星を並べて 3
狂乱は、一晩中続いた。クスリなんて深雪の周囲には無かった。でも、皆無だったわけではない。話だけは聞いたことがある。
隣のクラスの誰それの部活の先輩が、なんて近いのか遠いのかわからない人が、クスリをやっているという噂。
クスリをすると、眠くならないんだって。ずっと起きていて元気なまま、勉強ができるとか、食欲が無くなるからダイエットになるとか、そういう話。みんな少し怖がって、でも興味津々で聞いていた。
深雪も、ほんの少し、興味があった。勉強なんてしたくないけど、クスリをすると楽しくなるというのには興味があった。嫌なことを忘れられるなら、それが一時でもいいなと。
でも、絶対にクスリなんてしない。そんなにいい物なんかじゃない。クスリをすると人生が壊れる。先生がそう言っていた。みんな笑って聞いていたけど、それは本当だったのだ。
深雪はぼろぼろ泣きながら、惨状を見ていた。彼らは一晩中、入れたり出したりしながら騒いでいた。狭い車の中で、前に行ったり、後ろに来たり。相手を入れ替えて騒いでいた。寝ていた男は結局最後まで眠っていて、いまも寝ているけれど、他の4人はずっと騒いでいたのだ。
4人とも、全裸のまま眠っていた。後部座席の女は、両足を大きく開いたまま眠っている。片足を前の座席に乗せて、こんな格好、まともな頭じゃできないだろう。クスリをやれば、頭が壊れる。頭が壊れて、人生が壊れる。
生きるのは、星並べに似ている。薄いガラスを割らないように、慎重に、5つの玉を並べて走らせて。生きるのは、星並べなんだ。割れたらおしまい。壊れた星並べは、絶対に元に戻らない。
車の中には甘酸っぱい匂いと、それから変な臭いが充満していた。生臭い、変な臭い。外の空気を吸いたかった。腕を下ろしてほしかった。
でも何かを要望したら悪いことが起きそうで、何も言えなかった。ただ、ただ、彼らにこのまま眠っていてほしかった。
ずっと眠っていた男が起きたのは、明け方だった。大きな欠伸をひとつして、外に出て行く。何をしていたのか戻ってくると、深雪の腕を縛る紐を外してくれた。
だけど今度は、両手を前後に廻して縛られる。右手を前に、左手を後ろに。でも形が変わったことでほっとした。
縛られたまま、早朝の繁華街を歩く。小さな公園に連れて行かれ、臭いトイレに押し込められた。用を足せということなのだろう。
店に行ったときに一度だけ、女たちにトイレに連れて行ってもらっただけだから、嬉しかった。だけど両手を縛られたままで、これじゃ無理だとおずおず言うと、男は面倒くさそうに深雪を縛る紐を外してくれた。そして左手首を掴むと上に持ち上げた。
何をと思う間もなく、いきなり下を脱がされて、トイレに座らされる。びっくりしたのと恥ずかしいのとで、ぽろぽろ泣き出した深雪に、男は興味なさそうに欠伸をすると早く出せと言った。ガキに手を出すほど不自由しちゃいねぇよと頭を小突かれる。
興味を持たれても嫌だが、問題はそういうことじゃない。同じ、女の前でもこんなことしたくない。
でも限界にまで我慢していたからもう堪えられなくて、深雪は泣きながらトイレを済ませた。
トイレを出たところでまた両腕を縛られ、そのまま車に戻る。途中で誰かにすれ違ったら助けてもらえるかもと思ったが、早朝の繁華街に人はいない。お店から出た生ゴミを狙って騒ぐ鳥や猫や犬ばかりで、人は歩いていなかった。
また車に押し込められ、仕方なく座る。前後に縛られた腕が、早くも痛くなってきた。男は反対側に座ると、床に落ちた紙袋からあの細い棒を取り出した。ぱきんと折って、吸い込む。男の動きに躊躇はない。慣れた動作で、頭を壊すクスリを吸い込んでいた。
大股を広げて眠る女に覆い被さり、男が怪しく動き出した。女は眠りながらも、鼻から抜けるような声を出していた。深雪はぎゅっと目を閉じて、体を硬くする。
鳴り響いていた音楽は、いつの間にか止まっていた。朝の静かな空気の中、ぎゅっと目を閉じて体を固くする深雪の耳には、聞きたくもない濡れた音が届いていた。
全裸でだらしなく眠る大人たちの中でひとり、冷静な頭で深雪は座っていた。どの車にも、指紋登録がされている。登録された指紋の持ち主でなければ、ドアは開かないし車は動かない。
登録は、何人でもできる。家族分だけ登録している家庭は多い。この車は多分、いま眠るこいつらの分だけ登録されているのだろう。もしかしたら、もっと沢山登録しているかもしれないが少なくとも、深雪の指紋ではドアは開かない。
どうにかして開けようとがんばったが、ドアは何の動きも見せなかった。
これからどうなるんだろう。深雪は疲れた頭で考えていた。
あれから何日経ったのかな。お腹が空いた。こいつらも何も食べていない。クスリをやるとダイエットになるって、本当なんだなと思った。食べていないのに、すごく元気だった。
起きてクスリやって繋がって、深雪はもう目を閉じるのも馬鹿馬鹿しくなってきた。
ただ、車が臭くて嫌になる。
クスリやって頭がおかしくなってご飯も忘れているのに、何故かトイレだけは覚えていた。奴らはごそごそと服を着ると、トイレに出て行く。何だかそれが可笑しい。
やってることは動物みたいなのに、トイレだけは忘れないんだなと思ったら、何故だか笑えた。
3回に1回くらいは、深雪もトイレに連れて行ってくれた。奴らの頭は完全には壊れていないようで、深雪の手錠は絶対に忘れなかった。
2回も3回もこんな風にトイレをして、深雪は段々と平気になってきた。恥ずかしがったりして時間をとると、奴らが変な風に考える方が怖かった。だからこんなこと何でもないと装って、深雪はさっさと人前で用を済ませた。
へらへら笑って頭をどこかにやって、そうすればいつかは終わる。
フェン、本当にそうなのかな。いつか、終わるのかな。
でも終わるって、どういう風に終わるのだろう。




