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星並べ  作者: 月夜
60/69

星を並べて  2

 大音量で体がびんびん痺れるように感じた。煩くて飛び起きそうになったけど、体が変な風になっていて激痛が走る。

「い……!!」

 思わず呻いてぎゅっと目を瞑る。何がどうなっているのかさっぱりわからない。痛みにどうにか慣れてうっすら目を開けると、狭い空間で何人かが馬鹿騒ぎをしていた。

 焦りながらも状況を判断する。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、周囲を見渡した。


 車の中だった。運転手を入れて、5人も乗っている。深雪で6人目。3人の男に、2人の女。運転手は、男。

 運転している様子がないから多分、自動走行区間なのだろう。窓を流れていく風景がない。まだ夜で、だから暗くて、住宅街の上を走る自動走行区間なのだ。

 自動走行区間のレーンは大体、高い場所にある。でも、それより高いビルは街の中心部にはたくさんある。だからここは、自動走行区間のレーンよりも低いビルしかない、街の中心部を離れた場所なのだ。

 夜のいまは空も見えない。空に浮かぶ、雲が見えない。何も見えないけど、でも、ものすごいスピードだと思う。

 車中で流れる音楽が煩すぎて、耳が痛い。だけど5人とも、ぎゃーぎゃー笑っていた。


 危険なくらい、興奮している。

 深雪は、そう感じた。


 後部座席の端に座らされた深雪の右腕は、車の天井に張り付けられている。天井の、手すりみたいなのに紐を通して、それで手首を括られていた。紐は細いし、きつく結ばれて、手首が痛い。指先が冷たくなっているのを感じる。

 左手は、座席に押しつけられていた。反対側のどこかに括り付けた紐で、左手を縛られている。ぴんと伸びた深雪の左腕を気にすることなく、隣の男が座っていた。ぎゃあぎゃあ飛び跳ねて笑うから、その度に体が当たって左腕が痛い。


「あ、気づいたみたいだよ」

 助手席に座る女が深雪に気づく。そいつの言葉で車中にはより一層激しい笑いが起きた。

 何がそんなに楽しいのかと訝っている深雪の顎を掴み、隣の男がタバコ臭い息を吐きかけてきた。

「お前はな、俺たちの玩具なんだよ。可愛がってやるから楽しみにしていろよ」

 どう可愛がってくれるのか、聞きたくもなかった。



 車は一晩中走っていた。同じところをぐるぐる廻っているような気もするし、ものすごく遠くに移動したような気もする。だがずっと自動走行区間を走っていて、だから主要道路からは下りていないのだとわかった。

