桃太郎
どのほど本を眺めていたのだろう。ユートが迎えに来る時間になっていた。部屋に入って来たユートは、いつもの彼で、ほっとする。
「おはよう。けーこ」
ユートは、近くに来て言った。彼の髪が濡れている。
「お、おはよ。ユート。どうしたの。髪、濡れているよ」
ユートが右手を髪に当てて、少し照れた顔をした。
「ああ。朝練をしてその後、水を浴びたんだ」
「ちゃんと、拭いた? 風邪引かないでね」
「ああ」
今日のユートの服は、孤児院にいた時に来てた服と違った。
「あっあれ、服新しく買ったの?」
「ああ。騎士見習いでも少しお手当てが貰えるんだ。それで、新しく一着買ったんだ……本当は院の方にお金を
全部送らないといけないけど……」
私は、別に責める訳で言ったんじゃないんだけど……。ついつい、日本にいる時にお友達との挨拶の一種なのに……。
「ううん。ユートにすごく似合うよ」
黒いズボンと若葉色のシャツは、とてもユートに似合っている。
「ユートと私、お揃いの色だね」
ユートの顔が、すごく赤色になった。
「う、う、うん。そうだね。じゃあ、行こうか。僕の馬で街に行こうと思う。厩まで歩いて行くけど良い?ちょっと、遠いよ」
「うん」
ドレリーに貰ったケープを着る。
「そのケープ、とっても似合っているよ。そのケープ、どうしたの。確かこの前は、マントを買えなかったって言ってなかった?」
「うん、ドレリーに貰ったの」
ユートが、少しの間黙った後に言った。
「……そう。そうだったんだ……」
私達が部屋から出た時に、ボビートが付いて来た。ボビートが一緒に付いて来ると知った時のユートが、「僕一人でけーこを守れる」と言って機嫌が悪くなった。
ボビートが「お二人の邪魔をしません」と言って、やっとユートの機嫌が戻った。こんな事で怒るユートじゃないのに、とっても不思議。きっと、騎士としての力量を試されたと思って不機嫌になったのかも。さすがボビート、侍女達の情報によると既婚者で四十三歳。最近、よく三と言う数を聞くのは気のせいかな?
私達は、手を繋いで厩にユートの馬の所に行った。途中で城の他の場所を色々見れてとても楽しかった。城の生活を支えている人達の生活を見る事が出来て、さっきの嫌なカップルの事が頭から消えていた。ボビートさんは、私達の後をある一定の距離で足音も立てずに付いて来る。城で働くのには忍びの訓練が必要なんだ。
「えっ、これ。あの馬?」
「ああ。けーこに貰った子馬だよ」
「ええー。すごく大きくなってる。可愛い。赤毛もつやつやして綺麗。ねえ、名前なんて言うの?」
右手で馬を撫でながら聞く。
「・・」
ユートが後ろで、もごもご何かを言ったけど全然聞こえない。
「えっ。なんて、言ったの。聞こえないよ」
馬を撫でながらユートの方を向く。
「ケイ」
ユートが、ぼそっと言った。
「ケイ。そう、ケイって言うのね」
また馬のケイの方を向いてその赤毛を撫でた。
「なんか。私の『けいこ』と同じね」
「ブフォ。ごふぉ、ごふぉ」
「ちょ、ちょと。だ、大丈夫?」
「あ、ああ。ごふぉ、ごふぉ」
咽せっているユートを放っといて赤馬を撫でた。
「『けい』同士、仲良くしましょうね。ケイちゃん」
私はユートの前に座り、ケイの上に乗った。後ろから大きな赤馬に乗ったボビートさんが、一定の距離で付いて来る。驚いたことが馬の足音が余り聞こえてこない。きっと、馬も忍びの訓練を受けるのかも。相変わらず馬に乗るのは、お尻が痛い。
馬の上は、風が顔に当たり頬っぺと手がすぐ冷たくなった。でも、ドレリーに貰ったケープが私を温めてくれた。ユートも馬を丁寧に扱っていたけど、ドレリーとの方が安心感があった。今日の空も雲が一つも無く透き通った空だった。
ユートと私は城を出て穏やかな丘を通り、貴族街を抜け街の中心部に来た。馬は、街の入り口の当たりで馬宿に預ける。私達は、途中で逸れないように手を繋ぐ。孤児院にいた頃は、ユートと私の間には誰かチビちゃん達がいてこうして直接に手を繋いで歩いたことがなかった。
ユートの手は、剣で出来た豆があってゴツゴツしている。ドレリーの手の豆は、もっと固かった。サイラックさんの手は、人差指にペンだこが有り黒い墨で少し黒ずんでいて、そして柔らかい。人の手がその人を表すと聞いた事を思い出す。私の手は、こっちに来てから洗濯ばかりで荒れていても可笑しくないのに、ディランドのお願いのおかげとても潤っており、貴族に間違えらても仕方ない手をしている。なぜか、少し寂しい。
