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my tale  作者: Shiki
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幕間 アリとキリギリス



 俺はディランド神に祈っていた。扉の外で待っている俺に、彼女が準男爵を呼んで来るように頼んでいる声が聞こえる。俺は娼館を飛び出して、準男爵の館に走って行った。俺は、準男爵の館の場所を知っている。一度彼女がどんな所の奥方になるか気になり、見に行ったことがある。


 なにも考えず走って準男爵家に行った。もちろん貴族街にある準男爵の館の門の前で、門番に中に入る事を止められた。焦っていた俺だが、きちんと状況を話した。その門番はなかなか良い人で、直ぐに館に入って俺の事を伝えてくれた。待つ時間も、その時の俺には長く感じる。


 やっと館に入る許可が出て中に入ったが、入り口の踊り場で待たされた。こんな俺を、わざわざ客間に通すだけの価値も無かったのだろう。俺がそこで待つように言われてすぐに準男爵が、二人の体格の良い使用人と来た。俺が事情を説明すると「分かった」と言ってその場を去ろうとした。


「おい、会いに行かないのかよ。お前の子供だろ。彼女を愛しているんだろう。結婚するんだろう?」


 俺は叫びながら準男爵に近寄ったが、二人の使用人に止められた。男爵は、ゆっくり俺を見て言った。


「はあ。この準男爵である私が娼婦と結婚する。君は、中々面白い事を言う。


 ははは。あの娼婦の子供は、私の子供のはずがない。娼婦だろ。一体、何人の者と寝たのやら。床の中の会話を真に受ける奴なんていない。それが常識だ。あの娼婦には、それなりの対価を払った。だから、出て行け。私には関係ない」


 俺にはこいつが何を言っているか理解するのに時間がかかった。信じられない。どうしてだ。彼女に会ってくれるだけで良いんだ……。俺はその言葉に怒りを覚え、準男爵に殴りかかろうとしたが、もちろん二人の使用人にそれを止められ、一人の使用人に担がれ門の外に運ばれた。


 そして、頭から地面に投げられた。地面に投げられた時に、左目を丁度そこにあった石にぶつけた。今でも夢に出る。左目に迫る石を。


「あー」


 俺は、その場で左目を抑えのたうちまわった。そんな俺を誰も助けなかった。あの門番も姿を現わさなかった。俺の左目から血が流れる。悔しいくて惨めで、でも涙を出せない私のために血が目から流れた。


 俺は、やっとの事で立ち上がり娼館に帰るために足を動かす。空が急に暗くなり雨がぽつぽつ落ちて来た。俺が一歩踏み出す度に、その雨が強くなる。俺の左目から流れた血を荒い流す。でも、俺の目から流れる血が止まる事はない。娼館に着いた時は、俺に降り注ぐ雨が激しく痛かった。


 やっとの事で彼女の部屋に着いた時は、娼婦達が泣いていた。俺の顔を見て叫ぶ者が何人もいる。みんな俺の行く手を拒まない。一人の娼婦が布を俺の頭に被せた。俺は彼女の部屋に入る。これ時が俺が彼女の部屋に入った、最初で最後の時だった。彼女はベットに安らかに横たわっている。


 女将さんが彼女を綺麗にしたのかもしれない。彼女の横にはほんの少し頭に黒色の産毛のある、とっても小さな赤ちゃんがいた。


「女の子だったよ。無事に子供を出産出来たと思ったんだけど……二人共、無理だった。丁度、雨が降り始めた時に息を引き取った。息を引き取る前に女の子で黒髪でうれしいと、喜んでおったよ」


俺は、雨と血まみれの左目を着ていた服の袖で拭く。娼婦が渡した布で両手を拭く。左目は少しだけ見えていたけどボヤけている。俺は彼女と赤ちゃんに両手を伸ばして、何度も顔と髪の毛を撫でる。俺の雨に濡れ冷たい手に、さっきまで生きていた親子の命の温もりが伝わる。


 左目が見た最後の表象は、清らかな黒髪の親子だった。


 それからの俺は、ただ力を付けるために生きた。あの準男爵に復讐をするためにだけに。そして、復讐を終えたらいつ死んでも良かった。俺は、裏組織の『テト』の組長のアット殿の所に入った。


 物覚えの早かった俺は、すぐに上に上りつめた。今は、ほとんどの『テト』の全てを任されている。年老いたアット殿の次を受け継ぐ者と言われている。だが、俺の目的はまだ達成出来てない。


 あの準男爵の父親が二年前に亡くなり、あの男は今は男爵になった。最近、やっと孤児院の経営者の子爵と男爵が関わっている証拠を掴めた。国から支給される孤児院の資金の横領と虐待とそして、スイ国にその孤児を人身販売している事実。


 後は、その金を受け渡ししている連絡係を抑えるだけだ。近い内にこの十年前の復讐を終える。この十年は、早かったのか遅かったのか。俺の初恋は、彼女が死んだ時に終わった。俺の左目を失った時に終わった。俺は、彼女を愛していたよ。甘くて切なくかなしい初恋。

 だからなのか、ディランド神。俺にまた黒髪の少女を逢わせてくれたのか。この俺の左目の変わりに少女を与えてくれたのか? 復讐のために生きて来たこの俺に、また生きて良いと言うお許しなのか?


 俺は、今度こそあの少女を守り幸せに生きて行けるようにすると誓おう。ディランド神。黒髪の少女は、二十歳。年齢的には釣り合うが、俺と結婚をしても幸せになれない。俺の手は汚れている。


 本当は……俺が結婚して幸せにしたかった。でも、結婚だけが幸せにする方法とは限らない。彼女が笑って幸せに生きていてくれさえすれば俺も幸せだ。俺は、俺なりの愛し方をすると誓うよ。


 ディランド神。


黒髪の愛し子を俺に与えてくれて……ありがとう。


(アリとキリギリス


 快楽と復讐だけで生きて来た。この世に未練がなかった。いつでも、死んで良いと思っていた。只、その時しか生きておらず未来なんてどうでもよかった。再び生きる機会を与えられたキリギリス。


 今度は、俺がお前を守るよ。見守り愛することしか許されないキリギリス、それが俺)


{サイラック出版会社のウィークリーニュース第2号の小話欄で作家けーこ作 「アリとキリギリス」掲載}

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