幸せの王子
まあ私は二人の言う通りにした。歯を磨いて部屋に戻ると、ドレリーがソファーに座っていた。私を見た後に私の所に来て私の右手も掴み「おはよう。けーこ。よく眠れたかい」
と言って手のひらにキスを落とす。なぜかドレリーのスキンシップ多くなっている気がする。そう思っていると侍女達の雄叫びがした。どうしたんだろう?
二人の事を無視して、ドレリーと私は二人でソファーに座った。なんでドレリーは、いつも私の横に座るんだろう? 他にもたくさん席があるのに。
「ドレリー、あのね、昨日とその前の亊なんだけどね、ずっと変な態度を取ってごめんなさい。それと、怪我はドレリーのせいじゃないから気にしないでね」
私の右手は、なぜかまだドレリーに握られている。
「そんな亊は別に良いんだ。怪我は私の責任。きちんと責任を取らせて頂きます」
どんな責任なんだろう。もしかして王様に罰を与えられたりして、そうなったら嫌だ。どうにかしないと。
「それより、今日はお詫びの品を持って来たんだ。開けて見てくれ」
ドレリーがテーブルの方に手を伸ばし、私もテーブルを見たらテーブルに白い大きな箱があった。どうしてこんな大きな箱の存在に気が付かなかったんだろう。ついキラキラ朝日の光を浴びて、キラキラ度が増加しているドレリーにしか目が行っていなかった。この世界は、送り物に包装したりリボンを付ける事がない。
いつかそう言う習慣を広めようと思う。贈り物を貰う時その包装を見ただけで、わくわくしてドキドキしてうれしくなる。私は白い箱を開けた。箱の中には、赤いウールのフード付きのマント、ううんちょっと違うかな、フード付きのケープが在った。縁に白いレースが付いていて、留めるリボンがドレリーの目と同じ紫色だ。
「ドレリー。これ……?」
「着てみてくれませんか? 母上と妹にお願いして、見立ててもらったんですよ。けーこに気に入ってもらえたら嬉しいです」
ドレリーがあんまり期待して私を見ているので、ケープを受け取ることを断りきれなかった。私は立ってソファーとテーブルの横に立ち、その赤いケープを着た。いつの間にか、パトリーとテモテシが全身写の鏡を私の前に持ってくる。
鏡に映る私はコスプレ。これって有名な童話の主人公?
「あ、ありがとう。大切に使うね。帰る前にドレリーのお母様と妹にお礼がしたい。会う事出来るかな?」
ドレリーはマントを来ている私を見てニコニコしている。左頬のエクボが見え隠れして、可愛い。それからドレリーと私は、王様に会うために部屋を出た。部屋を出た後、侍女達の話し声が聞こえた。
「見ました、クムリン様が笑っておられましたよ。左頬のエクボ、これは大発見です。すぐに、『乙女の花園』に報告しなければなりません」
「ええ、テモテシ。あの『氷の王子』が女性に贈り物を送るなんて、大事件です」
私は、ドレリーの左腕に右手を添えて駄々広い廊下を歩いている。昨日は、全然周りを見る心の余裕が無かった。今は隣で私の行動を見て笑って居るドレリーを気にせず、高い天井や分厚い窓ガラスや壁や床をきょろきょろ見た。だって、こんな西洋のお城を見る機会は絶対ない。
日本のお城も開放されているお城もあっちこっち(関係者以外は、ご遠慮をお願いします)ってあって、せっかく高い入場料を払っているんだから全部見たいと思うのは私だけなんだろうか。この城で一日見学は無理。
このお城は殺風景過ぎる。すぐにお化け屋敷になれるよ。壁に刀や武器が飾っていて、王道定番の鎧兜甲冑もチラホラ立っている。もちろん鏡も飾られている。
「そうだ! 分かった!」
今までに歩いた廊下の壁に絵が一枚も掛かっていないの。この城に入ってからお花が飾っている花瓶を一つも見ていない。孤児院にいた時はヨネさんが一輪刺しをしていると思っていたら、チビちゃん達が野草を取ってきて机に置いたままにするのでコップに刺していた。こっちの人は、わざわざ花を飾らないのだろうか?
「どうなされました?」
私は、そんなに気にされそうな顔をしていたのだろうか。
「あの、何で壁に絵が飾られていないのかなと思って。それでね、お花は飾る習慣がないのかなと思ったから……」
ドレリーが立ち止まったので私も止まった。ドレリーが私の顔を見下ろした。何この身長差は!
この世界の人は、皆背が高すぎるぞ。首が痛い。あれ、今とっても大事な事に気付いた。この世界の男が背が高いと言う事は、私が平凡旦那と結婚したら、のっぽとちびっこの反対カップルになるじゃないの。ミトヨネのカップルを見て不思議がっている暇がない。ましてはあの乙女小説で愛されている王道の体格差。
私の田舎で平凡旦那との結婚という夢をもう一度検討してみないといけないかも。もしかしたら『独身貴族』いやいや『独身庶民』万歳人生かもしれない。
「そうでしたね。記憶がかけている所があったのですね。すっかり忘れていました。傷がさらに悪化していないと良いです。壁に絵を飾るんですか。どうしてですか」
え!