 両腕を縛り付けられたままで、ひどく辛かった。上に釣り上げられた右手は冷たくなり、どすどす背中をぶつけられる左腕は痛かった。

 彼らは深雪の存在を忘れたかのように騒ぎ、時々、車を降りた。


 車中でひとりになり逃げられるかと試みたが、無駄だった。紐は細いのに強力で、引き千切れない。どちらか片方だけでも自由になれば、手錠を外すことができる。

 そうしたら、すぐに逃げられるのに。


 彼らは深雪が何者か、わかっているようだった。

 もし深雪を常人だと思っていれば、こんな縛り方はしないだろう。後ろ手に、両手を纏めて縛るはずだ。

 だから多分、彼らは深雪がディセであるとわかっている。


 ディセ狩り。

 その言葉を聞いたのはいつだったのか。


 ウィルが話してくれた。ずっと前、200年くらい前に流行ったのだと。常人が、ディセを狩る。いきなりレーザー銃で撃ち殺したり、ディセ用手錠で力を奪って嬲り殺した。

 一般人は、手錠など手に入れられはしない。刑事たちも加わり、ディセを狩っていったのだ。


 深雪の体がぶるぶると震え出した。恐怖が冷たい蛇となって、深雪の腹の中をぐるぐると廻った。



 重低音の音楽をがんがん鳴らし、車は夜空を切り裂いて進む。店の前で停まって下りて、いっぱい買い込んで戻ってくる。彼らは酒を呑み始めた。酒を呑み、窓から缶を捨てる。

 上を走る自動走行区間は透明な筒で、捨てられたゴミは筒の中に溜まっていく。一月に何度も清掃車が走って、そのゴミを集めていく。


 みんながゴミの始末をちゃんとすれば、そんな経費はいらないものです。税金の無駄を言うならば、住民ひとりひとりがきちんと規則を守りましょう。

 学校の、先生の言葉を思い出して気を紛らわす。



 一晩中走り続けて、また街に戻ってきた。誰かが何かを言って、ひとりが車から下りる。

 1時間ほどで戻ってきたそいつは、何かを持っていた。綺麗な色をした、細い棒。キャンディーの棒みたいな細いそれを、全員に手渡した。

 隣の男がその棒を折る。ぱきんと折れたら、赤い棒がきらきらと輝きだした。その輝く棒を口で咥え、音が聞こえるくらいすーっと吸い込む。

 何をしているのかさっぱりわからなかったけれど、他の奴らも同じように棒を吸った。


 棒を吸って2分もすると、奴らの様子が明らかに変わった。目がとろんとして、にやにやと笑い出す。

 クスリだ。直感的に、深雪は察した。

 隣に座った男が、焦点の定まらない目で深雪に手を伸ばす。剥き出しの腿を撫でられて、喉の奥から悲鳴が漏れる。


「き……い……ひ……!」


 叫びたいのに声が出ない。ここは繁華街の駐車場で、車の外を人が行き交う。叫べば誰かに聞こえるだろうし、助けてくれるかもしれない。

 なのに喉が張り付いたようになって、声が出ない。男が涎を垂らしながら、深雪に覆い被さってくる。両手を左右に縛られて、体は開いたままだ。背を向けることもできずに、視界を遮って被さってくる男を見上げた。


 蹴り飛ばせばいい。これが他人事で、ニュースで見たら深雪もそう思っただろう。足は自由なのだから、男の股間を蹴ってやればいいのにと。

 だが実際には、そんなに簡単なことじゃないのだと気づく。声ひとつ出せないのに、足が動くはずがない。

 深雪の体は恐怖でがちがちに固まり、ただ目だけを見開いて自分を襲う現実を見続けていた。


 男の口からは、甘酸っぱい匂いがしていた。リンゴのようなイチゴのような、そんな匂い。クスリの匂いなのかなと、どうでもいいことを頭が考える。

 これ以上は無理というくらい体を車のドアに押しつけて、深雪はぎゅっと目を閉じた。


 女子校だからか、知識だけはいっぱいあった。次に何が起きるのか、どういう目に遭わされるのか、知識は腐るほどあった。ぎゅうと閉じた眦から、涙が流れる。


 だが、かたかた震える深雪の体から重みが消えた。

 深雪を押さえつけていた力がふっと消え、視界が明るくなった。


 ぎゅっと閉じていた瞼を、恐る恐る開く。目の前から男が消えていた。

 ほっとして隣を向くと、男は向こう側に座っていた女に覆い被さっていた。女は奇声を上げて喜んでいる。その向こうにいた男はクスリが効き過ぎたのか、眠っていた。

 前では、運転席にいた男が犬のように興奮して、助手席の女の服を剥いていた。どちらの女もすごく喜んでいる。どうして怖くないんだろう。壊れた笑い声を上げながら、興奮する男を抱きしめる。


 車は駐車場の壁に向かって突っ込むように停められていたけれど、道を行き交う人たちは気づいたのだろう。車の中を覗き込み、げらげら笑う馬鹿がいた。

 助手席の女は少しだけ冷静なのか、パネルを操作して全ての窓に黒いフィルタを下ろした。


 音楽は相変わらず、頭が割れそうな大音量。窓は真っ暗で視界を遮られ、車中に充満する甘酸っぱい匂い。

 深雪はぎゅうと目を閉じて、何も見ないようにした。隣の2人が動くたびに、手や足が、深雪に触れる。大きく広げた女の足が、リズムを刻んで深雪を蹴る。

 見ないように、考えないようにして、深雪は自分の存在を消す。男たちが深雪の存在に気づいて触れてこないことを祈りながら、揺れる車中で息を殺した。


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