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星並べ  作者: 月夜
64/69

星を並べて  6

 ディセを嫌う人は多い。それ以上に、RSP捜査官を嫌う人は多い。でも、好きでディセに生まれたわけじゃないし、捜査官にならなきゃ自由はなかった。

 深雪の力がもっと弱ければ、別の選択肢もあったのかもしれない。ちょっと目がいいとか、耳がいいとか、人が怖くないくらいの力だったら。

でも深雪の力は強かった。少しむっとしただけで家中がぐちゃぐちゃになってしまうほど、強かった。

 力が強かったから、お母さんは深雪を捨てたのだ。

 

 力を爆発させないように気をつけた。捜査官になって、決められたことはちゃんと守った。嫌なことも、腹が立つこともいっぱいあったけど、我慢したのに。


 それなのに、駄目なの?

 それでも、駄目なの?


 この人の映像も、同じくらい何度も見させられた。同じような拷問だと思ったけれど、違うことに気づく。

 奴らは2度目、3度目と回数を重ねる内に慣れたのだ。人は状況に慣れる生き物。こいつらも、やり方に慣れて別の方法を見つけようとしていた。慣れたというか、飽きたのだ。嬲り方が、生ぬるいと思ったのだ。

 1番目の人は雑で、2番目の人に比べると簡単に殺していた。2番目の人はもう少しゆっくりと、3番目の人はそれ以上に時間をかけていた。時間をかけて、楽しんでいた。



 8番目のあたしは、どうなるんだろう?



 何日間かを、そうやって映像を見ているだけで過ごした。奴らは変に親切で、深雪に食事を与えた。最後の食事だとでもいうつもりか、それとも拷問前に死んだりしないようにか、三度三度の食事を与えた。

 でも深雪は食べられなかった。一日中流れている映像が、作り物ではないとわかっている。これと同じことを、いや、それ以上のことを自分がされるのだとわかっていた。食事など、喉を通るはずがなかった。

 無理矢理口に突っ込まれ、怒鳴られて食べる。でもお腹に辿り着いたそれはすぐに、迫り上がって出て行った。縛られたまま吐き続ける深雪を、汚ねー奴だと小突いた。


 小突かれて、蹴られて、椅子ごと転がる。その度に体のあちこちをぶつけた。拷問は、突如はじまった。


 映像を見続けた何日間の後、拷問ばかりが何日も続いていた。痛みなど、もう感じなかった。衝撃だけで、痛くはない。痛さを感じ取るのは、余裕がなきゃできないんだって、はじめて知った。


 トイレには相変わらず連れて行ってくれた。でももちろん、縛られたまま。人前でやる羞恥心など、完全に消え失せた。ぼんやりした頭で、早く終わればいいのにと思った。こんなことも、あんなことも、早く起きて終わればいいのに。


 拷問中も映像は流れている。ずっと流れている映像が、現実のものだとは思えなくなっていた。人は状況に慣れる。こいつらは拷問をすることに慣れ、あたしはこれから起きることに慣れた。


 頭の芯が痺れたようにぼんやりとして、何も考えられない。

 早く、終わればいいのに。

 早く、死ねたらいいのに。


 そろそろいいんじゃないの。そう言い出したのは、女だった。色々と、飽きたのだろう。深雪も、飽きた。拷問は嫌。痛いのも嫌。でも、もう終わりにしたい。


 縛られたままの腕は、感覚がない。剥き出しの足は、痣だらけ。椅子ごと転がされたり、蹴られたりしたからだ。青や、黒の痣があちこちに広がっている。

 右足には、細いペンが突き刺さっていた。女が笑いながら突き刺して、そのまま放置されている。


 奴らは深雪が死なないように嬲りながら、口々に罵っていた。どうしてこれほどまでにディセを嫌えるのだろう。何か、嫌なことでもあったのだろうか。

 5人とも、20代に見えた。20,5才か6才くらい。この年で、ディセを嫌う理由ってなんだろう。

 ディセ法が出来るずっと前ならば、ディセと常人が争って色々あったらしいけど、いまは何もない。ディセは法律にがんじがらめにされて、何もできない。もし常人にひとつでも傷をつけたら、すぐに犯罪者になってしまうのだから。