街は、中央の一本の柱のような銅像を中心に市場が開かれている。噴水や誰かの彫刻の銅像を期待していただけに、がっかり。でも、市場はいろんな野菜や果物や小動物が売られていて、私は地球と同じなのに違う色の物なのでその違いを見て楽しい。種類によっては、地球と同じ色の物もある。
日本では滅多に手に入らない果物などあり、初めはなんの果物か分からず、お店の人から貰った一切れでやっとその果物がクランベリーと分かった。私も、生でクランベリーを食べた事がなかったけど、ドライフルーツで食べた事があったので分かる。ここのクランベリーは、青色だ。クランベリーは、酸っぱくて余り好きに馴れない。
雑貨を売っている市を見つけたので、ユートを引っ張ってその店の前にしゃがみ込む。店は、床に布を敷いて商品を並べてある。他の店によっては、テーブルに商品を並べてある。その雑貨の商品の隅の一角にアクセサリーが売ってあった。日本のように細かい細工は施されていないけど、沢山の色の石があって、綺麗。
「あっ、見て、見て。ユートの目と同じ」
琥珀色の小さな石が付いている緑色のリボンの付いたペンダントを手に取り、ユートに見せた。
「あっ。うん。そうだね。見て。これは、けーこの色と同じ」
ユートは、黒曜石のような小さなピアスを手にする。
「あっ、あのさー。馬を貰っただろう。それで……そのペンダントをお礼に買う」
ユートが、ペンダントを私の手からちょっと乱暴に奪い取り、お店のおばさんの所に行った。私も何か買って貰うのが悪い気がしたので、さっきユートが見ていた黒曜石のピアスを手に取り、ユートの後を追っておばさんの所に行く。おばさんがユートからお金を受けとると、そのまま渡した。
私もお金を払って、そのままピアスを受け取った。この世界には、プレゼンとを包む習慣がないみたい。
「ほら。僕が着けてやるから、後ろ向いて」
私は後ろを向く。ペンダントの琥珀色の石が首に当たり、ひんやりと冷たく気持ち良い。気を効かせたお店のおばさんが手鏡を渡してくれる。その鏡に写る私は、可愛く見えた。首に生える緑色のリボンと琥珀色の石は、私の黒髪と私の着ているケープと綺麗に合っている。
「よ、よく似合っているよ。き、綺麗だよ」
ユートが顔を赤らめ、ぼそぼそと小さい声で言った。
「ありがとう。あっ、これは私から」
手鏡をお店のおばさんに返して、ユートに黒色の二つの小さなピアスを渡した。この世界の人は、耳飾りをしている人が多い。特に、村ごとに耳飾りを着ける所と着けない所があって、ユートとソニや孤児院にいるほとんどの子供達は、耳飾りをしている。
男の子達は、小さな石を着けていて女の子は耳に掛ける飾りをしている。どうしてそう言う習慣があるのか聞いたけど、やっぱり皆知らない。私も耳に穴を開けるようにソニに勧められたけど、怖くて断った。
「あっ、ありがとう。大切にする」
ユートは、今まで着けていた白色のピアスを外し黒色のピアスを着けた。ユートの少し小麦色に焼けた肌には、黒色が映えた。
私達は、また手を繋いで市を回った。布屋で綺麗な色のリボンを女の子達のために何個か買った。リボンを見ていた時にドレリーの顔を思い出す。小さな桃色の袋も買った。バックを持っていない私は、うれしい。男の子達には、いろんな色の砂糖菓子を買う。ヨネさんには、雑貨屋で小さなガラスで出来たボタンを四つ買った。
買った物は、全部袋に入れて持ち歩く。後はミトさんに頼まれていたガイドブックを買うために、本を売っている所を探し回った。でもどの店もそんな物は売ってないと言われ、観光案内書とは、何かとまで聞かれた。私も、そのリクエストを聞いた時に驚いた。この世界に、ガイドブックが売っているなんて信じられなかった。でも、ミトさんって想像力のある人かもしれない。まあ、一応サイラックさんに聞いてみよう。
途中で屋台で薄いイースト菌の入っていないパンで出来た豚肉のサンドイッチを買って食べた。ボビートさんも少し離れた所で同じ物を食べる。別に食べる時まで、そんな離れた所で一人で食べることないのに。食事をした後も二人でブラブラお店をひやかしながら歩いた。
私達は、たくさんの人垣が出来ているお店を見つけたので、そこに行くことにする。人々の後ろに並んで順番を待った。私達の番が来て皆が見ていた檻の中を見たら、緑色の毛の豹がいた。その豹の赤色の目が威嚇をして周りの人達を見てる。
時折『グルー』と唸ったと思ったら、狭い檻の中を何度も回り急に体を横にして眠った。豹の存在感は、とっても偉大だった。森の王はライオンと言われているけれど、その豹も十分のカリスマ性を携えている。唯々私達は、その豹を見つめるだけだった。




