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星並べ  作者: 月夜
9/69

季節外れの子  9

 聞き込み場所から戻る道すがら、目に付いたケーキ屋にティーブは飛び込んだ。

 ケーキなど、ここ十数年一度も口にしていない。何がいいのかわからないので、端から順に箱に詰めさせた。

 えらく大きな箱になってしまったが、構わない。一度に5個ものケーキを食う奴だ。このくらいにしなければ驚きもないだろう。

 

 21階フロアで、思わず緑色の頭を探してしまった。雛が慕うあの親鳥ならば、こういうときの対処法も知っているかと思ったのだ。

 だがこんなときに限って見つからない。ついでにと、水色の頭を2つ分探すがこちらもいない。

 水色の方は事件が解決しそうだと言っていたことを思い出す。緑の方も、解決したのかもしれない。


 援軍を得られず、仕方ないかと第3班が押さえてある取調室兼会議室の正式名称を持つ、捜査室へと向かう。

 数十ある取調室は、事件が入った班から早い者勝ちで、捜査室として押さえていく。1班に一つがルールだが、全ての班が事件に入っても十分な数が確保されているわけでもない。確保できなかったところは各フロアにある係室、通称大部屋の一角で我慢していた。


 入り口脇にあるパネルを操作して室内に入ると、そこは暗闇だった。

 目が慣れてくるにつれ、窓から差す隣のビルからの僅かな光で人がいることがわかる。


 いつもティーブを見ると明るい笑顔を向けてくる少女は、室内灯を点けても気づかない。

 さらさらと、音を立てそうなまっすぐの黒髪。微かに上気した頬、小さな紅い唇をきゅっと結び、大きな黒い瞳で机上の球体を見つめている。

 時々、深雪がそれを取り出して眺めているのを見たことがある。どういう仕掛けなのかはわからないが透明な球体の中でくるくると動く、5つのカラフルな玉をきれいだと思った。


 真剣な表情で球体を見る子供を驚かさないように、閉めたドアに背を預け、後ろ手にノックした。


 微かな音に気づいて、深雪が顔を上げる。ティーブと目が合い、はっと息を飲んだのがわかった。その瞬間、机上の球体がころころと転がる。机の上を転がっていく球体を、小さな手が慌てて押さえた。


「食え」

 他にいい言葉が見つからず精一杯無愛想に、手にした箱を子供の鼻先に置いた。

「え……?」

 呆けた顔を笑ってやり、ティーブは箱を開ける。途端に広がる甘い香り。いい匂い、というのだろうが、ティーブは迫り上がってきた胸焼けを押さえ込んだ。


 ティーブが蓋を開けて差し出した箱を、深雪がじっと覗き込んでいた。

 中には沢山のケーキ、ケーキ、ケーキ。生クリームがたっぷりのったものや、カスタードクリームがいっぱい詰め込まれたものがある。冬の星、惑星メイルでは珍しい、果物がふんだんに使われたタルトもあった。

 深雪は白い箱に書かれた店名を確認し、きらきらとした目でティーブを仰ぎ見る。


「すっごぉい! ミクセルだぁ!」

 何を言われたのかさっぱりわからないが、喜んでいるのでよしとしよう。気軽に入るのには勇気がいるほど、女で溢れた店だった。白とピンクの店内は、男の入店を端から拒否しているかのようだったのだから。

「見ていないで、食え」

 そう言って、フロアで買ってきたジュースも渡す。

 ティーブたちがいま占拠している捜査室には、ライオネルが持ち込んだコーヒーメーカーがある。豆に拘るライオネルのおかげで、いつもうまい珈琲が飲める。だが深雪が珈琲を飲んでいるのを見たことがない。

 だから多分、こういう甘いジュースが好きなのだ。


 ティーブが差し出したジュースとケーキを、深雪は礼も言わずに受け取り、さっそく口をつけた。

 馴れ馴れしくて図々しくて、礼儀がない。敬語も使えずタメ口で、いつもちゃらちゃらしていた。


 ティーブにしてみれば理解しがたいその姿も、少年課の刑事に言わせると普通なのだという。

 最近の子供の、普通の姿なのだと。



 全員が全員そうではないだろう。

 そう言ったティーブに苦笑いして、その刑事は言った。


「ちゃんとした親がいて、ちゃんとした躾をされている子供は、礼儀もあるし敬語も使う。大人に対する遠慮もあるし、他人との適切な距離感もある。だがな……親がいても放任されていたり、もとから親がいなかったり、そういうので非行に走る子供には共通点がある。それはな、他人との距離感が全く掴めていない、ということだ」


 そう言われて気づく。

 深雪に対する違和感は、距離感の無さだった。


「ちゃんと愛情を持って躾されていても、反抗期で非行に走る奴はいる。だがそういう奴は、どこかでストップが掛かるんだよ。俺たちが補導しても、時間をかけて話していくと心を開くし、話を聞くし、話もする。敬語を使え、と言ってやると、はい、と答えるんだ」


 少年課のベテラン刑事は小さく溜息を吐くと、続けた。


「一番やっかいなのは、成長の過程で必ず必要とする大人の手を、全く借りずに育った奴だ。食い物だけを与えられ、転がされていたような奴だ。……こういうのはな、常識が通じない。こう言えばこうするだろう、という俺たちの常識が通じない。言葉を言葉通りに捉えたり、裏を読み過ぎたり、読まなかったり。誤解を与えないような態度と言葉で長期間かかわっていかなきゃ、心を開かないんだ」


 そう言って、ティーブの目をじっと見た。


「少年課の事件ではRSP捜査官の力を借りるようなことはまずないが、お前たちは日常的に関わるだろう? だからな……まあ、何だ。少しでも気が向いたのなら、知っておくのも損じゃない」


 刑事はカップの中身を飲み干すと、くしゃりと潰してゴミ箱に捨てた。


「RSP捜査官てのは、力を持つディセだ。力を持つディセは、親に捨てられることが多い。ディセ専用の孤児院や乳児院に拾われるが、そこでも温かい愛情なんてものは得られないことが多い。……他人に対する距離感が無さ過ぎる奴てのは、心の底では全く他人を信用しちゃいないんだ。そのくせ、誰よりも他人を求めている。愛されたいと渇望しているのに、どうすればいいのかわからない。他人が示す好意を過剰に捉えたり、疑い続けたり。……そういう奴と長年付き合ってきた俺でも、複雑怪奇だと思うことはあるよ。一人として、同じ心理を持つ奴はいなかった。だが、ただ一つ言えることは……こっちが代わりに泣いてやりたいくらい、哀しい過去を持っているということだ」



 箱の中のフォークも使わず、手掴みでケーキを食べ出した深雪を見下ろしながら、こいつの過去はどういうものなのだろうと思った。

 たかだか15年ばかし生きた子供の過去に、何があるというのだろうか。



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