家の精
夕食は、とっても温かかった。おばさんに怪我の治療をして貰った親子がおばさんに促されて俯向きながら部屋に入って来て、一番隅の席に二人で座る。その後すぐに、おばさんに似た男の人に連れ添われてシーレさんが部屋に入って来た。薄茶色の髪の色と茜色の目をしている綺麗な勝気な顔の人。
隣に重荷の妻を心配している優しい普通の顔の人がいる。二人は、とてもうれしそうに私とその親子に挨拶をした。それから私達は、お城で出されたような豪華な料理じゃないけど、温もりの感じる家庭料理を食べた。たくさんの調味料が入っている訳じゃない、塩と胡椒だけのシンプルな味。私は、毎日食べるとしたらこんなシンプルな食事がいいな。だから、私は豪華な食事に慣れている貴族と、結婚をする事が出来ない。
食後にソニに話をしてと強請られたので『家の精』の話をする。
泣かせるためにこの話をしたんじゃない。ただパン屋のおじさんとおばさんにこの話を送りたかっただけ。そのみんなを親子の方を見た。お母さんは、下を向きながら焦茶の布で目を拭いていた。
娘の方は、私の方をずっと見ている。表情の変わらない顔に収まっている勿忘草色の目が、うれしそうだった。その勿忘草色の目からキラキラと部屋の蝋燭の光を反射した綺麗な涙が、一つ二つと痣で腫れた頬に流れる。遠くて聞こえないかもしれないけど、反対の席から小さい声で言った。
「ありがとう」
一瞬、その娘の顔が笑ったように見えた。食後にその親子は、来た時と同じように焦茶の布を頭から被りおばさんから持たされた、たくさんの食材をそれぞれの手に持って、もう片方の手で手を繋ぎ暗闇の街道を歩いて行く。おばさんが、息子が一緒に送って行くと言ったけど、その親子は唯々首を振って断った。
帰る時にその娘が私の目の前に来て、そっと私の頭に巻いている包帯を触る。相変わらず無表情だったけど心配をしている事が伝る。転んで作った傷と言ったら、表情が変わらないけど「ほっ」としたようだった。
その親子が帰り、夕食の片づけた後に、ソニと私は二階にあるソニの部屋に行った。ソニの部屋は、斜めの屋根に小さい窓がある。日本の六畳半のように、小さな部屋。小さなベットが窓際にあり、そのベットにキルトが被されている。手作りのキルトが、このシンプルな部屋を明るく温かい部屋にする。やっぱり布が高いこの世界は、端切を大切にする。それがキルト作りになったのかも。こんな生活の節約が文化を作っていくんだろうと思う。
うん、楽しみ。小さな長方形の机と椅子があった。机の上に無造作に置かれた水色のカバーの本と手に取って、表紙を開く。
『人魚姫 この本を私の大切な家族に届けます。ミトお父さん。ヨネお母さん。ソニ。ユート。キミト。サナちゃん……リタちゃん。愛しています。けーこより』
「本当はね。本を買うより、お金を孤児院に送らないといけないと思うんだけど…どうしても、この本が欲しかったの」
ソニが顔を赤らめて下を向いた。
「はじめてのお給料で買ったの。その本を買ったらお金が全部無くなってね……ごめん、もう一つの本が買えなかった」
「ありがとう」
下を向いているソニに抱き付き、二人で泣き始めた。どれくらい泣いたんだろう。
「何、泣いているんだろうね。変だね」
「うん。変だね」
今度は二人で顔を合わせた後、笑い出した。
「あはは。けーこの顔、変」
「うん。そうだね。ソニの顔も変」
私達は、意味も無くまた笑った。
「こっちに座ろう」
ソニの後に付いて一緒にベットに座り、勢いで少し腰が浮き体ごとベットに投げる。
「あはは。けーこが私の横にいる」
「っうん。ソニが私の横にいる」
「私ね。こっちに来てね……お友達がたくさん出来たの。でもね、何度も皆に会いたくなるの」
「うん」
「だから、けーこが会いに来てうれしい」
私達は、しばらく横になりながらお互いを見た。よくソニと、こんな風に横になって話した。芝生の上だった時は、ソニのお喋りを聞きながら空を見た。どっちかの小さなベットの上だったらお喋りの後、いつの間にか一緒に抱き合って眠った。いっつも、なんでもない事を話しをした。
「あっ、そうだ。けーこに良い物見せてあげる」
ソニがそう言ってベットから飛び上がり、机の引き出しから紙を持って来て渡す。ソニは、私が字を読めない事を忘れているみたい。
「ソニ。私、これ読めない」
ソニはびっくりした顔した後に、済まなさそうに私からその紙を取る。
「ごめん。ごめんね。えーとね。これはね、今年の『独身リスト』なの。えとね。なんか王都の良い独身男子のリストをね、『乙女の花園』って言う貴族の女の人達が作っていてね。欲しい人は買えるのね。これね、隣の肉屋さんのお友達に貸して貰ったの」
『乙女の花園』
パトリーとテモテシがよく言っているあの『乙女の花園』の事?
