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星並べ  作者: 月夜
6/69

季節外れの子  6

「またそんなものを食っているのか……」

 ティーブは21階フロアで一人、ケーキを手掴みで食べる子供を見下ろす。

 こいつが何かを食っているなと思うとそれは大概ケーキで、それも何個も何個も際限なく食っている。そうやってケーキをドカ食いした後数日間、深雪が何かを食べている姿を見ない。

 まるで、ケーキだけで生きていく生き物が、食い溜めをしているかのようだった。


「フォークくらい使え。しかも何だ、この箱の中は……」

 5つは入っていただろう白い箱の中には、ケーキがひとつ入っていた。

 だがそのケーキは倒れ、無惨な姿を晒している。

 周囲のケーキが無くなって倒れたのではない証拠に、箱の中には沢山の白や黄色のクリームに、スポンジの欠片がべっとり付いていた。

 ケーキが入ったまま落としたような、投げ捨てたような、そんな感じだ。

「早くこい」

 ケーキがどうしてこういう姿になったのか興味がないわけではないが、離れていても漂ってくる甘い香りに胸焼けがする。

 ティーブは、指にクリームを付けたままの子供を残し、捜査室へと向かった。



 7人目の被害者発見は、6人目発見から16日後だった。



「どんどん間隔が狭まってくるなぁ……」

「犯行に慣れてきたのかしら?」

「その可能性もあるだろう。その場合、犯人に繋がる何かを残す可能性も高くなるが」

「そうね。慣れてくると気を抜くから……」

 だが早く事件を解決しなければ、被害者はどんどんと増えていく。

 犯人がミスを犯す。それをただ待っているだけなのか。己の不甲斐なさに3人ともが黙り込む。

 

「はい! はい!」

 捜査室に流れる重い空気を全く意に介さず、授業中に発言を求める生徒のように深雪が手を挙げて椅子から飛び上がった。

 ティーブと輪は無視しようとしたが、ライオネルが苦笑してこれまた教師のように指さす。

「はい、どうぞ」

「これ」

 深雪はそう言って、えへへと笑って紙を一枚差し出した。


 紙片には5人を残して二重線が引かれた、十数人の名前が書かれている。何度もポケットから出したり仕舞ったりを繰り返したのか、くしゃくしゃになっていた。

 ティーブたちがじっと見下ろすと、深雪は慌てて紙の皺を伸ばす。だが乱暴にしてしまったのか、びりっと音を立てて紙は破れた。


「深雪ちゃん、これ何?」

 ライオネルが訊ねたが深雪はティーブを見て、誇らしげに報告した。

「ウィルに聞いた、オータ第1区から第3区までに住むディセの名前だよぉ」

 そう言って、えっへん、という風に腰に手を当て薄い胸を張った。


 ウィルというのは、惑星メイルRSP本部に常駐するウィル・パッセン捜査官のことだ。ティーブも捜査官派遣依頼の際、何度もやりとりしたことがある。

 どこの血が混ざっているのか知らないが、あのフェンよりも長命の捜査官。たしか、200才を超えていたはずだ。浅黒い肌にオレンジの瞳。感情の一切が消えた声で、短い返答をするだけの連絡係。それがティーブの印象だった。

 だが、いつだったかヒライ課長から聞いたことがある。

 ウィル・パッセンはRSP創設時からの捜査官だと。惑星メイルRSP本部の生き字引だと言っていた。


 深雪の汚い字が並んだ紙を見る。

 確かにウィル・パッセンなら誰よりも、惑星メイルのディセ事情に詳しいだろう。だが所詮は、1人の人間。総人口100億人のうち、0.5%を占めるディセの全てを網羅しているわけでもない。

 ウィルが生き字引と言っても、それはRSP内部に限られるはずだ。

 だがもちろん、ウィルが言ったというこの者たちについては慎重に捜査しなければならないが。


 だが……


 ティーブはふつふつと怒りが沸いてくるのを感じながら、消されていない5人の名前と7人目の被害者の写真を見た。

 そのティーブの耳に、深雪の耳障りな声が入る。


「あ、でもぉ、もちろん全員じゃなくってぇ、今回の犯行が可能な能力を持っているディセでぇ、いまのところアリバイが確認できていない人たちなんだけどぉ……」


 ばんっ!!


 大きな音を立ててライオネルが机に手を叩きつけ、間延びした深雪の話を強制的に終わらせた。


「なぜ黙っていたんだっ!!」

「え……?」

 馬鹿な子供は何を怒られているのかも理解せず、呆けた顔でライオネルを見上げる。

「お前が黙っている間に、被害者が増えるとは思わなかったのか!!」

 3人の中ではライオネルが一番の熱血漢だ。被害者に寄り添い過ぎるところもある。増えていく被害者に、一番心を痛めていたのはライオネルだろう。


「あ……あのぉ……でもぉ……はじめ、20人くらいいてぇ……それじゃあ多すぎるかなぁと思って……それで……自分で調べて……それで……」

 いつもの饒舌を忘れたかのように、しどろもどろで深雪が弁解する。

 だが弁解すればするほど、ライオネルの怒りに火を注ぐ。輪同様、幼馴染みとも言えるライオネルの気性を、ティーブはもちろん、輪もよくわかっていた。

 彼は、白黒をはっきりとつけたがる。曲がったことが大嫌いで融通が利かず、そして、言い訳を何よりも嫌悪した。


「それで、素人のあなたが数日かけて、5人に減らしたと?」

 このままではライオネルの怒りが爆発すると察知したのだろう。輪が割って入るように言った。

 だが彼女は決して、深雪を庇っているわけではない。怒りに我を忘れたライオネルが、もし万が一、深雪に暴力を振るうことを恐れたのだ。深雪に暴力を振るったり、或いは、暴言を吐くことを。

