#2 苦悩
「どうなっているのですか……」
ガーディアン本部の一室で、一人の女性が憂いでいた。艶のある黒髪を肩まで伸ばした彼女は、もう一度その報告書を見る。
そこには、今回の遠征で出た犠牲者の数が記されていた。そして、数多くの報告がある中でも一際目を引くものが、そこにはあった。
三〇人規模の部隊の内、その八割がたった一度の戦闘で殺されたという。
それも、未来人達にではなくフリーの人間に。
「どうして彼らは……」
その掠れた声は、静寂に満ちた一室に虚しく響いた。
こちら側の人間が時空の扉を通って未来に行くことが出来るのと同様に、あちら側を彷徨う未来人達も現代へと渡ることが出来る。
そうして訪れた未来人は見境無く一般人を襲い、時には自分の仲間を増やしていく。
そんな災害を未然に防ぐのが、ガーディアンの仕事だ。
だが二〇年前、当時のガーディアン達の失態により日本中を未曾有の大災害が襲った。
そして、彼女──黛 美咲は、両親を失った。その時彼女は決意する。 もう誰にもこんな思いはさせない、と。
「なのにどうして……」
故に、彼女は分からなかった。彼らは何故、我々ガーディアンと敵対するのか。何故、戦うべき者を間違えるのかが。
だが、それは当たり前だ。
彼女は、世の中には二種類の人間しかいないと思っているのだから。
守る者と、守られる者。
そして、力のあるもの──ラグナスは、その力を力なき一般人のために振るわなければいけないと。
「私はどうすれば……」
そう呟いた時だった。来室を告げるベルが鳴った。当然彼女は許可する。
音もなくドアがスライドし、若い男性が入ってくる。美咲の部下だ。
「黛さん、これを」
彼女よりも十歳は年上に見える男は、手に持っていた書類を美咲に恭しく手渡した。美咲はそれに目を通し、そして微かに絶句する。
「これは……。あなた、どうして……?」
「上官をサポートするのが私の仕事ですから」
「でも……」
「それについて、自分はまだ上に報告していませんので、それをどうするかは黛さんの自由です。
それでは……」
彼はそう言うと、そそくさと部屋を出て行ってしまった。かなり無礼な振る舞いだが、美咲はそれを咎めなかった。
一人残された美咲は、僅かな逡巡の後、決意する。
「いいでしょう。この国のためにも。それになにより──」
この少年のためにも、この子を正しい方向へと導いてみせる、と。
美咲は、もう一度その資料に目を落とした。
そこには、一人の少年のプロフィールと一緒に一枚の写真がクリップで止められている。
高校の制服を着た、黒い髪を目元まで伸ばした少年。
そしてなんという偶然だろうか。
その制服は、美咲が勤めている高校のものだった。美咲は教師であり、ガーディアンでもあるのだ。
少年の引き込まれそうなほど真っ黒なその瞳には、絶望と憎悪、そしてそれらを飲み込むように強い執着の念が渦巻いているのが見てとれる。
東 修。
それが、先の戦闘で二二人のガーディアンを屠った少年の名だった。