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#6 今後の方針

「目、覚めたみたいだな」

大嘴(おおはし)隊長……」


 剛毅のそれに、それまでぼんやりとしていた美咲の意識は一気に覚醒へと向かった。


「ここは……ッ──!」


 身体を起こそうとした美咲の身体に、電流が奔ったかのような鋭い痛みが襲う。

 医務室だろうか?

 消毒液のあの特有の匂いが、毛布に包まれた力の入らない身体をベッドに預けた美咲の鼻腔を、微かに刺激した。

 暫くそうやって身体を休めている内に、気を失う前の事が思い出された。

 目の前に蘇るのは、あの絶望的な光景。膨大なラグナを一瞬にして汲み上げ、それを完璧に制御してのけた技量。

 あれを容易くやってのけた、自分よりも幼い少年。


「私は、負けたのですね……」


 美咲は、独り言のように呟いた。言葉にすることで、それをやっと実感出来た。


 悔しい。ただ悔しかった。


 あの時から死ぬ気で修練を積み重ね、同世代の能力者とは一線を画する力を手に入れる事が出来た自分。

 それでも慢心することなく日々の修練を続け、このまま行けば、いずれこの組織のトップにさえ登り詰めることが出来るとさえ思っていた。


 世界すら救うことの出来る強大な能力者。

 それが目標だった。

 奢りではない。ただ、そう成れるという確かな自信があった。

 だからこそ、自分よりも一回りも若い少年に負けた自分が許せなかった。

 もっと、もっと力があれば……


 だが、そんな美咲の胸中に渦巻く荒れ狂う想いのほんの片隅に、それは存在した。

 美咲は、シュウに対して憤りを感じていたのだ。

 シュウに敗北する直前、美咲は聞いた。


 “そんなに強大な力を持ちながら、どうしてそれを人を傷付ける事に使うのか”と。


 それに対する彼の答えを、美咲が理解することは出来なかった。否、理解したくないと思った。

 けれど、それでも……


「隊長……。私、夢を見たんです。死んだ両親の……」

「…………」

「もう誰にも、私と同じ想いをさせないために……。そう思って今まで努力して、ガーディアンに入って……。でも……」


 今にも泣き出しそうな美咲は、普段の彼女からは想像も出来ないほど弱々しく言う。

 美咲のそれに、剛毅はただ黙っているだけだった。


「私は……。……私は、間違っていたのでしょうか……?

 彼が……正しいのでしょうか?」

「……美咲。お前にとっての力ってのは…………何だ?」


 剛毅は美咲の純粋な瞳を見据え、静かに問う。


「……弱いもの守るための力。何も失わなための力」

「……そうだな。それも間違っちゃいない。ただな、それはお前の場合だ。

 確かにお前が正しいのだろうし、この国にはお前みたいな奴を必要とする奴は多いだろう」


 剛毅はそこで言葉を切って美咲から目をそらすと、ゆっくり歩き出した。


「だがな、それだけじゃ駄目なんだよ。それだけじゃ、お前は大きな光の部分しか見てないのさ」

「……光……ですか?」

「そうだ。そしてお前は、光という表側で生きているのを自覚しなくちゃいけない。それがまず最初だ」


 剛毅は立ち止まると、再び美咲を見る。それに、美咲はこくんと頷いた。


「そしたら、その光から一歩外に出ればいい。そうすれば、お前にもいずれ分かるはずさ、あいつの言ってる事が」


 そういう物なのだろうか?

