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#4 ラグナ爆発

 教室のドアを開けると、おはよー、とクラスメート達から声をかけられた。

 俺はそれぞれに適当に挨拶を返すと、自分の席へと向かう。途中で菫と目があったが、軽く睨まれただけで済んだ。昨日の件で、まだ少し拗ねているらしい。

 実は何をやってるんだか……

 チャイムが鳴ってすぐに担任がやって来て、ショートホームルームが始まる。


 いつもは遅れるのに珍しい……


「俺から連絡する事は特にないな。テストが帰ってくると思うからしっかり復習するように。

 それと、一時間目は物理教室だから遅れずに移動しろよ。今サボると成績下がるからなー」


 担任はそれだけ言うと、またすぐに出て行ってしまった。


 物理室か、遠いな……


 そう思いながら物理の教科書やノートを取り出していると、いつも通り実に声をかけられた。


「なあシュウ、一緒に行かないか?」

「……菫と行けば? またあいつの機嫌が悪くなると思うけど……?」


 こいつホント学ばないよな……


「いやそのさ……、菫の誕生日プレゼントのことで……」

「……少しは自分で考えろって……。そもそも何で俺に聞くか分からないけど。俺よりも他に適任がいるでしょ」

「でもシュウの方が菫の事知ってると思って……。ほら、従兄妹なんだし」


 実のそれに、俺はたっぷり一秒ほど固まった後口を開く。


「……何でそれを? 俺は言った覚えないんだけどな……」


 菫と俺が兄妹という事実は学校側ですら知らないことだ。だとすれば……


「菫か……」

「うん。道場で稽古してる時にさ、菫がこっそり教えてくれたんだ」


 実際の所俺と菫は腹違いの兄妹であって従兄妹ではない。あいつが実にそう言った理由は、俺をそうだと認めたくないからかもしれない。


「そういえば実って門下生だったな……」


 それを今更ながら思い出した。

 春日部家は、ラグナと武器術を織り交ぜた二天流という流派の名門として栄えてきた家だ。今もなお全国各地から弟子入りに来ると言えばその大きさがわかるだろうか。

 表向きも武術の道場として知られており、剣道や薙刀、弓道など武器を扱う武道なら何でも教えられるため、意外と一般人の門下生も多い。

 そして実もその内の一人で、それが理由で菫と知り合ったのだ。


「実って何時から剣道やってたんだっけ?」

「えっと、確か小学校の三年生だったかな……。どうしたの急に?」

「いや、ちょっと気になっただけ。何でもないよ」


 俺があの家にいたのは七歳、つまり小学校二年の時までだ。俺はそれから四年以上もの間あの施設で地獄を見続けて、ちょうど高校に上がる時にある事情でこっちに帰ってきたから、実とは面識のない兄弟弟子ということになる。

