ピーターパン
カムリットがドアを叩いて名前を告げると、すぐにそのドアが開く。ドアを開けた大きい男の人の腰に、鞘に収まった剣を付けていた。私の前に立っているユートが体を硬直させ、いつも備え付けている剣に手を伸ばす。ユートがそんな行動を起こすのもすごく納得すくらい、その人の顔は怖い。顔で人を判断したらいけないとは分かっているけど……この人は怖い。よくヤクザ系の映画で出てくるような極悪の顔をしている。チキンハートの私は、ユートの後ろに思いっきり隠れる。
「お客だよ。このおばさん、『不思議な国のアリス』を書いた人だよ」
カムリットは、タメ口でその人と話している。
「おい。それは、本当か。どの人があの話を書いたんだ」
「この人」
なぜか、カムリットに引っ張られてユートの後ろから出た。いやー。カムリット、私を安全地帯から引きずり出さないでー。それより、この人怖くて顔をまともに見えない。ごめん、怖くて髪の色や目の色を報告出来ない。
「いやー。こんな可愛らしい方がこんな素晴らしい話を書かれたんですね。想像したアリスとそっくりです。握手をして下さい」
その人は、怖い顔して誠実な人だった。友人E子がヤクザ系の映画を見た後に、あの凶悪顔の役者さん達の普段の生活を見てみたいっと良く言っていたのを思い出す。なんか、ギャップ萌をしたいと言っていた。ええ、今はギャップ萌なんてしません。唯、怖いだけ。
ぎゃー、なんでそんなに手もデカイの。野球のグローブよりデカイんじゃない。潰されるとドキドキして握手をしたら、卵を触っているように握られた。
これには、少しギャップ萌をしたかも。
やっとこの怖い儀式を終えて家の中に入って……はい、またビックリ。その部屋の奥に真っ黒のダブルベットと、真っ黒の革製のソファーがある。床に散らばっている一つ一つの物が、豪華な物とすぐ分かる。
ソファーには、二人の若い青年が座っている。絶対に誰でもすぐにどっちがボスと分かる。一人は、薄い青色の髪をしていて眼鏡をしていた。もう一人の人は、深緑色の髪で紅赤色の鋭い目をしている。そして左目に黒色の眼帯をしていた。市場で見た豹を思い出した。
ああ、この人がソニの言っていた『片目の豹』だと分かる。生まれて初めてカリスマ性を持っている人に会った。あの王様は、訓練されて身に付けた貫禄と違って生まれ待った物だ。ドレリーの美しさと違って人を魅了する人。
ワイルドな二十歳前半の美しい人に、一体何人の人が泣かされたのだろう。別に美形好きじゃないけどその人から目が離せなかった。その人も私達を観察していた。
「ねえー。だあれ。そのちっこいの。それに不細工。なんか、良い男連れてー」
黒色のベットから、赤色の布を巻いた茶色の乱れた髪の女の人が気怠そうに来た。
なんとフェロモンの無駄使い。ぜひ私にもその「フェ」の部分を分けて貰いたい。
そしたら、きっと平凡の旦那さんをゲット出来るかも。
「けーこは、不細工ではない」
ユートが怒りを含んだ声で言った。不細工でも美人でもないけど、普通の子はいつもこの手の女性に、一まとめにブスと言われる。でもユートのように訂正されるとなんか情けなくなる。
「あーら。本当の事でしょう。そんなちんちくりんを止めて私が相手しようか?」
女の人がユートに手を伸ばしたら、ユートがその手を払いのける。その勢いで、女の人の体を巻いていた布を抑えている手を離した。その布が落ちて、その女の人の胸が露出する。
『おっぱい、ポロりん』
まさに、おっばいポロりん。私に対しての嫌味ですか。おっぱいポロりん、羨ましいー。おっぱいと言う物は、ポロりんする物だったんだ。温泉ではお年寄りの方ばかりだし、孤児院では皆隠していたし、こんなポロりんなんて知りません。一生知りたくなかった。
大体私がどれだけこの胸の事で心を痛めて来たなんて、きっと誰も分からない。女の人は、動揺している私の胸を見てそしてユートを見てにやりとして胸を見せびらかしながらゆっくりと布を巻く。隣にいるユートを見たら、顔を赤色に染めて目を泳がせていた。
成人したと言っても十六歳だもんね。院でもヨネさんの掟をきっちり守って、水浴びの時も後ろを見て私達を守ってくれた。この反応は、仕方ない。
「まあ。あなたみたいな子供には、彼女がお似合いね」
女の人がユートに顔を近くに寄せて言った。顔は、綺麗な方だと思うけど肌や髪質がとても痛んでいる。年は、私と同じくらいだと思うけど、きっと年を取るのが早いと思う。
「おまえ、じゃま。失せろ」
今まで余裕な顔をしていたその女の人は、顔を真っ赤にした後ボスに言い寄った。
「なんで、私なの。ねえ、リュウーヒ。私、ここに居て良いでしょう。昨日はあんなに熱心だったでしょう?」
女の人が、ボスの膝の上に座ろうとしたら、ボスの横にいた眼鏡の人に押されて、女の人が物の散らかった床に倒れた。もちろん、その時もおっぱいポロりんだった。
やばい「おっぱい、ポロりん」のフレーズが頭の中で回っている。良くあるよね恐ろしきフレーズ。きっとしばらくの間は、頭から離れないと思う。
「もう。痛いじゃない。まあ、良いわ。リュウーヒ。いつでもまた来てあげるね」
「お前に私の名前を言う権利を与えてない」
女の人は、はじめは怒った顔をしたけど、すぐにまた此れ見よがしに胸を見せて布を巻いて、家からその恰好のままで出て行った。




