家の精
「たっ、たいへん。大変よ。騎士様が来て。し、下にいるの」
おばさんが、ノックもしないでドアを開けた。急いで下に降りる。騎士の服にマントを着けたドレリーがいた。このパン屋さんに不似合い。ドレリーの周りに、シーレさんと旦那さんとおじさんがドレリーを見る。ドレリーの顔は、少し汗ばんでいた。私が部屋の中に入ると、少しほっとして優しい笑顔をした。
「きゃー。うそ。うそー。けーこ、これってどう言う事?」
私の後ろに立っているソニが、うるさい。耳が痛い。
「けーこ。もう遅くなりますので迎えに参りました」
「えっ。サイラックさんから連絡行ってない?」
「部屋にあった手紙は、見ました。それで、こうして迎えに参りました」
「あっ、じゃ、新しい連絡来てない?」
「いいえ」
あーあ。行き違いなんだ。
「ちょっと。けーこ。紹介してよ」
顔を真っ赤にして興奮しているソニが、私の横に来て肘を突っつく。
「えとね。こっちがドレリー クムリン様でさっき話したでしょう。私を孤児院に迎えに来た騎士」
私は、ソニを見て言う。ソニは、ドレリーを顔を赤色に染め見ていてる。目からお星様が出ている。キラキラ。
「けーこ。なんでさっき、その迎えに来た騎士がクムリン様って言ってくれなかったの。どうして、そんな大事な事を忘れるの。さっきだって、せっかくクムリン様の話が出たのに知り合いってこと全然言わないなんて。もう、なんて薄情者」
今度は、さっきよりさらに強く肘を突っつかれた。密かに痛い。
「ドレリー。こっちが私の妹のソニアリックで、ソニ」
ドレリーが右手を拳にして左胸の辺りに当てて、き綺麗にお辞儀をした。
「はじめまして。近衛兵のドレリオット クムリンです。けーこ様の護衛を任されております。それと、今けーこ様に求婚を申し出ております」
「きゃー。すてき」
「きゃー。すごいわ」
シーラさんとおばさんの声を出す。あのー、その叫び流行っているの?
それより、何この外野は?
「けーこ。すごいわ。もう、どうしてそんな大事な事を報告しないの。全然、ユートなんかよりクムリン様の方が良いわ。ヨネお母さん達には知らせたの。早く知らせるのよ。どうしよう。結婚式に着て行くドレスを作らないと。どうしよう。忙しくなるわ」
あのー。どうして、そこでユートの名前が出るのだろう。
「私のことをドレリーとお呼びして下さい。私もソニと呼ばせて宜しいですか?」
「ええ。もちろんです」
ソニがまた顔を赤らめてドレリーを見る。確かにドレリーは、綺麗な顔をしている。
「えとね。まだ返事してないの」
ソニがビックリした顔をする。
「どうして。考えるなんて必要ないの。どの女の子もすぐに承諾するよ」
もう、ドレリーの前でする会話じゃないのに。ちょっと、むっとなった。
「あっ。ごめん。けーこが決める事だしね。でも、いつでも相談に乗るね」
「う、うん。ありがとう」
いつも一人で暴走するソニだけど、ちゃんと立ち止まり周りの人を見る。だから、ソニのことが好き。
「それと。今日は、帰るね。それで、明後日に院の方に帰るからもしかしたら、また会いにこれるか分かんない。でも、手紙…キミトに書いて貰うね」
「もう。何でキミトに手紙を頼むの。すっごく字が汚くて読むの大変なんだからね。他にも、たっくさん字が綺麗な子がいるでしょう」
「だってキミトは、なんやかんや文句言うけど、すぐにお願い聞いてくれるもん」
「まあね。あの子、けーこの事大好きだしね。それより、結果は私に一番で報告する事分かったね。約束よ」
「うん。約束」
ソニと私は、しばらく抱き合った。この温もりがこの世界に初めて来た時に、何度救われただろう。それからパン屋のおじさんとおばさん、シーレさんと旦那さんとお別れをしてパン屋を後にした。
もちろん、シーレさんとおばさんにすごく抱きしめられた。おばさんが私を抱きしめた時に、ディランドがチラチラ見えた。おばさんの抱きしめる力とヨネさんの力は、どっちが勝っているだろう。
