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my tale  作者: Shiki
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桃太郎


「痛ってーな。さっきから、何度、おれの頭を殴るんだよ。大体、俺は、小僧じゃない。カムリットって立派な名前があるんだ」


 カムリットは、胸を張って自分の名前を言った。自分の名前がとても好きなんだ。


「あっ、あっ、あのー。えと。その。僕、歩けないの」


 黒目の男の子は、灰色の袋をさらに握り締めて下を向いた。膝には、少し色の褪せた綺麗に縫えている、キルトのブランケットが掛かっている。その男の子の話を聞き、カムリットがかなり動揺して体を左右に動かした。


「そっ、そうなんだ。それじゃ、仕方ないな。そうだな。安心しろ。俺は、もうお前から盗まないからな」


『ポカー』


 ボビートがカムリットの頭を軽く叩く。人を叩くのも技術が必要なんだ。


「なんだ。お前は。まだ、盗みをするのか。もし、このまま盗みをするんだったら警備に連れて行くぞ」


 ボビートは、腕を組んでカムリットの方に怖い顔で言う。


「だって、お腹空くもん」

 

 ボビートが驚いた顔をで、カムリットの方に顔が合わさるようにしゃがむ。


「親は、どうしたんだ。親は」


 カムリットは、まだ下を向いたままで右足で土を蹴った。


「とっくの昔に死んだ」


 カムリットが、ボビートをキッと睨んで大声で叫けぶ。ハッとした顔をしたボビートさんがカムリットに言った。


「それだったら、国が経営している孤児院に入れば良いだろ」


「嫌だ。あんな所にいたら殺されるか、売られるかのどっちかだー。お願い、おじさん。僕、もう盗みをしないからあんな所に連れて行かないで。お願い。お願い。

 やっと、ボスが僕をあそこから助けてくれたのに……。またあそこに戻ったら、前よりもっとたくさん殴られるよ。お願い。おじさん。ボスにも盗みをするなって言われたけど.……どうしても、お金が欲しかったんだ。だって、アミーヒが『不思議の国のアリス』が大好きで、それでね。それでね、読めないけど本を買ってあげたかったんだよ。その話を聞く時だけ、笑ってくれるんだよ。だから……」


 カムリットが涙で濡れた赤色の顔で、一生懸命ボビートの上着を両手で握り訴える。

この国の孤児院は、虐待が在るのだろうか。あの王がそんな事を許すとは思えない。それに、スイ国では人身売買があると聞いたけどこの国には無いと聞いたのに……。


 でも、カムリットが嘘を言っていないと分かる。ユートもボビートさんもすごく動揺している。ボビートがカムリットの頭を丁寧に撫でる。


「わっ、分かったから。心配するな。孤児院の事は俺が隊長に話をするから、もう泣くな。男の子だろ」


「わっ。俺、泣いて無い。泣いてないからな」


 カムリットが腕の服で乱暴に顔を拭った。


「あのね。僕もお父さんとお母さん、いないよ。でも、僕は、お兄ちゃんとお姉ちゃんがいるんだ。お兄ちゃんは十八歳でお肉屋さんで働いていて、僕を厠に連れて行くためにお昼ここに来るよ。だから、黒目のお姉ちゃんもお昼にここにおいでよ。それか、夕暮れにお兄ちゃんとお姉ちゃんが来るよ。

 お姉ちゃんは十六歳で洋服屋さんでお針子しているんだ。二人とも、きっと黒目のお姉ちゃんに会いたいと思うよ。僕だけ、黒色の目でね。それで、僕ね、初めて同じ色の目を持っている人に会ったの。僕、とってもうれしい」


「私も、初めて黒色を持っている人に会ったの。私もうれしい」


「うん。お姉ちゃん、髪も黒色だね」


「おい。このおばさん、『色持ち』って言うんだよ。それに黒色だ。すぐ売れる」


『コロス!』

 おばさん……。売れる……。誰か、この子を躾けて下さい。


『ポカーンー』「だまれ」


 ありがとう。ボビート。


「けーこの事は、僕が守るから心配しないでね」


 ユートが、私と繋いでいる手をさらに強く握りしめた。


「うん。ありがとう。ユート」


 私は、にっこりユートを見て微笑む。


「ところで、僕の名前ってなあに。私はけーこで、こっちがユートでこっちの兵隊さんがボビート」


 私が皆の名前を言うと、その子は一人一人の名前を繰り替えして覚えようとしている。かわいい。カムリットも、ボビートに殴られた頭を撫でながら、私達の名前を小さな声で何度も繰り替えして覚えようとしている。


