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星並べ  作者: 月夜
58/69

消えてしまった子  7

 5カ所目、6カ所目も変わらない反応を見せたドガだったが7カ所目で、他とは違う行動をとった。

 長い鼻を精一杯伸ばすようにして、東の空を指す。陽は完全に落ち、星が輝き始めた夜空を指した。

「……あちらから、強い臭いを感じているようです」

 そう言うトレーナーの言葉が終わる前に、ティーブはドガを抱え上げた。見た目より遙かに重いドガを抱え、鼻が示す方向へと走る。


 歩道を走るティーブの横を、明らかに速度違反の車が走り去った。

 こうやって、この道を連れて行かれたのだろうか。ティーブの体の中では、煩いほど鼓動が騒ぎ出していた。


 この辺りは、かつては工場群だったのかもしれない。広い道路に面して塀が続く。

 長く高い塀の向こう側には、冷たい建物がいくつも建っていた。四角い箱のような、横に長い建物がいくつも、いくつも続く。

 だがこれらのうち、いくつが稼働しているのだろう。長い塀の途中で見える出入り口の多くには、売り出し物件のサインが光っていた。


 工場で勤めていた人々が暮らしていたのだろう。高い建物の集合住宅がいくつもあったが、光の灯った窓は少ない。工場が廃れ、人々が町を去ったのか。

 だがどこにも行く当てのない者たちは、廃れゆく町に縛り付けられるように暮らしているのだろう。ぽつりぽつりと灯る窓の明かりに、暴力的に走り去る車。

 車の強烈な明かりに照らされて浮かび上がる壁には、いくつもの落書きが描かれている。一見、意味不明に感じる絵や文字や記号が犯罪者たちの暗号になっていることがあると、刑事であるティーブはもちろん知っていた。


 四つ角ではドガを下ろし、その長い鼻がどちらを向くのかを確かめる。

 ふよふよと漂う鼻がある一点でぴたりと止まると、よしこちらかとまたもや抱えて走った。



 暗く高く、聳えるように建つ集合住宅のひとつをドガの長い鼻が指し示す。ティーブは、数えられるほどにしか明かりの点いていない建物を睨みつけた。


「あの部屋の、どこかにいるのかしら」

「明かりが点いている部屋とは限らないだろう」

「それもそうね。どうする? 一部屋、一部屋、確かめる?」

「その間に俺たちの動きを察知され、逃げられるのは避けるべきだ。……ドガは、いや、はなは、あの中のどの部屋に紫野が連れ込まれているのかわかるのか?」

「もちろんわかりますよ。この場所からでもこの子はわかっていますが、話せませんからね。私たちに教える術は持ちません。ですがたとえば、1階毎にフロアに立てば必ず教えてくれますよ」

「よし、ならば行こう。はな、無事に紫野を救出できたら何とかいう花を嫌と言うほど食わせてやるぞ」

 ぽんぽんと撫でたドガの頭は、見た目に反してさらりと心地よいものだった。



 どのフロアに立ってもふよふよと上空を指していたドガの鼻は、12階でぴたりと右側を指し示した。そのままゆっくりと歩いてひとつの扉の前で立ち止まり、トレーナーに振り向いた。

 ティーブとライオネル、輪に緊張が走る。それぞれに銃を構え、ティーブは後ろ手で、トレーナーとドガに止まるよう指示した。

 ドガの仕事はここまでだ。ここからは、ティーブたちの仕事となる。



 安普請の住宅なのだろう。扉には隙間があり、中の空調が漏れ出ていた。

 いつのまにか暦は3月に変わっていたが、まだまだ冬真っ盛りの惑星メイルだ。暖房もなく過ごせるはずがない。暖かな風が、扉の隙間から漏れ出ていた。

 光は見えないが、この扉の向こう側に、人がいるのだ。


 ティーブはぴたりと壁に張り付く。扉を挟んで反対側にはライオネル。2人が位置についたのを確認し、輪が壁に取り付けられたパネルを指先で叩き、呼び出し音を鳴らした。

 銃を下ろし、笑みさえ浮かべて輪は扉の前に立つ。中からは、輪の姿しか見えないだろう。まるで何かのセールスに来たかのような笑顔を貼り付けて、輪は立った。


 中に、深雪はいるのだろうか。ティーブは張り付いた壁の向こうに意識を集中した。

 ディセの能力に、透視などはあるのだろうか。あるのならば、その力が欲しいと思った。そうでなくても深雪と同じ念動力があったなら、こんな扉簡単に開いてやれるだろうに。

 中から応答はない。輪はもう一度、呼び出し音を鳴らした。彼女は扉が開かれるまで、何度でも鳴らし続けるだろう。

 この住宅に管理人が常駐しているはずもない。いくつかの手続きを踏んで、どこかにはいるだろう管理人に辿り着く。その者から鍵を奪いとるまでに、1日、2日が必要だろう。

 だがもはや、1秒たりとも時間を無駄にはしたくなかった。


 扉の隙間から、暖かな空気が漏れ出てティーブの頬を暖める。

 この先に、人はいる。必ずいる。そして、深雪がいる。

 離れた位置で立つドガの鼻は、ぴたりとこの扉の向こうを指し示している。

 深雪はいる。必ず、いるのだ。

 だが、彼女が未だ無事でいるとはわからない。怪我のひとつもなく無事でいるとは、この場にいる誰にもわからないことだった。


 煩いほど騒ぐ鼓動を抱えて、扉が開かれるのをティーブは待った。

 脳裏では、何度追いやっても禍々しい光景が浮かび上がる。刻まれた体、打ち砕かれた骨、切り離された手足、潰れた顔。


 寒々しい空き地に捨てられた7人の捜査官の写真が、ティーブの脳裏をぐるぐると廻っていた。


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