季節外れの子 8
8人目の被害者が出た。
オータでの連続殺人としては、被害者の数が少ない。マスコミは8人程度では食いつきもしないが、遺族にしてみればそんなことは関係ないのだ。
8人目の被害者は、13才の子供だった。
死亡推定時刻は午後1時から午後3時となっていた。まだ日がある時間帯だ。
目撃証言が得られるかもと被害者が通っていた、学校周辺を聞き込んでいたティーブが一番始めに捜査本部に戻る。
その日の朝、遺族に罵られていた深雪の顔が頭から離れない。
いつもならば、そんなことはしなかった。
捜査は刑事が行うもの。RSP捜査官は、容疑者がディセと確定し、取り押さえる場面を向かえなければ出てはこない。
それが、いつものことだった。
だが仕事と遊びの区別が付かない深雪に、いままで生きていた被害者がいるのだと教えるため、8人目の被害者に会わせることにしたのだ。
遺体となった、13才の被害者に。
深雪と同年代の被害者。その無残な遺体までは見せられないが白い布越しにでも会わせれば少しでも、意識を改めるのではないのかと。
そう考え、オータ警視総合本部庁舎の隣にある、鑑識局庁舎へ連れて行った。地下の、遺体安置所に。
3人の刑事が揃っていたが、輪やライオネルは見えていないのか、ティーブと一緒に出かけられると馬鹿みたいに騒いでいた。
ティーブが何度振り払っても腕に抱きつこうとする。煩い子供は周囲の空気が読めないまま、賑やかに笑いながら遺体安置所に入った。
オータはけっして治安のいい都市ではない。限られた土地に人々が密集して暮らす、惑星メイルの犯罪率は高い。
地下にある遺体安置所は10部屋あるが、それぞれの部屋には常時、20を超える遺体が安置されていた。時折、一部屋に50体をも詰め込まれ、文字通り遺体でひしめき合っていることさえある。
視野の狭い子供でも、この部屋に入り、遺体を見れば黙ると思っていた。自らの遊び心を反省し、子供なりにでも真摯に事件に向き合うだろうと。
綺麗な遺体ばかりではない。子供に見せるのはどうかと、ライオネルは最後まで渋っていた。だが何度注意しても捜査の邪魔をする深雪に、態度を改めさせるのにはいい薬だと、輪が言い切った。
ティーブもやり過ぎかと思う心がないでもなかったが、輪の言葉もわかるので同意した。
ちょっと見せて、反省させて、そしてすぐに戻ろうと。いつもの捜査室に戻り、甘いものでも食わせてやればいいと思っていた。
まさか遺体安置所に、被害者遺族がいるとは誰も考えなかったのだ。
遺体安置所に入る手続きをしたときも、窓口職員は遺族がいるとは一言も言わなかった。
そもそも、いくら遺族といえども、他の遺体もある安置所に入ることはない。関係のある遺体だけを別の個室に運び、そこで対面させるのが常だった。
だから何の手違いでこういうことが起きたのか、ティーブにもライオネルにも、もちろん輪にもわからないことだった。
だが、それはすべて結果論だった。
わずか13才で命を絶たれた娘の遺体に取りすがり、泣き続ける両親。それを見ても、深雪はへらへらと笑っていた。
こいつは頭の神経がどこかおかしいのか。ティーブはそう訝りながらも、遺族に請われるまま捜査状況を説明した。
無惨な殺され方は話せない。ただ、連続して起きている犯行であること、いままでは成人女性が被害者で、犯行は夜であったということ。
そして、容疑者はディセであること。
ディセが容疑者だと告げたとき、被害者遺族は深雪を睨みつけた。
深雪はいつものようにRSP捜査官の制服姿で、誰が見てもディセだとわかる。その深雪を、遺族は燃えるような目で睨みつける。母親はその口から毒を吐き、父親は殴りかかろうとした。
遺族の怒りは凄まじく、ティーブとライオネル、2人がかりで父親一人を止めるのも苦労するほどだった。母親は半狂乱となり、輪が押さえていた。
2人とも、刑事たちに押さえられながらも口々に深雪を罵っていた。意味のない言葉を、理屈に合わない言葉を。
犯人がディセだろうという情報だけでなぜ、この世のディセ全員が犯罪者で、全員を殺さなければならないのか。
犯人がディセだろうと言っただけでなぜ、目の前の、犯罪者を取り締まる側のディセ、RSP捜査官に死ねと叫ぶのか。
惑星メイルだけでも、殺人者の僅か1割がディセであるに過ぎない。それなのに、この世の犯罪は全てディセのせいで起こり、彼らがいなければ平和が訪れるかの如く叫ぶのか。
惑星メイルは保守的な星だ。ティーブも輪もライオネルも、この星で生まれ育った。ディセに対する差別が強い星でもある。
自分自身にも差別心はある。自覚はしていた。この程度ならいいだろうと、思ってもいた。
だが自分が小石程度だと思って投げつける差別を受け止められないほどの痛手を、相手が既に受けているとは思わなかった。
もし深雪が、子供にしか見えないこの少女が、日常的にあれほどの憎悪をぶつけられているのだとしたら。
そう思うと、胸がつきりと痛み、心が冷えていった。
2人の大人が悪し様に罵る修羅場の中、深雪は一言も弁解せず、ただへらへらと笑っていた。
笑ってはいたが、それは面を着けたような顔で、そこからは一切の感情が読めなかった。
だからさすがのティーブも、少女の笑顔がただの笑顔ではなく、自らを守るために貼り付けている笑顔なのだということはわかった。
多分、落ち込んでいるのだろう。慰めてやりたいのだが、何も言わない相手にどうすればいいのかわからなかった。
本部庁舎に戻る道でも深雪は笑ったままで、歌っていた。いつも歌っているあの歌だ。街中に流れている流行歌で、リズムだけを楽しむような、意味のない歌詞。
軽い声の女性歌手が歌っているその歌は、女子中高生に大人気だ。字で書かれた歌詞を目で追わなければ全く耳に入らないほど、ふにゃふにゃした感じで歌われる。
何がいいのかティーブにはさっぱりわからないのだが、まあ、楽しそうだという感じだけは受ける。
女性歌手のカラフルな衣装を真似する者も多い。黒一色を纏った深雪がぴょんぴょん飛び跳ねながら歌うその姿でさえ、楽しそうに見えた。
だがいま、この少女の身に何が起きたのかを知っている3人の大人の目からは、それは、歪な楽しさに見えた。