「僕の名前は、サートイック。サートって呼ばれているの。ここで絵を売っているの。けーこお姉ちゃん、あそこに在あ絵を、そこの板の上に並べて貰えないかな。いつもは隣の布屋のおばさんがしてくれるんだけど……おばさんね、今日は休み。それでね。さっき二つ絵が売れたから、そこに絵を置いてもらえないかな」


「うん。いいよ。でも、びっくり。絵を売っているの?」


 まさか、この世界で絵を売っているなんて。この世界も変化しているんだ。私とユートは、サートの言った場所から布に包まれている小学校で書く画用紙位の大きさのキャンパスを見つけた。板に肌色の布が張っているキャンパスは風景画だった。


 地球にいる時に、昔の人が卵や虫やおしっこを固めた物を使って絵を描いていたと聞いた事があった。だから、この世界の油絵に似た絵の具や水彩絵の具の事が気になったけど聞かない。その二つの絵は、青空と夕焼け空の絵だった。私は、空が大好き。唯々その絵を見ていた。


 この子には、才能がある。この世界には、トリーやこの子のように想像力のある人がいる。でも地球でも、才能のある人はその時代では受け入れられない人が多かった。フランツ・リストやリヒャルト・ワーグナーの『未来音楽』の概念やグスタフ・マーラーの有名な『やがて私の時代がくる』と言い残した言葉。


 ゴッホやピカソおような画家。どの時代も人は変化を望み、でも実際は恐れ自分の想像力のなさ故に迫害するんだよね。はあ、私はこの世界ではそんな事が起きて欲しくない。ディランド、あなたは私にこう言う人を探し才能を伸ばす事を望んでいるの? ねえ、返事をして……?


「どうしたの?」


「う、うん。すごく綺麗だと思って」


 ユートが心配して聞いたので返事をする。そして、二つの絵をサートに持って行く。


「サート。この絵を私に売って貰えないかな?」


 サートが驚いた顔をして、私と自分の絵を交互に見た後に私を見上げた。


「えっ。けーこお姉ちゃん、これ欲しいの?」


「うん。とっても綺麗。とっても、すごいよ。サートは、すごいよ」


 私は、サートからその絵を買った。とっても安い値段で驚く。私は、もっと高くで買うと言ったけど断られた。


「じゃー、行くぞ。おばさん。道草くって、これだからおばさんは。アミーヒがおばさんの『不思議の国のアリス』を楽しみにしてんだから、早く行くぞ」


『おばさん』。カムリット、可愛くない。『けーこお姉ちゃん』サート、可愛い。


「えっえー。けーこお姉ちゃんが『不思議の国のアリス』を書いたの。お願い。僕にも聞かせて。お兄ちゃんが、大家さんにその本を貸して貰う予定だけどまだ他の人が借りていてお兄ちゃんの番はまだこないの。

皆がその話をしていて、どうしてもその話聞きたいの。お願い。さっきの絵は、ただで良いから僕にその話をして」

 本が高く、皆回し読みをしているって本当だったんだ。それに、すぐ売り切れて予約待ちが多いって言っていた。


「さっきの絵は、ちゃんと買うよ。お話もちゃんとしてあげるよ。『不思議の国のアリス』は、お兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に読んで。だから新しい話をするね」


 サートとカムリットが、二人とも驚いた顔をしている。


「えっ、本当」


「でも、ただで話を聞くの悪いよ。あっ、そうだ。良い物持っている。ちょと、待っててね」

サートが座って居る椅子の下からごそごそと大きな袋を取り出して、その中から一つの桃を取って私に渡した。


「これ、あげる」


 この世界の桃は、地球と同じ色をしている。


「ありがとう」


 桃色の袋にカムリットに貰った桃色の砂糖菓子と桃色の桃を入れた。


「じゃー。話すね」


 隣の店の板で出来た箱をひっくり返し、ユートと座って『桃太郎』を話す。今の私の手を握っているのは、私を引き止める手ではない。それが、なぜか悲しかった。


 カムリットが私の足元の土の上にそのまま座った。ディランドの翻訳機はすごい。『鬼』が『怪物』に変換された。カムリットとサートは、顔の表情を何度も変えて私の話を聞いている。この親のいない子供達の心を、少しでも救えたらうれしい。


(ピーターパン


 あなたは、みんなのヒーロー。ねえ、ピーター。もし、あなたが大人になったらどんな大人になるのかな。)


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