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星並べ  作者: 月夜
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消えてしまった子  6

「……手錠を、外していてくれれば……」

 捜査室の窓から眼下を見下ろし、ティーブはぽつりと呟いた。

 暗い夜空に反して、地上には光が溢れている。人工の明かりをこれでもかと灯し、人は寝ることも忘れて行き交う。


 深雪はいま、どこにいるのだろう。誰といるのだろう。ひどいことをされてはいないだろうか。震えてはいないだろうか。

 この際、少女趣味の変質者でもいい。優しくしてくれるのなら、変態でもいいんだ。あの子を傷つけないでやってくれ。

 手錠をされたディセは、力を失う。深雪はいまも、生真面目に手錠をしていることだろう。

 あの子を攫った者が手錠に気づいていなければいいのだが。隙を見て手錠を外せたら、深雪は常人など相手にもしないだろう。


 だが多分、どれほど傷つけられようとも、深雪は手錠をし続けるような気がした。


 制服を着ていない捜査官が、手錠を外せば罪になる。

 常人を傷つければ、罪になる。

 二重の罰則を気にして、深雪は手錠をし続けるのではないのだろうか。


 遺体で見つかった捜査官。7人の捜査官の手には、手錠がついたままだった。



 残り30台の車の行き先を、漠然とだが、把握する。埋め込まれたチップに書き込まれた車体番号を検索にかけ、現在の居場所も、漠然と、把握する。

 漠然、と不確かになるのは仕方がない。自動走行区間でなければ、データは蓄積されない。運転手が自分で運転する区間には、そういう便利な機能はないのだ。

 だが幸いにも30台のうち、21台は首都オータの中心部付近を動いていた。つまり、自動走行区間を常に利用していたのだ。これでこの22日間の動きが全て把握できる。

 21台が立ち寄った場所を確認し、深雪が囚われていないことも確認できた。


 残り9台の車の行方を追う。


 郊外を走っていたこの車たちだがもちろん、自動走行区間を全く利用していないわけではない。漠然と把握できた場所を洗うため、またもやドガを借り受ける。

 深雪の行方を追ったあのトレーナーが、今回も派遣されてきた。やたらと笑みを浮かべて愛想のいいトレーナーは、自慢のドガの頭を撫でて言った。


「今回もドガをご指名いただき、ありがとうございます」

 まるで飲み屋の女のような台詞を言う。

「リュウもいいですが、ドガは本当に優秀なんです。ですが、見た目がちょっと……あれですから……」

 哀れむような目をトレーナーがドガに向けるから、ああこいつも一応この動物がぱっとしないということはわかっているのだなと気づく。

「私が強く進言して3頭購入し、訓練したのです。ですが、見た目でどうしても敬遠されて……刑事さんたちから要請がなく、活躍の場を与えてやれなかったんですよ」

 トレーナーはそう言うとばっと帽子を脱ぎ、頭を下げた。

「それを三度も指名していただき、ありがとうございます。この子は本当に、優秀なんです。必ずご期待に答えます」

 きらきらと目を輝かせるトレーナーの隣で、眠そうな目をしたドガもどこか誇らしげだった。


 このドガは2才の雌で、名をはなというらしい。長い鼻からきた名前かとティーブは思ったが、花でしょう、と輪は言う。


「あ、どちらも正解ですよ。長い鼻と、植物の花をかけてみたんです」

 のっそりのっそりと歩くドガの後ろをついていきながら、トレーナーは言った。もっと早く歩けないのかと思うのだが、これでもドガの精一杯らしい。トレーナーは恐ろしいことに、逸るなとドガを落ち着かせていた。

 これで気が急いているのか……ティーブは目眩がしそうだった。

 この場を含めて9カ所を捜査しなければならないのだ。早く見つけてやりたいのに、この速度ではどれほど時間がかかるのか。


 苛々と歩くティーブの気を宥めるためか、ライオネルが殊更明るくトレーナーに話しかけた。


「はなちゃんか。いいな、今日はおめかししたんだな」

 いや、トレーナーではなく、ドガに話しかけている。


「今度こそ、ちゃんとした成果を出せるように気合いを入れてやったんですよ。人の気持ちがよくわかる子なんです。私やみなさんの期待に応えようと、こんなにがんばって……」