 美咲にはただ頷くことしか出来ない。


「ですが……。もしそうだとしても、人を殺して罪に問われないというのは、おかしくないでしょうか?」

「そうだな。確かにそれは間違ってる。俺もあいつも。だから、そういう物だと思っていればいい。

 それさえ分かってれば、お前もっと強くなれる」


 美咲はほんの少し考えた後、自分の決意を口にする。


「……私はもっと強くなります。隊長にも、あの子にも負けないくらい……!」


 美咲の決意に剛毅は大きく頷いたあと、にかっと笑った。


「合格だ。お前はきっといい上官になるな、うん」

「ありがとう、ございます……隊長……。でも私、負けたので……」


 目にいっぱい涙を浮かべた美咲は俯くと、肩を震わせて泣き出してしまった。

 流石の剛毅でもこれにはなすすべもなく、ただ呆然とする事しか出来ない。このおっさんは、女性経験が皆無で脳ミソが筋肉で出来ている戦闘狂なのだ。

 そんな二人だけの部屋に、新たに人が入ってくる。


「……剛さんが珍しく人の世話をしてると思ったら……。何泣かせてるの? やっぱり脳筋は伊達じゃないね……

 それに先生もなんだか幼児退行してるし……」

「なっ、別に私は!」


 空のベッドが並ぶ大きな医務室に入ってきたシュウは、おろおろしている剛毅と泣きじゃくる美咲を見てそう言った。

 シュウの黒い髪がしっとりと濡れているところを見ると、どうやらシャワーを浴びてきたようだ。流石にあれだけ動いて汗一つかかないような変態ではないらしい。


「いや、俺はなんもしてないが……」

「剛さん、俺に負けたらガーディアン、クビだとか適当なこと言ってたでしょ」

「あーやべっ……。俺確か言ったな、そんなこと」


 げっとした顔をしたあと、剛毅は一分ばかり考えこみ……


「…………おい美咲、あれ嘘だから安心しろ。お前はクビどころか昇進するんだ、もっと喜べ」

「それだけ考えてそれはないでしょ、あんた……。

 まあそんな感じらしいんで、良かったですね、先生」

「……えっ? 隊長……そんな……」


 美咲の悲痛な叫びに、シュウはまあまあと落ち着かせる。


「剛さんはこういう人だから諦めて下さい。それよりも先生、体大丈夫ですか? 手加減はしたつもりなんだけど……」

「え、ええ……。もう少しすれば動けるようになると思います……」


 シュウの手加減した、という単語にプライドが傷つくが、そんなものさっきポッキリと折られたばかりだ。

 それぐらい今の美咲は素直に受け入れる事が出来た。


 それよりも、先ほど戦っていた相手にこんな風に気遣われると……


 そんな気持ちをごまかすように、美咲はずっと気になっていた事を尋ねる。


「隊長……」

「どうした?」

「その……、隊長と東君ってどんな関係なんですか? とっても親しいように見えますが、まさか親子だったりとか?」

「はははっ、そんな訳あるか! 第一似てないだろ、こいつと!」

「そうですか? 性格も似てますし、なによりお二人共強いですし」

「なあシュウ、俺たち性格、似てるか?」

「さあ……? でも俺は剛さんみたいにテキトーじゃないよ」

「まあ確かにお前頭いいもんな……。ああそれと美咲、こいつは俺よりも何倍も強いからな。無駄に喧嘩売ると速攻で殺されるから気をつけろよ」

「えっ……!」


 剛毅のそれに、美咲は驚きの声をあげる。美咲は以前にも何度か剛毅と戦ったことはあるが、その時は剛毅にただ圧倒されるだけだった。

 今回のシュウと比べてみても、はっきり言って剛毅の方が強いと感じたのだ。


「まあこいつは存在自体が反則みたいなもんだからな。あんま難しく考えるなよ」

「そう……ですか」

「あの先生、なんでそこで納得するんです? こんなテキトーな人の言うこと信じちゃダメですよ。さっき騙されたばっかじゃないですか」

「…………。そうですね」


 その後も続く剛毅とシュウの応酬。美咲はそれを眺めながら、静かに微笑んだ。



 ◇



 俺と黛は剛さんに先導されるようにして、馬鹿げた広さのガーディアン基地内を歩いていた。

 目的地はクラスメート達がいるはずの医療棟。黛が寝かされていたのは訓練棟の医務室で、そことは真反対に位置する場所なのだ。

 基地の中は普通のオフィスっぽい造りになっていて、周りの部屋からは喧騒も聞こえてくる。


 転移系の能力をもった隊員に迎えに来てもらえば早いのだが、生憎今は出払っているらしく、こうして大人しく歩いているのだが……

 俺が走ればいいじゃないかと反論したところ、基地内は走ってはいけないのです、と黛がいつもの真面目くさった顔でそう言ったのだ。


 一体どこの小学校だよ……


 なんてぼやいていると、すっかりいつも通りに戻った黛が口を開いた。


「隊長、東君はガーディアンの人間ではないのですか?」

「違う違う。こいつはフリーだよ」

「……本当ですか?

