季節外れの子 7
「やあ」
緑色の頭が見えたのでさっさと通り過ぎようとしたのだが、呼び止められてしまった。
190近いこの身長ではどうしても人目を引く。無視しようとしたが、逃げているようで癪に障り、足を止めた。
「……何だ」
「また難しい顔しちゃって。まあまあ、座っていきなよ」
日々忙殺されていく刑事たちの巣窟で、出番まで談笑を続けるRSP捜査官。こいつらが嫌悪されるのは何も、ディセだからという理由だけではない。
捜査が大詰めとなり、いざ捕り物となっても、被疑者が一般人だと見定めるとRSP捜査官は一切手出ししない。
そういう決まりなのだとわかってはいるが、反則だろうと言いたくなるような重火器を被疑者が持っていたとしても、それで刑事たちに負傷者が出ていたとしても、こいつらは修羅場をぼんやり見ているだけなのだ。
ティーブは足音高く近寄って、上から威圧的に見下ろしてやる。フェンの隣に黒い制服が見えたので、てっきり深雪がいるのだと思って。
だが雑多な人混みを避けて近づくと、黒い制服の上には水色の頭が乗っていた。それがふたつ並んでいる。ずっと前にティーブも組んだことのある双子のRSP捜査官だ。名前など端から覚えていないが。
「何か飲む?」
「いらん」
フェンの好意を即答で切り捨てる。水色頭の双子は、ティーブをじっと見入っていた。
一人が金色の目で、一人が銀色の目。全く同じ顔をしているくせに、こいつらは男女の双子なのだ。
ティーブも負けじと睨み返した。
「あはは。何、睨み合っているの? カイザル刑事も知っているよね? こっちがルンで、こっちがラン。二人は今日、派遣されてきたんだよ。えと……第5係の第2班だっけ?」
ふたつの頭がぴったり同じ動作で頷く。
「第5係第2班……遺体損壊のところか」
「知っているの?」
「こっちの案件に似ていると、合同捜査になりかけたからな」
「ふぅ~ん……でも、こっちのは解決しかけているんだよね?」
ふたつの頭が、また同じ動きで頷く。
「そうか。被疑者が確定したのだったな。捕らえたら一応、こっちの案件に関係していないか取り調べる手筈だ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、ルン、ちゃんと手錠かけなきゃね」
今度は、右側の頭だけが頷いた。
「……こいつらは口が利けないのか」
「ううん。どっちかていうと、賑やかなくらい話すよ」
押し黙ったまま、不思議な色をした4つの目玉が見てくる。睨んでいるわけではなさそうだが、色が色だけに吸い込まれそうになる。
それに不自然なほど、視線を逸らさない。睨み合う、とは言っても実際にやるのは簡単ではない。精神が弱い奴はすぐに視線を反らせる。
だがこいつらは気負いもなく自然体だった。自然体のまま、ティーブの目をじっと見ていた。
「まあ、ちょっと人見知りが激しいんだ。そのうち慣れたら、うるさいくらいしゃべってくれるよ」
あははと笑ってフェンは言ったが、信じられない。それに、RSP捜査官と仲良く談笑なぞしたくもない。
「それよりちょっと聞きたいことがあったんだけど……」
フェンが珍しく言い淀む。きたか、内心でそう思い、ティーブは身構えた。
「深雪のことなんだけどね……」
予感が的中する。深雪の話をしたくないがために、素通りしようとしたのだ。
「昨日見かけたら、なんだかむちゃくちゃ落ち込んでたみたいなんだけど、なんか怒られたのかなぁ……?」
ティーブたちの前以外でも落ち込んでいたようだということは、演技ではないのだろうか。
だが、フェンの同情を買おうとして落ち込んでみせる、ということもできる。結果的にフェンはこうやってお節介をやいている。とすれば、やはり後者か。
ティーブは無言で返事に代えた。
「あ、やっぱり? う~ん……まぁ、予想はつくんだけどね」
フェンのその顔に、まさかと思い訊ねる。
「お前にも聞いてきたのか?」
「怪しいディセの名前、だよね? まぁ……」
フェンは苦笑で答えた。
「だったらその時に注意しろ。下手したら、犯人隠匿罪に問われるところだぞ」
「あいつらは違うと思っていたから。ウィルにも聞いたみたいだけど、ウィルも同じように違うだろうなと思いつつ、名を上げたって」
「……あいつのことを気にかけているふりをして、実は遊んでいるのか……?」
「まさか。……でもまぁ、いつも置いてけぼりで暇そうだったし、カイザル刑事のために何かしたい、て気持ちもわかったからね」
深雪なりに一生懸命だということはわかっていた。
だが、RSP捜査官としての真剣さはない。刑事の仕事の重要性もわかっていない。学校と職場の区別がつかない、遊びと仕事の区別がついていない。
つまりは、どこまでも子供なのだ。
子供だとわかっているのに、大人のように扱うのが間違いなのか。
だが給料として報酬を受け取っている以上、仕事は仕事だ。そこに大人だとか子供だとかは関係ない。
深雪のせいで被害者が出るのならば、それは間接的に罪を犯したことになる。ティーブたち第1捜査課が扱っている事件の被害者の多くは、死者なのだ。死者は決して生き返らない。
第1捜査課でミスを犯すということは即ち、取り返しがつかないということなのだ。
「少しだけでも、優しくしてあげて」
鬱々と考え込むティーブに向けて、金色の目の、ランが口を開いた。はじめて聞くその声は、鈴のような音だった。