 赤い斑がまだらに散る黄色い肌の背中で、大きなピンク色のリボンが揺れていた。トレーナー曰く、気合いを入れてやるために太い首にリボンを結んでやったのだ。

「カラフルね」

「ドガは、目もいいんですよ。だから、こんなに綺麗な体をしているんでしょうね」


 綺麗か……

 ティーブは当初、この動物は何かの病気だと思っていた。


「あ、ほら。自分でリボンを直しています。ドガはおしゃれで綺麗好きで……大人しいし、賢いし、優しいし、普通にペットとして飼うのにもお勧めなんですよ」

「そ……そうなんだ」

 トレーナーのドガ評に躊躇しつつ賛同するライオネルの前で、ドガは長い鼻を器用に動かし、背中のリボンを直していた。


 該当車両が自動走行区間を下りた先の通常走行区間を捜査する。

 ドガは歩き回るということもなく、その起点を中心に半径5mほどをぐるりと廻った。それで、充分だという。

 1カ所目、2カ所目と捜査を続ける。どちらも小1時間をかけてゆっくりと歩いてから、長い鼻をぺとりと地面に落とす。この辺りにはいない、そういう合図なのだそうだ。

 トレーナーはそれを見て、次に行きましょうと言った。


「この辺りにはいないだけで、もっと先にはいるんじゃないのか? ドガは、半径5キロを嗅ぎつけるだけだろう?」

 ティーブの言葉に、トレーナーは笑って首を横に振った。


「確かに半径5キロを嗅ぎつけられますが、対象物が経過した後の1ヶ月間も嗅ぎ分けれるのですよ。捜索中の方はこの1ヶ月間、ここから半径5キロの範囲には現れていないと言えます」

 ああそうだったとティーブらは手を打った。深雪を乗せた車がこの地点を走り去ったのなら、ドガはこういう仕草は見せない。


 3カ所目、4カ所目も同じようにドガは小1時間をのっそり、のっそりと歩いた後、長い鼻をぺとりと落とした。

 捜査対象箇所は全部で9カ所、それぞれの場所はかなりの距離を離れている。

 できるだけ無駄が出ないように捜査する順番を決めていたがそれでも、4カ所目を終える頃には日が陰ってきていた。


「残り5カ所ね……明日にしましょうか?」

 ティーブの焦りと同じものを、輪も感じているだろう。だが、朝からほとんど休憩もなく、一頭のドガを働かせていた。

「いえ、まだ大丈夫です」

 だがトレーナーは、毅然とそう言った。

「でも……朝からずっと働かせているわ」

「ドガは体力も、集中力もあるんですよ。なあ? 大丈夫だよな?」

 トレーナーがぽんぽんと頭を叩いてやると、ドガは長い鼻でその手に触れた。

「残り、5カ所ですよね? 大丈夫、やれます。……早くその子を見つけてあげないと、可哀想ですよ」

 そう言うトレーナーの申し出に、ティーブは縋った。

 深雪が姿を消して、25日。今頃どこで何をしているのか、どういう目に遭っているのか。心配で、片時もじっとしていられなかった。

 無惨な遺体として発見された7人の捜査官。彼らと同じ目に遭ってやしないかと考えただけで、居ても立っても居られないのだ。


「こいつの好物は何だ?」

「……は?」

 ティーブはトレーナーに聞いた。

「好物だ。あいつを見つけたら、どっさり抱えて礼に行く」

 ティーブがそう言うと、トレーナーは弾けるような笑みを見せた。

「ドガは、花を食べるんですよ。草食じゃなくて、花食です。毒性があってもなくても、花ならなんでもいいんです。でもこの子が特に好きなのは、オウノという花なんですよ。ご存じですか?」


 花なんぞ興味もないティーブは無言で輪に顔を向ける。輪も首を傾げると、ライオネルを振り仰いだ。ライオネルは2人のその様子に苦笑して、言った。


「白い花だよ。このくらいの大きさの、可愛い花だよ。甘酸っぱい、いい匂いがする花、知らない? 郊外に行くと、よく街路樹なんかに使われているよ」

 説明されてもよくわからないが、街路樹に使われているというのなら手に入るだろう。

「……ティーブ、街路樹のを勝手に折っちゃ駄目だよ? 花屋でも手に入るからね」

「何だ、花屋で売っているのか。ならば買い占めてやろう」

 街路樹を折っていくより、その方が楽だ。ティーブがそう言えば、ライオネルはどこか疲れたように溜息を吐いた。


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