 私は昨日(さくじつ)フリーの人間のデータバンクを調べましたが、彼のデータは無かったと思いますが……」

「あーそれな……。俺が色々手を回してデータを消してるんだよ。もっとも、シュウが簡単に情報を落としてかないのもあるけどなー」

「……どうしてそんな事を? それは明確な規定違反になると思うのですが……」


 黛の的確な返しに剛さんが唸るが、暫く考えた後、言葉を選びながら慎重に話を進める。


「まあそうなんだが……。結局さ、俺たちじゃ出来ない汚れ仕事ってのがあるんだが、それをこいつらにやって貰ってんのさ」

「例えば……?」

「そうだな……。例えば、裏切り者の処分とか、目撃者の始末とか」


 そんな話を初めて聞かされた黛はすっかり黙り込んでしまう。


 まあ幹部級の連中でもない限りこんなことを知るはずないからな……


 ただ、それを黛に教えるということからも、剛さんの覚悟が伺える。


「ああそれと……」

「まだあるのですか?」

「まだってよりもさ、一番重要な事」

「…………?」

「俺たちじゃ手に負えない未来人(エインヘル)が出たときに狩ってもらうためさ。前にも二回ぐらい総員撤退命令とか出ただろ? まあそん時はこいつらに任せるんだよ」

「……そんな事が許されるのですか? 私たちはそういう時こそ立ち向かっていくべきではないのでは……」

「まあそうなんだがな……」


 正義感にあふれる黛の言葉に、剛毅は言葉を濁す。仕方ないので俺が後を引き継いでやる。


「先生、それで勝てたとしてもさ、一体いくらの犠牲が出ると思います? それで、その責任は誰が取るんですか?」

「それは……」

「結局そういう問題なんですよ。はっきり言いますけど、先生の今の実力じゃ時間稼ぎくらいしか出来ませんから、そういうの出たら」

「くっ……」


 それはちょっと言い過ぎだけど、どっちにしても多分、黛は勝てないだろう。まあ、ラグナ使い同士の戦闘に絶対なんていう言葉ほど宛にならないものはないから、はっきりとは言い切れないけども。