 そうした結果、我に返ったライオネルが海よりも深く、自分を責め続けるだろうことを何よりも恐れたのだ。


「はじめから俺たちに報告していれば、一日で一人に絞れたかもしれないのに……か」

 ティーブはライオネルの怒りを静めるために、努めて冷静な声を出す。感情を消せば冷たく聞こえるだろうこの声を最大限生かし、友の猛る怒りを静めた。


 くしゃくしゃになり、そして破れた紙を手に取り、輪に手渡す。常人離れした記憶力を誇る輪ならば、一瞥しただけで正確に情報を頭に入れるだろう。

 輪はさっと目を走らせた後、興味を無くしたように指先で紙を弾き飛ばす。ティーブはいまだ肩の強張るライオネルを促し、輪と3人で捜査室を出て行った。

 子供の、遊びの後始末をするために。



 残り5人のアリバイは、それから2時間で特定された。二重線で消されていた名前も、念のために調べる。だがこちらも、アリバイがあった。

 捜査室に戻ると反省を表しているつもりなのか、明かりも灯さず暗い部屋で深雪はじっと座っていた。いつもはティーブを見ると駆け寄って腕に絡みつくが、それもしない。視線を合わせずに、体を小さくしていた。

 だがこういう姿を見せているからといって、反省しているわけではないのだ。ティーブたちは、もうお前には騙されないぞと睨みつける。


 前々回の捜査でも、前回の捜査でも邪魔された。

 前回の捜査では、1ヶ月かけて容疑を固めた被疑者を尋問しようと3人で逃げ道を塞ぐように近寄っていたとき、この子供が邪魔をして全てを台無しにしたのだ。

 置いて行かれてつまらなかった、自分も役に立つから。そう言って弁解していが既に被疑者は逃げ去った後で、輪が怒りを爆発させていた。その後、被疑者の居場所を捉えるために、それから10日以上も要したのだ。


 あの時も、ティーブたち3人は代わる代わる、捜査の邪魔だけはするなと言い含めた。深雪はしおらしく項垂れていたが、結局反省などしていなかったのだ。

 子供はどこまでも子供で、仕事を舐めている。ティーブたち刑事の仕事がどういうものか、芯のところでは全く理解していない。

 刑事の仕事の邪魔をするということは、最悪、罪のない死者を出すということだとわかっていないのだ。

 

「所詮ディセの情報だ。捜査を攪乱しようとしていないとは言い切れない。こんなもの、信じたほうが馬鹿なんだ」

「そんな! ……ウィルは、そんなことしないっ」

 ティーブに気に入られようとしてか、常の深雪はうっとうしいほどティーブの意見に添おうとするところがある。

 その深雪が珍しく、ティーブの言葉を強く否定した。

 だがティーブは、気にせず続けた。

 この子供の言葉や態度を真に受けて気遣ったり、気を回したりしても何もいいことはない。何度も騙されて、同じことを繰り返すのはもうごめんだ。


「ディセというのは……お前のことだ」

 深雪の小さな鼻先に指を突きつけてティーブが言うと、丸くて白い顔から血の気が引いたのがわかった。

 まるで絵の具で塗ったかのように青白い顔をして固まる子供を横目に2人の幼馴染みに振り返ると、彼らは肩を竦めただけだった。


 深雪の話し方や振る舞い方が嘘臭いと感じるのは、どうやら自分だけではないらしい。

 口で笑って、目は笑わず。わかったと言った舌の根も乾かないうちに、同じことを繰り返す。

 深雪の行動にも言動にも真実が感じられない。全てが嘘で、全てが演技に思えた。ならばこの姿もまた、同情を買うための下手な演技か。


「仕方ないだろ。ディセは俺たちと違って、戸籍が信用できないんだから」

 走り回って幾分怒りが収まったのか、ライオネルが疲れたように言った。

「ディセが生まれたらチップでも埋め込んで、完全に管理したらいいだろう」

「そうは言っても、生み捨てる場合が多いのだから無理よ。ディセが生まれる可能性を危惧して、病院以外で生むことも多いというし……」

 今日は朝っぱらから被害者が発見されて、その後紙切れ一枚に振り回され、丸一日走り回っていた。

 体力には自信があるティーブたちであったが、さすがに疲れていた。体もだが、何より精神的に疲れていた。

 いい年した大人が愚痴りあい、子供の悪戯を笑って許す余裕など全くなかった。


 ティーブはもうひとつ大きな溜息を吐いて、冷たい窓の外を見た。

 首都オータは明るすぎて、星も見えなかった。


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