動して頭を下げた。なんと面倒くさい。
中学と高校の時に不良の人達が先輩に対して、「チッワース」と言っていたのを思い出し、私も言いたくなる。王様の執務室に近付くにつれ、人に出会う割合が急に減る。その代わりに兵士にちょくちょく遭って、こっちは兵の方が道を開けてくれたので楽。
王様の執務室は兵隊が二人、ドアの前に佇んでいたのですぐに分かった。パトリーが一人の兵士に話かけようとした時に、中から王様とドレリーの声が聞こえた。
「出来ません。けーこが私を愛してくれる時まで、結婚をする事は出来ません」
ドレリーが王様に対して大声を上げるている。それより、なんで私の名前が出ているの? 今結婚って言わなかった?
「クムリン。これは命令だ。恋など愛など貴族の結婚に、そんなものはいらない。けーこの身の安全を考えてのことだ。スイ国のこともあるが、南と北と他の国々がけーこのことを嗅ぎ回っておる。危険過ぎる」
王様が落ち着いた声がした。私が危険なの?
心動が激しくなる。パトリーが兵に要件を伝えたらその兵が扉を叩き、中から誰かの許可の声がしたので兵が扉を開いた。パトリーが「けーこ様をお連れしました」と言ってお辞儀をしたままでいた。
私もパトリーの真似をして、中に入りお辞儀をする。そしてパトリーは、「失礼しました」と言って出て行き、扉はさっきの兵によって閉じる。顔を上げた私は、てっきりパトリーも付いていてくれると思って期待していたのに、あっさりと出て行ったので冷や汗が出てる。確かに空間の広く落ち着いた部屋なんだけれど、この部屋の中にいる人の密度がすごい。
王様の他に高貴な貴族のおっさん達が四人と、ドレリーと同じ制服を着た近衛兵が四人と、貫禄のあるどデカい白髪まじりのがっちりした制服を着た渋いおじさんがいる。このカラフルなむさ苦しい男の人達が、一斉に私を見ているので怖くなった。
これは謁見の時より怖い。かなりビビリながら、私は面接で鍛え上げた礼をして挨拶をする。なんて言ったか今話したのに、緊張して頭が真っ白で覚えていない。王様も何か言ったけど緊張していて聞いていない。
頭を下げたままの私の手をドレリーに握られて、紺色のソファーに座った。ドレリーも私の手を握ったままで隣に座った。彼は私の汗まみれの手に触れていても、気にしてないようだった。私はドレリーの手が、私の小さな手を包んでくれる冷たい手が気持ちよかった。心の鼓動が落ち着く。
「さっきの話し声を聞いたか?」
私達と一緒で、王様が目の前のソファーに座って聞いてきた。
「あっ、はい。私が危険だって。あのー、この壁、薄いんですか? いいんですか? 外に話声が漏れてますよ」
何を言っているのだろう。急に緊張が取れたと思っても、相手は王様で偉い人。
「あははははー」
王様が壊れて、おっさん達と近衛兵達とどデカい人と、もちろんドレリーも壊れた。
「あはははー。流石に面白いの。想像力の優れた者は、目を着ける所も違うと言うことじゃのう。あはははは。これは愉快じゃのう。ますます他国に渡せない」
王様が豪快に笑った後に、隣の部屋からロッテマイヤーさん風の侍女を先頭に三人の若い侍女達が部屋に入って来て、壁に待機している近衛兵以外の人にお茶を入れる。いつもはロッテマイヤーさんだー、きゃっきゃっと喜ぶ所だけど、今は出来ない。
私とドレリー以外のソファーに座っているおっさんとどデカい人は、王様の許可なしに、お茶を飲む。驚いたのは、デカい人が一気飲みでそのお茶を飲み干した。まだ湯気が出ているんですけど舌火傷しないのかな? 私達も王様に促されたので、お茶のコップに口を付けて飲っむ。紫色ですっきりした始めて飲んだ飲み物。
「マリーゴールドのお茶で、落ち着く作用のある効果的なお茶で、王がとても気に入っている飲み物です」
一人が優しい声で言った。マリーゴールドって、こっちの世界では紫色だったんだ。
「ああ、私達の自己紹介は、まだでしたね」
その人が私に一人一人紹介した。覚える気があまりなかったので、顔と特徴をなんとなく覚えた。思った通りにお偉い人達だったし、高貴な肩書きの貴族で名前が長く覚えるのも面倒な名前だった。カタカナの名前は覚え難い。漢字の日本名が楽で良い。
でも、ヨネさんとミトさんの名前とかは、密かに「米」と「水門」と変換して覚えている。このどカい人は、近衛兵の騎士団長だった。驚いたことに、この優しい声で丁寧に説明してくれる細い人が、兵隊を纏める将軍。
