星を並べて 2
大音量で体がびんびん痺れるように感じた。煩くて飛び起きそうになったけど、体が変な風になっていて激痛が走る。
「い……!!」
思わず呻いてぎゅっと目を瞑る。何がどうなっているのかさっぱりわからない。痛みにどうにか慣れてうっすら目を開けると、狭い空間で何人かが馬鹿騒ぎをしていた。
焦りながらも状況を判断する。落ち着け、落ち着けと自分に言い聞かせ、周囲を見渡した。
車の中だった。運転手を入れて、5人も乗っている。深雪で6人目。3人の男に、2人の女。運転手は、男。
運転している様子がないから多分、自動走行区間なのだろう。窓を流れていく風景がない。まだ夜で、だから暗くて、住宅街の上を走る自動走行区間なのだ。
自動走行区間のレーンは大体、高い場所にある。でも、それより高いビルは街の中心部にはたくさんある。だからここは、自動走行区間のレーンよりも低いビルしかない、街の中心部を離れた場所なのだ。
夜のいまは空も見えない。空に浮かぶ、雲が見えない。何も見えないけど、でも、ものすごいスピードだと思う。
車中で流れる音楽が煩すぎて、耳が痛い。だけど5人とも、ぎゃーぎゃー笑っていた。
危険なくらい、興奮している。
深雪は、そう感じた。
後部座席の端に座らされた深雪の右腕は、車の天井に張り付けられている。天井の、手すりみたいなのに紐を通して、それで手首を括られていた。紐は細いし、きつく結ばれて、手首が痛い。指先が冷たくなっているのを感じる。
左手は、座席に押しつけられていた。反対側のどこかに括り付けた紐で、左手を縛られている。ぴんと伸びた深雪の左腕を気にすることなく、隣の男が座っていた。ぎゃあぎゃあ飛び跳ねて笑うから、その度に体が当たって左腕が痛い。
「あ、気づいたみたいだよ」
助手席に座る女が深雪に気づく。そいつの言葉で車中にはより一層激しい笑いが起きた。
何がそんなに楽しいのかと訝っている深雪の顎を掴み、隣の男がタバコ臭い息を吐きかけてきた。
「お前はな、俺たちの玩具なんだよ。可愛がってやるから楽しみにしていろよ」
どう可愛がってくれるのか、聞きたくもなかった。
車は一晩中走っていた。同じところをぐるぐる廻っているような気もするし、ものすごく遠くに移動したような気もする。だがずっと自動走行区間を走っていて、だから主要道路からは下りていないのだとわかった。
両腕を縛り付けられたままで、ひどく辛かった。上に釣り上げられた右手は冷たくなり、どすどす背中をぶつけられる左腕は痛かった。
彼らは深雪の存在を忘れたかのように騒ぎ、時々、車を降りた。
車中でひとりになり逃げられるかと試みたが、無駄だった。紐は細いのに強力で、引き千切れない。どちらか片方だけでも自由になれば、手錠を外すことができる。
そうしたら、すぐに逃げられるのに。
彼らは深雪が何者か、わかっているようだった。
もし深雪を常人だと思っていれば、こんな縛り方はしないだろう。後ろ手に、両手を纏めて縛るはずだ。
だから多分、彼らは深雪がディセであるとわかっている。
ディセ狩り。
その言葉を聞いたのはいつだったのか。
ウィルが話してくれた。ずっと前、200年くらい前に流行ったのだと。常人が、ディセを狩る。いきなりレーザー銃で撃ち殺したり、ディセ用手錠で力を奪って嬲り殺した。
一般人は、手錠など手に入れられはしない。刑事たちも加わり、ディセを狩っていったのだ。
深雪の体がぶるぶると震え出した。恐怖が冷たい蛇となって、深雪の腹の中をぐるぐると廻った。
重低音の音楽をがんがん鳴らし、車は夜空を切り裂いて進む。店の前で停まって下りて、いっぱい買い込んで戻ってくる。彼らは酒を呑み始めた。酒を呑み、窓から缶を捨てる。