 因みに、実とは四月の最初の席順でちょうど隣になったことから仲良くなっただけで、その時はまさか実と菫がそんな関係だったとは知らなかったのだ。


「それで、菫のプレゼントって何がいいかな?」

「何をプレゼントしても喜ぶと思うんだけど……。それに、俺は菫の事全く知らないから」


 これは本当だ。あの家にいた頃だって、菫は俺をただ邪魔で気に入らない存在としか思っていなかっただろうから、会話なんて数えるほどしかした事がないのだ。


「うわ、あっつ……」


 そんな話をしている内に物理教室に着いてしまった。

 この学校は教室棟と実験棟が別れており、なおかつ物理教室なんて二年の教室からだと移動に休み時間の半分もかかる。

 それに夏は蒸し暑く冬は凍えるように寒いため、一部の生徒たちからは地下牢と呼ばれているほど。

 教室棟はクーラー完備なのに対し、実験棟にはクーラーがない、またはあっても壊れているかのどちらなのだ。

 物理の授業は席が自由なので、実と俺はとりあえず窓を全開にすると後ろの方に座った。俺たちの後から、クラスメート達がぞろぞろと入ってくる。


「そういえば、まだ先生来てないなんて珍しいね。あの人、実験大好きなのに……」

「そういえばそうだっ……た……」


 その時だった。大地に眠る莫大な【ラグナ】の奔流が俺たちを襲ったのは。

 地球内部を流れる流動的なそれが、突如、指向性を持って地上へとその猛威を振るう。それがラグナ爆発であり、それはさながら火山の噴火に似ていた。


「……なっ……! ごほっごほっ……!」


 地下から押し寄せるラグナの激流が身体に無理やり押し入り、息が詰まって何度も咽せる。電撃を浴びたような衝撃が全身を駆け巡り、一瞬意識が朦朧としかける。

 重たい倦怠感が身体にのし掛かるが、霞んだ意識をはっきりさせるように頭を振ると、俺は目を開けた。


「…………」


 蒸し暑いこの教室に、三〇人に近いクラスメート達が倒れていたのだ。実も例外ではない。廊下にもあと数人は倒れているはずだ。

 その全員は、恐らく今のラグナ爆発によって昏倒したのだろう。

 ただし、俺ともう一人を除いて。


「ああもう何のよ、今の!」


 すると、今ので気を失わなかったもう一人の人物──菫が、いらただしげに叫んだ。

 菫もラグナの使い手だ。何とか持ち堪えることが出来ても不思議ではない。

 そんな菫は俺と同じように教室を見渡したあと、俺の傍らで意識を失って机に突っ伏している実の姿を認めたのか、こちらに駆け寄ってきた。


「……実!」


 机に倒れ込んだままの実を両手で抱え込むように抱きしめると、俺の方を見た。


「無事だったんだ。珍しいわね、あんたみたな出来損ないが」

「……何とかね。それと、そんな言葉使いだと実に嫌われると思うけど……?」

「黙りなさい!」


 倒れた生徒たちを尻目に、俺と菫は睨み合う。

 まったく、この異常事態に何をやってるんだか……


「それで、さっきのはなんだったのよ?」

「いや、ただのラグナ爆発でしょ……。最近、こういうの多いらしいし」


 昨日訪れたお屋敷の女主人の忠告のことを思い出しながら、俺はそう答える。

 彼女曰く、最近ラグナの均衡が危うくこれが暴走の兆候かも知れないという。

 ただ、あの未来の地球は今から少なくとも三百年後の姿と言うのが現在の定説なので、今すぐに地球が滅ぶというわけではないと思うけど……


「うっ……」

「実、大丈夫?」

「す、菫……? あれ、なんで……」


 そんな話をしていると、菫に抱えられた実が呻く。


 ──おかしい。


 一般人である実があのラグナの爆発をまともに受けたのにも関わらず、こんなに早く意識を戻すというのは流石に速すぎるのではないだろうか?

 教室を見回してみるが、倒れているクラスメート達はまだ当分起きそうにない。


 ということは実だけが特別なのか……

 いや、もしかして……?


「お前、実と稽古する時ラグナ使ってたろ?」

「何よ、悪い?」

「はあ……」


 俺は呆れたようにため息を零すと、頭を振った。

 やっぱり……

 普段からラグナの余波を受けていたから、実も少しは耐性が付いていたのだろう。

 一般人に対してそんな事するなんて何考えてるんだか……


「で、これどうするのよ? あんた先生呼んできなさいよ」

「ん? いや、その必要はないと思うけど……。これだけ大規模な爆発なんだから流石に気づくでしょ、あの人だって……」

「あの人? 誰のことよ、それ」

「えっと、なんて名前だっけ……。というかほら、そんな事言ってる間に来たよ」


 俺は、教室の前の入口を見る。

 何言ってんのこいつ……というような顔をしている菫が、俺に釣られてそちら見た時……

 いつもの白衣を着た、あの学校医が教室に入ってきた。


「これは……」


 クラスのこの惨状を見た彼女は顔をしかめると、唯一無事な俺たちを見た。

 菫から俺へと視線を移動させ、一瞬驚いた顔をする。けれど直ぐにいつもの冷静な表情に戻り、やがて口を開いた。


「事の経緯を聞かせて貰えないかしら?」



 ◇



「なるほど、やはりそうでしたか……」

「それにしても驚きました。まさか黛先生がガーディアンだったなんて……。私、全く気がつきませんでした」

「出来るだけラグナを抑えていましたので。それよりも、これをどうするかですか……」


 学校医こと(まゆずみ) 美咲(みさき)と俺たちは、物理教室の細長い机を挟んで向かい合っていた。倒れた生徒達をそのままに──彼女曰く無理に動かすのは危ないのだとか──、俺たちは黛に一部始終を話す。