「それでね。見てみて五番にサイトリックさんが入っているの。『闇の貴公子』って呼ばれているの」
「『闇の貴公子』ってあだ名なの?」
いつ聞いても、納得のいかないあだ名。
「そうそう。『乙女の花園』の人があだ名を付けるの。それでね、どんなあだ名でも名誉な事なんだって。それだけ、女性に関心されているって事みたい。
将来、有望なんだって。この国の王様も『おこちゃま王』って呼ばれているの。初めはバカにしているのかなって思ったら、その当時に会員だった王妃様が付けたんだって。
二人共、幼なじみで小さい時は王妃様、よく王様に悪戯をされてその腹いせって言う噂よ。それに、この国の王様すごく賢王なんだけど何でも興味を持つ人なんだって。だから、子どもの好奇心って言う意味。でね、本人もそう呼ばれている事知って居るみたい。一度、命名されたら一生その名前で呼ばれるの。
それでね。このリストの一番が『氷の王子』のクムリン様って言う騎士でね。後ね、庶民ではね……第四位になったのがリュウーヒって言う人で『片目の豹』。何か裏の関係だけどすごく格好良いみたい。私も会ってみたい。それより聞いて欲しいのが第二位よ。コナットで『癒しの風』って言うあだ名なの」
どれに反応していいか、全然分からない。
「もう嫌になっちゃう。私が先に目を付けていたのに、こんなに女の子に目を付けられて最悪。聞いて、来年の候補にユートの名前があって『大地の少年』だって」
『大地の少年』……それより、どのあだ名もすごい。みんな想像力が豊かなのかな?
「そ、そうなんだ。皆それを見てどうするの」
「えっ。もちろん、その人を探して見たり。後はね。夢をみるの。例えば、コナットさんとデートして結婚するとかね。けーこは、そんな事しないの」
まあ女の子だし、たまに想像する事あるよね。現実逃避をしたい時に、良く下らない事を考えてしまう。
「うん。たまに」
「やっぱり、そうだよね。女の子だもんね。夢を見るのは、人に迷惑を掛ける訳じゃないしね。っで、けーこの相手はだーれ?」
なんで、こんな話をしているの。
「で、誰?」
ソニの目が怖いよ。絶対ソニとヨネさんは、親子だね。二人には、逆らえない。
「えとね。ベアーさん。でも、ベアーさんは、結婚しているでしょう。だから、今ね。平凡な顔の人探しているの」
なんで、そんな目で私を見るの?
「けーこって平凡が好きなの?」
「うん。好きって言うか美形だと色々大変そうだから。でも、きっと恋を知らないからだと思う」
なぜか、ソニも頷いた。
「そうだね。恋をしたら外見なんて関係無いって言うしね。恋ってどんな感じなんだろうね。ねー、恋をしたいね」
「うん。したいね」
私達は、またお互いの顔を見て笑い出す。