「ああ、この壁の厚さを増やすことは見当しておく。ところで聞いた通りで、そちは今危ない立場におる」
お茶を飲んで一息尽いた時に王様がそう話を切り出すと、お茶を飲んでいた人はコップを置き、部屋の中は王様が話す。私はお茶を飲んでいる時に離れたドレリーの手に、私の手を触れたら彼が握り返す。
「そちはたかが子供の話と思っておるが、その発想は異様なんじゃ。元にそちはいろいろな発想で幾つかの特許を手にしておろう。まさか、そちがトランプの発案者だったとはな。驚かされたぞ。
その他に車椅子と言う物を、無特許で提案したそうじゃの。新聞と言う情報の管理と言う恐ろしい物を考えたらしいの。本当は、これにおいてはわしに知らせて特許の受理をするべきだったのに、無能な者がおぬしとメトニンのせがれに一代限りで特許を許した。
これだけで十分な脅威になるのに、今朝アット殿の養子になったそうだの。アット殿のことは知っておるか?」
王様の言った言葉を理解するのに少し時間がかかった。私が普通と思っている地球の記憶はこっちでは異常だったんだ。どうして、もっと気を付けなかったんだろう。新聞と言う者が恐ろしい物なんて考えもしなかった。只
「日本の生活習慣の便利な新聞があったら良いのになあ」と言う軽い気持ちで新聞を作る提案をしてしまった。
この中世の情報手段の少ない世界に『新聞』なんて物を、情報を知ることは人の思考を変えて最悪の場合はこの王政国家を変えるかもしれない。
あーあ、私はなんと言う浅はかなことをしたんだろう。これは、私がこの世界で生きて行く上で背負って行く罪……。アットおじさんの事ってなんだろう?
「い、いいえ。知りません。あ、あのー、私新聞の特許なんて知りません! そんな物は、いりません!」
私がそう訴えると、周りの人達が深いため息を吐く。
「そうか、そちは知らないのか。新聞の特許の事も、メトニンのせがれが勝手にしたんだろう。そちは、不思議な者じゃのう。こうして女嫌いのクムリンやメトニンのせがれを気に入られ、イット叔父上もそちの事をとても気に入っておる。もちろんこのわしもここにいる者達もじゃ。
そしてアット殿に気に入れられた。わしはこの国の王だ。いくらそちのことが好きでも、王は国の利益の事を先に考えなければならぬ。そちの想像力を他国に取られることは出来ない。そして、そちの話とそして発明される物がもたらす利益を、他国にみすみす奪われる事は出来ないんじゃ」
王様が私を見て、貫禄のある声でゆっくりと語った。
「あ、あのー、わ、私この国にずっと住みます。他の国には行きません!」
王様を含めた皆が寂しそうな顔をした。
「ああ、分かっておる。そちはそのつもりでも他国の者は違う。そちを誘拐して連れさり、国の上の者と婚姻を結ばせて監禁するであろう」
誘拐!! 監禁!! 決して安全な日本でもたまにある出来事。私の体が震える。隣にいるドレリーが、私と繋いでいる反対の手でゆっくりと手の甲を撫でた。
「それでだ。そうならないためにも、そちにはこの国の者と婚姻をしてもらう。
婚姻の相手にはメトニンのせがれと言う意見があったが、あいつはどうも貴族を思わしく思っていない所がある。
わしはこの国に、いやこのわしに忠実な者とそちには結ばれてもらう。そちと同じ孤児院の出身の者の事も聞き及んだが、その者は身分が低すぎる。身分が高くなければわしの権力を公に公使出来ぬ。
そちはクムリンのことは嫌いじゃないと聞いたよって、クムリンに決めた。これは提案ではなく決定事項だ。婚姻の式は今すぐにとは言いたいが、あまりにもそちが不憫じゃから一ヶ月後にする!」
「わしが婚姻の記念として夜会を城で開こう。これはとても名誉な事じゃ。わしが夜会を開く事により、二人は貴族社会にすんなりと受け入れられるじゃろ。そちの親御さんの孤児院の院長と院長婦人と孤児院の者は、全てこのわしが城に招待する。
子供達は夜会に出席は無理じゃが、婚姻の式の後に食事会をすれば良い。それもこちらで手配する。この婚姻はそちの安全のために必要なものだ。分かっておくれ」
その時の私には、さっき同様に王様の言葉の意味を理解するのに精一杯だった。
「おう、そうじゃ。この前の褒美の話じゃ。一つは、そちの身の安全をこのわしが保証する。他には希望はあるか。ほとんどのことは、受け入れる覚悟があるよって、なんでも言って良いぞ」