星を並べて 5
奴らはそのまま泥のように眠りだした。縛られた腕は痛いし、ぶつけた肩も痛い。首の縄は外されていたけれど、すり切れたのか顎や首が痛い。お腹は空いて、寒くて、そしてやっぱり怖くて震えた。
慣れないよ、ウィル。笑っていても、終わらないよ、フェン。
怖くて怖くて、気が狂いそうだった。自分が何をされるのか、嫌な想像しかできない。顔をぐちゃぐちゃに潰された遺体。手足を引き千切られた遺体。何をしてもいいから、殺してからにしてほしい。一気に殺して、そうして好きにしてほしい。
クスリもしていないのに狂いそうな頭を抱えて、深雪は笑う。泣きながら笑って、彼らを起こさないように小さな声で歌った。
「ハッピーバースデー、ハッピーバースデー、ハッピーじゃないけど生まれてきたから、ハッピーじゃないけど生きてやる……」
もっと楽しい歌にしたいのに、何も浮かばない。何も浮かばないまま泣きながら、笑って歌った。
奴らはまず精神的に、深雪を嬲ることにしたようだった。
どれほどの日数が過ぎたのかわからないが、気怠げだった奴らの目が変な風に輝き出した。何日かを寝たり起きたりしていたのに、今日はぎらぎらした目で男が深雪の顔を覗き込んだ。
「放っておいて悪かったな。わ、詫びに、い、いいもの見せてやるよ」
そう言って何もない白い壁いっぱいに、映像を浮かび上がらせる。
「こ……こ、こいつな、お前と同じ、捜査官様なんだよ」
男は吃音が激しい。元々の症状なのか、クスリのせいなのかわからないけれど。
でも何となく、クスリのせいじゃないのかなと深雪は思った。男は体を変に曲げて動かしながら、話していた。何が可笑しいのかひぃひぃ笑って、壁を指さす手が震えている。
「み……見ていろ、よ? お、おもしれーからな」
壁に映し出された男を、深雪は知らない。
同じ惑星メイルのRSP捜査官でも、そうそう顔を合わせるものじゃない。全ての捜査官が見知っている者といえば、いつも指示を出すウィルや、ものすごく面倒見のよかったフェンくらいだ。
深雪も、自分と同時期に捜査官になった者くらいしか知らなかった。
男は、深雪と同じように縛られていた。多分、場所も同じ。この部屋で、この椅子に座って縛られている。怯えた風には見えない。
この表情は、捜査官たちがよくするものだ。いろんなことを諦めた顔。この人は、ここに連れてこられて諦めたのだろうか。
それとも、はじめからこういう顔をする人なのだろうか。
だが、映像が進むにつれて、無気力だった男の顔が変わる。苦痛に歪み、悲鳴をあげ始めた。
深雪はぎゅっと目を閉じて、顔を背けた。でも声が耳に入ってくる。男の人の、悲鳴。ぎゃあという動物のような激しい叫びが、深雪の鼓膜に突き刺さる。
「み……見ろよ。おもしれーだろ? へ、へへ、へ、笑えるじゃ、ね、ねーか」
こんなものの何が面白いのか、男は涎を垂らしながら笑い転げていた。気怠げに寝ていた女たちも、起きて笑い出す。
「こいつ、こんとき垂らしやがったんだよな。きったねーの」
そんなことを言って笑っていた。
奴らは拷問中の映像を、ずっと撮っていたのだ。延々続くその映像に、深雪はぶるぶると震えていた。
次は、自分なんだ。同じ目に遭わされるんだ。簡単に殺してくれないんだ。食い縛った歯から悲鳴が漏れる。
怖くて、怖くて逃げ出したくて、漏れ出た感情が力を出す。
でもすぐに、左手首の手錠が警告を発した。ぴりっと走る静電気。さっきからずっと、ぴりぴりくる。深雪の意志にかかわらず、力が出てしまうのだ。
映像の捜査官も見えないけど、手錠をしているのだろう。だから、力が使えない。この人のランクが何なのかわからないが、最低ランクでもこんな縄外せる。そうしないのは、できないからだ。
忌々しい手錠がまた静電気を出して、深雪にその存在を思い出させる。
でももし手錠をしていなかったとしても、無事に逃げられるかな。力を使って縄を外して、それで無事に逃げられるだろうか。奴らは5人もいる。行く手を塞がれたら、どうしよう。
バリアを張って深雪に触れられないようにはできる。でも、バリアだけじゃ逃げ出せない。通せんぼされたら、逃げられない。
力を使って奴らを排除したら、深雪は犯罪者になってしまう。ディセの犯罪者となって、衛星アシスに送られる。何もない場所。建物も、植物もない。動物もいなくて、何もない場所。
空腹を抱えたまま彷徨って死ぬのと、この場所で死ぬのと、どう違うのだろう。
おぞましいショーは、捜査官が死んで終わる。終わってほっとするのに、また始まる。何度も何度も、同じ映像を見させられた。目を閉じると、無理矢理開けられる。瞼が落ちないようにテープで止められて、涙が溢れる。
同じものじゃ飽きるだろう。そう言われて、別の映像に変わった。
でもやっていることは同じ。やられている人が変わっただけだ。この人も捜査官だと聞いた。やっぱり知らない人だけれど、この人も悲鳴をあげ続けた。
「デ……ディセは、さあ、い、いらねーもん、だろ? お前も、そう思うだろ?」
顔が引っ付きそうなほど寄せて、男が言う。違うとも、そうだとも言えず、深雪は固まる。
「俺たちは、ヒーローなんだ。みんなが嫌うディセを、始末してやるヒーロー」
壁に凭れて座る男が言った。
「見てみろよ、これ」
キッチンから戻った男が、手にした紙の束を深雪に見せた。
「これな、全員RSP捜査官なんだよ。惑星メイルだけで、3千人だかがいる。この害虫を全員、殺してやるんだよ。すげーだろ?」
深雪に見せるようにぱらぱらと捲られる紙は、履歴書みたいだった。名前や年齢、ランクが記され、写真がついてた。
男が手にした履歴書の何枚かは、深雪も知っている捜査官だった。だから、こいつらの話は嘘じゃない。
「他のディセは上手く俺たちに紛れて暮らしているからな、見つけにくい。だがお前らは、簡単だ。あんな制服をえらそーに着やがって、目立ってやがるからな」
「それに捜査官は、制服じゃないときは生真面目に手錠をつける。これも、俺たちには好都合だ」
「お……俺たち、は、さ、お……お前らの顔を、お、覚えているんだぞ?」
「そうそう、車がな、覚えている。街中を流すだけで、俺たちの車が、勝手にお前らを探し出すんだよ」
街中の防犯カメラのように、車にもカメラがついている。事故のときなんかに役立つそれを、悪用する者は多い。
深雪には難しくてよくわからないが、指示した行き先までの道順を記す機能と、カメラを併せて何かの操作をするのだ。そうすると、道ではなく、目当ての人物を車が勝手に捜し出す。車のカメラが捉える範囲に入った人の顔を、勝手に識別するのだ。
そうやって奴らは、捜査官たちを見つけていくのか。深雪は今更ながらに、ぞっとした。
「車がお前らを見つけて、お前らが私服だったら、作戦開始だ。力のないディセなんて、わけないからな」
男はそう言うと、深雪の頬をぴたぴたと叩いた。