パン屋を出た後、私とドレリーは手を繋いで馬を預けている所に歩いて行った。街道は、家から漏れた灯火で少し明るい。
「ねえ。どうして、ドレリーはいつも私の手を握るの?」
少し街外れに来た時、いつも気になっていた事を聞く。ドレリーが立ち止まったので私も立ち止まった。
「すみません。勝手に。でも……それは、けーこがどっかに行かないためです」
えっ、それってどう言う意味なんだろう。
「どこって。この前の洋服屋さんの事?」
ドレリーが私を見下ろしている。街外れなので今日は顔を出している月の光に浴びて彼の髪がキラキラ色々で、とても綺麗。銀髪と言うのは、綺麗な色だと思う。
「はい。それもありますが。ちょっと勘違いかもしれませんが、けーこがけーこの話す話の世界に行ってしまうのでは?と思って。つい、手を繋いでいたら引き止められると思いました」
「はっ、はっ、話の世界に?」
だめ、心臓の鼓動がうるさい。
「ええ。初めの頃は、けーこの話に夢中で気付かなかったけれど、ある時に、けーこが、その話の世界を懐かしむような。
帰りたがっているような感じがして、手を握っていればこっちの世界に繋ぎ止める事が出来ると思ったので、許可もなくいつも手を握りました」
ドレリーが私の手を離す。急にドレリーの温かい手の温もりが消えて、私は親に捨てられた子供の気分になり悲しくなる。ドレリーは、私を見ていてくれたんだ。この世界で生きて行こうと決心した時も、この世界に生きていると実感した時も心でそれを感じた。
でも、それが私は生まれ育った故郷を忘れた訳じゃない。思い出を捨てた訳じゃない。きっと、これからずっと何度も地球を思い出して泣くと思う。童話を話す時、ついこの話を読んでいた頃の自分を思い出す。
ドレリーは、そんな私に気付いていたんだ。孤児院の皆にも何度も童話を話したのに、誰も私の望郷の思いに気付かなかった。魂の近いユートさえも気付かなかった。それなのに。それなのに……ドレリーは気付いた。そして、私をこの世界に繋ぎ止めようとしていてくれたんだ。
目から涙が次々零れた。涙を流した私を、ドレリーがゆっくりと抱き締める。この温もりに安心している。ソニとユートとまた違う温かさ。私の心を全て包み込む温かさ。ドレリーは、私をこの世界に繋ぎ止めて行く錨。水上の上を漂う小舟を一定の所に留める錨。私は、この世界に漂う小さな舟。私の気持ちがこの世界にいて、どうしてもダメになった時に引き戻してくれる錨。
どんなにミトさんやヨネさんやソニやキミトがいても、皆の一番は私でない。ユートもいつか誰かと結婚をした時は、魂がどんなに近い存在でも私を引き止められない。
「ねえ。どうして、私と結婚したいの?」
ドレリーの心臓の鼓動が早くなる。
「けーこのことを、愛しているからです」
ドレリーのこの言葉は本当だと思う。
「わ、私は、ドレリーの事が好きだけど…あのね。それが恋とか分からない。でもね、こうされると……うれしい」
しばらくの間、二人の間にはお互いの鼓動しか聞こえなかった。
「そうですか。じゃあ、これからゆっくりと私の事をもっと好きになって、そしていつか結婚をして下さい」
ドレリーの胸から顔を上げて彼を見る。その時の彼の顔は、もっと綺麗だった。
「はい」
ドレリーが頭を下げて、二人の口が重なった。その時の私は、驚き過ぎてそして口が塞がっているから息の仕方が分からず、顔が熱くなる。やっとドレリーが離れた後、私は全身で息をする。
「あはは。あはは。すみません。大丈夫ですか?」
「ちょっと。笑わないでよ。だって、息をどうすればいいか、分かんないもん!」
「このような行為は、初めてでしたか。そうですか。うれしいです」
ドレリーが真面目な顔で言った。彼とのキスは、嫌じゃなかった。
(桃太郎
私の敵は、なあに? それとも、だあれ?)