 と言っても、ほとんど菫が喋っていたが……


「もうすぐ来るはずなのですが……」


 黛が呟いたその時、廊下から複数の足跡が聞こえてきた。


「すみません、遅れました!」


 入ってきたのは、黒を基調とした戦闘服を身にまとった五人のガーディアン達。全員男だ。

 どうやら、黛が呼んだようだ。


「少し遅いですが……今回は多めに見ましょう。とりあえず、生徒達を本部の医療チームの所に運んで貰えませんか?

 一般の医療機関にかかられては面倒なことになるので」

「了解です。それで、そっちの方が……?」

「ええ、春日部菫さんよ。さあ、分かったらさっさと仕事してください!」


 ガーディアン達は俺たちを見る。

 菫は春日部家の当主の長女だ。次の当主候補の中でも最有力なのが菫なのだから、ガーディアン達でなくともそんな人間と少しは関わりを持っておきたいとは思うはずだ。

 それに、性格はともかくとして、外面だけを見れば美少女と言っていいだけのものは兼ね備えているのだ。あわよくば……と考えていても不思議ではないだろう。


「その子達が目を覚ましても、暫くは外に出さないようにしてください。後で私が対処しますので」

「分かりました」


 ガーディアン達がそれぞれ何人かのクラスメート達に触れると、その姿が霞み、そして消えた。

 かなりの人数がいたこの教室には、一瞬にして俺たち四人だけとなる。


「空間転移……。それも五人全員」


 菫が呟く。

 空間転移、瞬間移動の能力を持ったラグナスはそこまで珍しくはないが、今までに見たことが無かったのだろう。


「その通りです。さてそれでは、私たちも行きましょうか」


 黛は言った。残った俺と菫、そして実に向かって。



 ◇



 俺たちは今、保健準備室という聞いた事のない場所へと向かっている。黛を先頭に、菫と実が並ぶようにして歩き、俺はその後ろを黙って歩いていた。 

 今はどのクラスも授業中なだけあって誰にも会わない。そもそもこの実験棟は地下牢と呼ばれるだけあって、生徒も、そして教師すら近づこうとはしない。

 ここに来るのは実験大好きな頭の狂った先生と、それに泣く泣く付き合わされる哀れな羊達だけなのだ。


「実、大丈夫?」

「う、うん。でも何か身体がすごく軽くなった感じがして、ふわふわするんだ。それになんだか菫の周りが光って見えるし……」


 どこか覚束無い足取りの実が菫にそう返すと、前を行く黛が振り返った。

 そんな実を支えながら歩く菫は、どうしよう……、と言った感じで困った顔をすると黛を見た。


「そうですね……。何から話せばいいか……」

「そんな深刻なことなんですか?」


 意味深な黛の言葉に、実が余命宣告を受けた患者のような顔をする。

 もっと別の言い方をすればいいのに……


「いえ、むしろその逆です。簡単に言えば、あなたは超能力者になってしまったんですよ」

「……超能力?」

「ええ、例えばこんな感じで……」

「えっ……!」


 そう言って黛は手の平を上に向けると、バスケットボールほどの大きさの光の玉を出現させた。

 ラグナを光に変換させたのだろう。それぐらいなら、練習すれば誰だって出来る。

 まあ俺がまだ春日部にいた頃は、俺は全く出来なかったけれど。

 ただ、今はあんなの普通に出来る。というか、出来なきゃあの施設で最低限の生活が手に入らなかったのだから。


「……それが超能力ってことですか?」

「正確には超能力みたいなもの、ですが。まあ、これは基本的な事なので春日部さんも出来るはずですよ」

「……菫?」

「私、これあんまり得意じゃないんだけど……」


 実に促された菫は、口ではそう言いながらも、黛と同じように光球を出現させた。ピンポン玉サイズのものを、大量に。

 薄暗い廊下が、明るい光で満たされる。

 これはラグナ操作の修行みたいなもので、俺も小さい頃やらされた。

 サイズを小さくすればするほど綿密なラグナのコントロールが要求されるものだが、菫はいとも簡単にそれをやってのけてしまう。

 それは一重に才能のおかげだろう。