「おーい、そこまでな。着いたぞ」


 剛さんはそう言って茶色の扉の前で歩みを止めた。その脇には部屋の名前が書かれたカードがあり……


「大会議室? 医務室とか言ってたような気がするんだけど……?」

「いやそれがさー、何か移動させられたらしいんだよー。まあとりあえず全員無事みたいだから」


 そういうと、剛さんはおもむろに扉を開けた。

 冷たい風が部屋から逃げ出し、肌を舐める。剛さんと黛の後に続き、俺も部屋へと足を踏み入れた。

 どこの会社にもありそうな会議室だ。大量の椅子と机に、プロジェクター。全体的に黒っぽいもので整えられたその部屋には、見知った顔が四〇個もあった。

 物理室とその周辺で倒れたクラスメート達だ。奥の方には、数人のクラスメート達に囲まれた実と菫の姿も見える。

 突然入ってきた俺たちに部屋中が静かになり、視線が集まる。菫と目が合うと案の定睨まれたが、実はどこか安心したような表情をした。

 全員元気そうだ。だが……


「まさか、覚醒したというのですか……!」


 俺も、部屋に入る前からその気配でまさかと思っていたけれど……

 今、俺の目の前には、能力者(ラグナス)に目覚めた、四〇人のクラスメート達がいた。



 ◇



 今のこの世界では、大まかに分けると四種類のラグナスがいる。


 まず、世界を未来人(エインヘル)から守るガーディアン。

 これは世界規模で展開されており、本部はアメリカのニューヨークにある。俺たちが今いるのはその日本国:名古屋支部だ。

 また、ガーディアンはこちら側の世界でラグナス関連の事件も対処している。一般人にラグナスの存在を知られてはいけないからだ。


 二つ目は、傭兵団や様々な宗派の人間。

 こいつらはガーディアンと連携して未来に赴き、未来人(エインヘル)を狩る奴ら。ただし、優秀な奴は大抵その過程でガーディアンに引き抜かれ、正式な隊員として活躍するようになるが。


 三つ目が、俺たちフリー。

 俺みたいにどこにも所属せずに未来に勝手に赴いて、未来人(エインヘル)を狩る連中の事を指している。ただ、ほとんどの連中はガーディアンに許可を取って時空の扉を使わせてもらっている。

 まあ俺みたいな例外もいるが。

 因みに、基本的に一人で活動しているため要求される実力、危険度と共に恐ろしく高いが、ガーディアンの幹部級と比べても稼ぎは段違い。


 そして最後の一つが、学生だ。



 ◆



 どうやらクラスメート達が覚醒したのは俺の勘違いではないようで、会議室の前の方では黛がラグナスについての話をしていた。剛さんはどうやら知っていたようだが、俺たちを驚かそうと黙っていたらしい。


 あの野郎……

 いや、それよりもこれからどうなるのだろうか……?


「大体分かりましたか、皆さん?」


 黛の話が一段落したようだ。クラスメートの大半は大きく頷いている。

 あなたたちは超能力者になりました、といきなり言われて普通なら、はいそうですかと、そう簡単に飲み込める訳がないのだが、俺と黛が戦っている間にそこらへんの事はみのると菫がクラスメート達に上手く説明したらしく、やけにあっさりと現在の状況を飲み込んでいた。

 また、学校の先生である黛がこうして真剣に説明しているのも大きいだろう。


「それでは、あと二つほど重要な事があるのですが……」


 黛がそこで一度言葉を区切り、全体を見渡した。

 重要な事……。つまり、これからどうするかという事。

 一つは学校のことだろう。だが、もう一つは……?


「これからの皆さんについてですが、まず未成年のラグナスは原則として能力者育成機関に入らなければいけません。

 日本には東京と福岡にそれがありますが、皆さんには東京の学園に転校してもらうことになります」


 黛のそれに、全員がえっという顔になる。転校しろなんて言われれば当たり前だ。

 だが黛は、そんな生徒達を安心させるようにもう一言付け加えた。


「ですが、この件については今すぐ決める必要はありません。

 私たちも出来るだけの事はしてみますので、そこまで深刻に受け止める必要はありませんよ」


 そう言って柔らかく微笑む黛に、クラスメート達は胸を撫で下ろしたようだった。


 だが、果たしてそんな上手くいくだろうか……?


 もしもこのクラスメート達の中に逸材がいれば、学園側は何としてでも手に入れたがるだろう。

 そもそもこんな特殊な形で集団覚醒する例だって今までにないだろうから、それだけでも十分研究対象になる。


 ああ、めんどくさい事になって来たな……。でも、それまでに目的を達成してさったとここら消えればいいだけの話か……


 そんな事に思考を傾けていると、黛が再び話し出す。


「さて、もう一つの事ですが……。まず、最低限のラグナの扱い方は学んで貰いたいと思います。

 皆さんもこんな事、出来るようになりたいですよね?」


 そう言って黛は、実に見せた時のように幾つかの光球を生み出すと、さらに火の玉や水の玉も創って見せた。

 これにはクラスメートの男どもがおぉと騒ぐ。女子も声高にきゃあきゃあ喚く。

 こんなのを見せられたらやるとしか言えないだろう。

 俺が呑気にそれを観察していると、最後に黛が衝撃の一言を放つ。


「ですので皆さんにはこれから──()()()さんの道場に通ってもらう事になります」



 ──はっ?!



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