そこから説明しないといけないの? 自分が当たり前と思っていることが相手にとって違ったりした時にする説明は難しい。
「えーとね。ドレリーはどんな絵を見た亊がある?」
「記録絵をよく見ます。鳥とか獣の記録絵は見ていい物もあるけど、どうしてわざわざ壁に飾るんですか?」
そこから説明をしないといけないの?
「じゃあ、どうして武器を飾っているの?」
「それは、この国の力を誇示するためです」
はい、そうですか。この世界に娯楽を望んだ私がバカだった。
「えっとね、風景画や肖像画や訳の分からない絵とか色を見たり形を観たりその肖像画とかは、その人の人生を想像したら楽しいと思いませんか?
それに、そう言う絵を所事していると言うのは、国の豊かさや文化の基準が高い。お花を飾ることも、その空間 が華やかになり、たまに心が癒されます」
ドレリーの左手が私の右頬に触れた。
「けーこ。私はあなたといると、いろいろなことに気付かされ、一緒にいると楽しくて仕方ない。今まで二十年生きてた中でこんな楽しい日々はありませんでした」
えーと、やっぱりドレリーは二十歳だったんだ。どこをどうしたら同じ年?同級生? 一緒に机を並べた? 考えられないよ。
「きゃー。見てみて『氷の王子』よ。いつ見ても、綺麗」
「あれが噂のけーこ様ね。「パトリー様とテモテシ様の言った通りよ」
「きゃあ、二人ともいい感じですわ。『乙女の花園』に報告しないと」
「私もあんな風に見つめられたいわ」
「ちょっと、静かに。聞こえますよ。それよりこっちに二人が来るわよ。隠れて」
思いっきり聞こえていますよ。『氷の王子』ってドレリーの亊なのかな? パトリーとテモテシの友達だよね。『乙女の花園』って何だろう。すごい名前だと思う。
「おほっん。けーこ、参りましょうか?」
ドレリーが大きな咳をした。おほっんだって。エスコートをするドレリーは、優雅で格好良い。今着ているのは騎士の正装服なんだろうか? 豪奢な銀の刺繍をふんだんに使った黒の騎士姿。
そして床に引き摺る長い光沢のある黒いマントを身に着けている。ドレリーの一本に結ばれている銀の色が綺麗に映えた。今日のリボンは、黒地に銀糸で細かく模様が刺繍され、マントはアメジストの宝石のブローチで留めている。目とさり気なく一緒。
腰には、サーベルだろうか剣を携えていて、足下のブーツも黒々として光沢を放っている。どこから見ても完璧な姿でスマートに私をエスコートした。世の中の女が、ドレリーに熱を上げるのも頷ける。女性的な感じの綺麗な顔だけど男性だと分かるし体も鍛えているのが分かる。
何度か抱き付かれたりした時に、「ドレリーは細マッチョ」と思った。そんな格好良いドレリーの横に、このみそぼらしい私が歩いている。 いつの間に私のワンピースにアイロンをしてくれたのか、今朝服を着た時にスカートが真っ直ぐになっていて、侍女達にお礼をした。アイロンも一仕事。
一応、今来ている服は冬に買った黄色い布でワンピースを手で縫ったもので新着だけど、ドレリーの服のように刺繍とかレースとか何もない簡素なワンピース。さっきドレリーにもらったマントの方がお洒落。でも、このドレスは、裁縫の苦手な私が初めて作った物で大切なワンピース。
今履いているブーツも長旅には丈夫な方が良いと思って、作業の皮ブーツを履いている。もう一つの靴は、王様に会うということをあまりきちんとイメージしていなかったので、孤児院に置いてきた。
出発する前にヨネさんがドレスを新調しようと言った意味が分かった。私の足元も、見すぼらしい。『長靴を履いた猫』はどんな長靴を履いていたんだろう。
たくさんの綺麗な恰好をしている人達の中に行くのが怖くなって、その場に立ち止まった。すぐ目の前には、二つの大きなドアの両脇に正装をした二人の兵が見える。ドレリーも私に合わせて立ち止まった。
「どうしました?」
服装の事を言う事を躊躇い、自分に「猫に出来て私に出来ないはずがない」と変な喝をいれる。王道小説では、こう言う場面ではヒーローが「周りにいるものをきゅうりや人参、かぼちゃやジャガイモと思えば良い」と励ます。くだらなすぎる、そんなことを思うと緊張が解けた。
「ううん、何でも。ごめん、行こう」
私は周りの人を動物に例えようかな?