 そんな菫を見た黛は、感心したように目を細めた。


「どう、実。綺麗でしょ?」

「う、うん……。でもどうして菫も……?」

「え、えっとね……」

「神谷さん、世界には私たちのような人間が少数ですがいるんですよ。また、こういうのは血筋が大事でして、春日部さんの家は日本では有名な能力者の一族なんです」


 黛のそれに、実がへぇ……と感心したように呟いた。


「まあそういう事なんだけど……。結局、血筋なんて関係ないのよね……。たまに無能も生まれて来るぐらいだし……」


 そう言うと菫は、侮蔑のこもった目で俺を見た。それに釣られて、実と黛も。


「……シュウ?」

「あんまり気にしないで。俺はもう春日部じゃないからさ。それよりも、地面から何か感じないか? こう、脈打つような……」

「う、うん。さっきから気になってたんだけど……。これ何?」

「それはね、【ラグナ】っていう地球に眠るエネルギーなの。やっぱり実も分かるようになったんだ!」

「ラグナ……って菫そんな抱きつかないで!」

「春日部さん、悪いんだけど続きは向こうに着いてからでいいかしら?」


 黛が、いちゃいちゃし始めた実と菫を遮る。保健室に着いたのだ。

 中には誰もいない……と言うより、そもそも保健室ですら無かった。まあなんというか、保険準備室という意味不明な単語が体現された部屋がそこにあった。

 丸テーブルにはノートパソコンやその他の機械類が置かれ、その隙間を埋めるようにして束になった紙の資料が乱雑に載せられている。床には機械のコードが何本も這っていて、うっかりすると引っ掛けてしまいそうだ。


「うわぁ……」、「先生……」と、実と菫がそんな声を上げながら黛を残念そうに見るが、流石にこれだけやってれば仕方ないと思う。

 黛は、若干頬を赤く染めながらこほんっとわざとらしく咳をすると、いつの間にか手にしていたスマホを操作する。

 途端、音もなく部屋の隅の床が動き出し、下に続く階段が出現した。


「先生、せっかく美人なんですからこの部屋ももっと綺麗にしません?」

「仕事が忙しいので……。それに、ここは基本私しかいませんし。さ、こっちです」


 そんな菫の質問に黛が答える。

 いや、そういう問題じゃないだろ、これは……

 なんて思っていると、黛は階段を下りていってしまった。そのあとを、俺たちは慌てて追いかける。


 階段を下りた先には、家具や調度品など一切ない六畳ほどの真っ白な部屋があった。そして、床には宝石ようなものが埋め込まれている。


「これは……魔法陣? それにこの形、家にある古い文献で見たことがあるような……。ああ、もしかして転移の陣?」


 幾何学的な紋様を描く、床に散りばめられた無数の宝石──核晶(レクスタス)を見つめていた菫は、しばしの黙考の後そう口にした。

 菫の呟きに、黛は首肯する。

 いや、そもそもこんな行き止まりにある魔法陣なんて、それぐらいしかないろだろ……と、思ったが勿論口にしない。

 何となく実の方を見てみれば、実も俺と同じことを思ったのか呆れたような笑みを浮かべていた。


「その通り、これは転移専用の魔法陣です。……が、行き先は本部のみです」


 そう言って黛は大地よりラグナを汲み上げると、その魔法陣へと流し込み始めた。

 あと数秒もすれば魔法陣が起動し、俺たちをガーディアン達の根城へと運ぶだろう。

 なり行き上仕方がないとはいえ、あそこにはあまり行きたくない。既に何人ものガーディアンを殺しているのだから、当たり前だ。

 まあ、ガーディアン上層部の一部の人間と俺は仕事の契約をしているので、状況が悪くなったら向こうから会いに来るだろう。


「さ、行きますよ」


 黛がそう言った途端一気に身体が軽くなり、魔法陣に吸い込まれていくような感覚に襲われる。転移が始まったのだ。

 視界が真っ白に染まり、頭の中をノイズが駆け巡る。

 そして次の瞬間……

 俺は、どことも知れぬドームにいた。


「うわぁ……やられた……」

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