 嫌なことなんて何もないのに、どうしてこんなに嫌うのだろう。不思議に思ってよくよく考えてみると、彼らの口から同じような台詞がいくつも出てきたことに気付く。

 親父に聞いたらばあさんが、お袋に聞いたらじいさんが、そういう言い回し。結局、自分の経験じゃないのだ。親から聞いた、そのまた親世代の話。

 自分が体験したことじゃないのにこいつらは、まるで昨日、我が身に起きたかのように話す。馬鹿みたい。こいつらの頭は、クスリと親で狂っている。自分じゃ全然考えていない。ホント、馬鹿みたい。


 こんな馬鹿に、あたしは殺されるのだろうか。どうして生まれてきたのかわからなくて、何故生きているのかもわからない。

 でも、ただ1つわかることがあるとすればそれは、どうして死ぬのかということだ。あたしは、こいつらを喜ばせるために死ぬのだ。


 どこから持ってきたのか、予め用意していたのか。細くて固い棒で殴られた。握り込むのに丁度いい太さ。銀色の棒が光を弾いて振り上げられて、そして、風を切って振り下ろされる。

 ぶん、びゅん。音がしたと思ったら、体に激痛が走る。縛られたままだから、肩とか腕とか、頭とか殴られた。

 もっと強く殴ってくれたらいいのに。もっと強く頭を殴って割ってくれたら、死ねるのに。


 血が流れてきて、目に入る。

 お風呂に入りたい。

 髪を洗いたい。

 ベッドで寝たい。



 髪を掴まれて、朦朧と揺れる頭を起こされる。


「お前だって、ディセに生まれて辛いんだろう?」

 同情するような言葉。


「死にたいよな? そうだろ? 死にたいんだろ?」

 あたし、死にたいのかな。生きたいのかな。よくわからない。


「なあ、言えよ。どっちなんだ」


 こいつらにも、良心の呵責ていうのがあるのかな。まるで、あたしが死にたいと言うのを待っているみたい。あたしが死にたいと言えば、気持ちが楽になるのかな。死にたいという奴を死なせてやったんだ、そう思いたいのかな。

 顔を殴られて瞼が腫れて、視界がぼやける。どっちなんだ、どっちなんだと髪を掴まれて頭を振られる。口を開くのも、考えるのも億劫だった。だが深雪の答えをどうしても聞きたいのか、がんがん頭を振って聞いてくる。


 深雪は仰向けにされて、ぼんやりと天井を見つめる。白い天井。

 星の子は、薄いピンクや水色だった。壁は、色褪せて白に近い、ピンクや水色。でも天井だけは、鮮やかな色だった。陽が当たらないし、子供たちは触らない。だから綺麗なピンク色や水色の天井だった。

 この部屋も、何かの色を塗ったらいいのにと思った。


 深雪の半開きの口から、音が漏れた。

 勝手に、声が出る。


「あ? 何だ?」

 小さな声で聞き取れず、男が耳を寄せてきた。


「……生きてやる……生きてやる……」

 深雪の小さな声を聴き取って、男が激高する。


「てめぇ! 俺たちの親切を無駄にする気か!!」

 強く髪を掴まれて床に叩きつけられた。他の奴らがどうしたと聞いて、男が叫ぶ。

「こいつ、生きたいだとよ! ディセなんかのくせに、まだ生きたいとかぬかしやがるぞ!!」


 その言葉を聞いて、他の奴らも怒り出した。椅子ごと倒れた深雪の頭や顔や、足や腕や腹を力任せに蹴りつけ、殴る。縛られたままの深雪は何一つ庇うこともできずに、延々続くかのような暴行を受けた。


 遮られていく視界の中で、歌なのにと思った。

 本当の歌を覚えていたら、こんなことにはならなかったのかな。本当は、どういう歌なんだろう。

 何故だか、無性に知りたくなった。


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