上を走る自動走行区間は透明な筒で、捨てられたゴミは筒の中に溜まっていく。一月に何度も清掃車が走って、そのゴミを集めていく。
みんながゴミの始末をちゃんとすれば、そんな経費はいらないものです。税金の無駄を言うならば、住民ひとりひとりがきちんと規則を守りましょう。
学校の、先生の言葉を思い出して気を紛らわす。
一晩中走り続けて、また街に戻ってきた。誰かが何かを言って、ひとりが車から下りる。
1時間ほどで戻ってきたそいつは、何かを持っていた。綺麗な色をした、細い棒。キャンディーの棒みたいな細いそれを、全員に手渡した。
隣の男がその棒を折る。ぱきんと折れたら、赤い棒がきらきらと輝きだした。その輝く棒を口で咥え、音が聞こえるくらいすーっと吸い込む。
何をしているのかさっぱりわからなかったけれど、他の奴らも同じように棒を吸った。
棒を吸って2分もすると、奴らの様子が明らかに変わった。目がとろんとして、にやにやと笑い出す。
クスリだ。直感的に、深雪は察した。
隣に座った男が、焦点の定まらない目で深雪に手を伸ばす。剥き出しの腿を撫でられて、喉の奥から悲鳴が漏れる。
「き……い……ひ……!」
叫びたいのに声が出ない。ここは繁華街の駐車場で、車の外を人が行き交う。叫べば誰かに聞こえるだろうし、助けてくれるかもしれない。
なのに喉が張り付いたようになって、声が出ない。男が涎を垂らしながら、深雪に覆い被さってくる。両手を左右に縛られて、体は開いたままだ。背を向けることもできずに、視界を遮って被さってくる男を見上げた。
蹴り飛ばせばいい。これが他人事で、ニュースで見たら深雪もそう思っただろう。足は自由なのだから、男の股間を蹴ってやればいいのにと。
だが実際には、そんなに簡単なことじゃないのだと気づく。声ひとつ出せないのに、足が動くはずがない。
深雪の体は恐怖でがちがちに固まり、ただ目だけを見開いて自分を襲う現実を見続けていた。
男の口からは、甘酸っぱい匂いがしていた。リンゴのようなイチゴのような、そんな匂い。クスリの匂いなのかなと、どうでもいいことを頭が考える。
これ以上は無理というくらい体を車のドアに押しつけて、深雪はぎゅっと目を閉じた。
女子校だからか、知識だけはいっぱいあった。次に何が起きるのか、どういう目に遭わされるのか、知識は腐るほどあった。ぎゅうと閉じた眦から、涙が流れる。
だが、かたかた震える深雪の体から重みが消えた。
深雪を押さえつけていた力がふっと消え、視界が明るくなった。
ぎゅっと閉じていた瞼を、恐る恐る開く。目の前から男が消えていた。
ほっとして隣を向くと、男は向こう側に座っていた女に覆い被さっていた。女は奇声を上げて喜んでいる。その向こうにいた男はクスリが効き過ぎたのか、眠っていた。
前では、運転席にいた男が犬のように興奮して、助手席の女の服を剥いていた。どちらの女もすごく喜んでいる。どうして怖くないんだろう。壊れた笑い声を上げながら、興奮する男を抱きしめる。
車は駐車場の壁に向かって突っ込むように停められていたけれど、道を行き交う人たちは気づいたのだろう。車の中を覗き込み、げらげら笑う馬鹿がいた。
助手席の女は少しだけ冷静なのか、パネルを操作して全ての窓に黒いフィルタを下ろした。
音楽は相変わらず、頭が割れそうな大音量。窓は真っ暗で視界を遮られ、車中に充満する甘酸っぱい匂い。
深雪はぎゅうと目を閉じて、何も見ないようにした。隣の2人が動くたびに、手や足が、深雪に触れる。大きく広げた女の足が、リズムを刻んで深雪を蹴る。
見ないように、考えないようにして、深雪は自分の存在を消す。男たちが深雪の存在に気づいて触れてこないことを祈りながら、揺れる車中で息を殺した。




