消えてしまった子 3
「ど……どういうことよ!?」
輪の大声などはじめて聞いたような気もするが、ティーブは返事もせずに廊下を走った。
許しも得ずに第1捜査課長室に飛び込めば、1人で書類と格闘していたマサ・ク・ヒライ課長が驚いて顔を上げた。
足音高くデスクに近づくと、ティーブは一枚の紙を叩きつけた。
「何だ? これは」
ティーブの無礼を怒ることもなく、ヒライ課長は紙を手にした。
「RSP捜査官、ウィル・パッセンが出した被害届です」
届出日は一昨年の10月。オータ警視総合本部第1捜査課受領係の棚で、1年以上放置されていたのだ。
「……どういうことかな。詳しく聞こうか」
ヒライ課長は両手の指を軽く組んで、ティーブを見上げた。
ティーブに続いて飛び込んできた輪とライオネルを後ろに従え、説明する。ウィルから聞いた情報と被害届に書かれた内容だけだが、それで充分だった。
「つまり……我が第1捜査課受領係の担当者は、被害者やその関係者を見て、被害届を正式受理するかどうかを判断している、と?」
第1捜査課長に呼びつけられ、慌てて駆けつけた受領係の係長は汗をだらだらと流しながら弁明した。
「いえ……あの……その……何と言いますか……その……多分、まだ不慣れな新人が……勝手に、ですね」
ばん、と音がして、ヒライ課長が机を叩く。
「例えそうであったとしても、部下の仕事を監督する責任が君にはある。そのための、手当だろう」
役職手当は、係長以上から付いていた。
「被害届が出された時点で捜査していれば、その後の被害者はなかったかもしれん。被害者を、君の身内だと考えてみればどうだ? 我々の怠慢で、家族や友人を亡くした方たちの気持ちを、君は考えることもできないのか」
怒鳴りつけるわけでもなく問いかける課長の言葉に、受領係係長は項垂れるしかなかった。
RSP捜査官殺人事件はそのまま、第7係第3班が担当することになった。
一人目の被害者は一昨年の10月、二人目の被害者は同じ年の12月。以下、数日、或いは、数カ月を挟んで同様の事件が続く。その間隔に法則性は見られない。
だが、被害届が受理されてすぐに動かなかったことが悔やまれるほど、どの事件からも時間が経っていた。
いまから遺体発見現場に向かったところで風雨に曝され、もはや何も残ってはいないだろう。だがそれでも、制服警官を動員し向かう。
「直近の被害者でも昨年の7月だし、防犯カメラの映像も残っていないかもしれないわね」
7人の被害者が発見された現場は、場所は違えど全て、郊外の空き地だった。周囲には雑木林や空き倉庫が広がり、死角も多い。
発見当時、遺体の損傷が激しかったとあるが、それが犯行によるものなのか、野晒しにされていたからかはわからない。明らかに事件性のある遺体であるにもかかわらず、鑑識局に送られなかったからだ。
つまりは、解剖をされていない。
「街灯の防犯カメラの保存期間って、半年だったよね。店舗が1年、大型店舗で2年か……今からじゃ難しいな」
遺体発見現場でさえ、これだ。2人の会話を聞きながら、ティーブは周囲に視線をやる。
遺体発見当時の写真が無ければ、ここにこんな凄惨な遺体が転がっていたなどと想像もできない。事件の痕跡どころか何もない、寒々とした空き地だった。
「写真で見る限り、血痕は無いようだな。別の場所で殺されて、ここに捨てられたということか」
「そのようね……これほど傷ついていれば、大量出血をしていたはずよ」
「それに7人目の被害者、RSPからの情報によれば血が発光色だよ。自然光で光る血液って……宇宙は広いなぁ」
5人目と7人目は、同じ場所で発見された。どちらの写真にも、広がる血は写っていない。日中に撮られた写真には、発光する血などという目立つものは写っていない。
それでも念のため、周囲の土を採取していく。殺害現場がわからないため雑木林の土も含め、合計で千カ所を採取した。
「鑑識局に文句を言われそうね」
「言いたければ受理係に言えばいい。奴らがまともに働いていれば、これほど採取する必要もなかっただろう」
ふん、と吐き捨てティーブは車に戻る。有るのか無いのかわからない物証集めは制服警官に任せ、深雪の行方を追うために。
7人の被害者は行方不明当時から、何もわかっていなかった。いつどこで行方を絶ったのか、特定の家を持たなかった彼らからは何も読めない。
だが深雪は、捜査しやすい。少なくとも、ティーブの伝言を受け取った日がわかっている。受け取った場所、滞在ホテルのフロントから始めれば足取りが掴めるはずだ。
フロント係からおおよその時間を聞き出し、その場で映像を確認した。
映像の提出を求める正式な書類は後から送るがその前に、深雪がフロントから部屋に戻ったのか、外に出たのかを確認する。
フロントから出口へ向かう深雪の姿を見て、胸が痛む。街灯に設置されているカメラからも、大きな箱を抱えて歩く深雪の姿がいくつも捉えられていた。
華やかな街の中、1人で歩く少女に通行人は誰も関心を見せない。深雪の服装は相変わらず、ティーブからは寒々しい姿にしか見えず、この格好のままいまもいるのかと思うと居ても立ってもいられなくなる。
監視カメラを確認すると、深雪はまっすぐ一方向に向かっていた。街灯のカメラは当然、街灯が無ければ設置されない。後はビルから外に向けて設置されたカメラと、内部のカメラだけだ。
街中を自動で浮遊しながら記録し続けるタイプのカメラもあるにはあるが、あちらは人混みを感知して動くため今回は役に立たないだろう。念のため、膨大な映像記録を解析機器にかけて調べるが、期待はできない。
3人の刑事が手分けして、ビルからの映像を確認していく。こちらも提出は正式な書類を送ってからになるが、一刻も早く深雪の動きを掴みたい。




