消えてしまった子 2
指定した場所に、ウィルは普段着で立っていた。白いコートを着て立つその姿からは、捜査官だとか、ディセだとかは一切窺えない。
だが、いまは袖に隠れているどちらかの手首には、銀色の手錠が着けられていることだろう。
ウィルはティーブを見ると、ほっとしたように肩から力を抜いた。そしてゆっくりと歩いてくる。
「お忙しい中、お呼び立てして申し訳ありません」
自分より何百才も上の者に頭を下げられ、思わず後退る。
「別に構わない。いまは比較的時間があるし、RSP本部では話しづらいことだったんだろう?」
ティーブがそう言うと、ウィルは微かに頷いた。
場所を移動し、カフェに入る。焦げ茶を基調とした店内には商談中のサラリーマンや、営業途中で休憩するサラリーマンばかりで、ウィルと2人で入ってもまるで違和感がない。
最近どこの店も女や子供に特化され、男が入るには躊躇する。食ったらさっさと出て行け。そう言われているような店ばかりを選ばざるを得ない。
そう思えば深雪を連れて食事をするのは、ティーブにとっても都合がよかった。食べた後にも、少しくらい休憩をしたい。深雪が食べ終わるまでのんびり待つのは、嫌いじゃなかった。
「深雪の行方に、心当たりはありませんか?」
深雪の行方を聞こうとしたティーブを遮り、ウィルが訊ねた。
「……どういうことだ?」
思わず声を潜める。
ウィルは周囲に視線を走らせ、ティーブ以上に声を潜めた。
「あの子の行方が掴めないのです。滞在していたホテルには戻っていません。一昨日に、私が代わりにチェックアウトをしましたが、深雪がいつから戻っていないのか、確かではないのです」
「学校には?」
「戻っていません。学校から、いつ頃まで任務なのかと確認があり、それで異常に気づいたのです。すぐにホテルに確かめたのですがフロントでは客の出入りは実際のところ、確実に掴んでいるわけではない。深雪は、滞在中の清掃は必要ないとし、タオルの変更だけを頼んでいたようです。そのタオルなのですが……」
使われた形跡がないという日付は、深雪の誕生日の翌日からだった。
「ということはつまり、その前日から戻ってはいないということなのか……」
「朝起きれば顔くらい洗うでしょうし、顔を洗えばタオルは使いますから……」
行方知れずになってから、すでに20日が過ぎていた。ティーブは一気に背筋が冷えていくのを感じた。
「いままでこういうことは?」
「ありません。あの子はまだ若いですから、未熟さゆえにいい加減なところもあります。ですが、羽目を外しすぎるということはないんです」
ティーブも同意見だった。
ちゃらちゃらしていい加減で、だが深雪は、変なところで生真面目だった。私服になれば絶対に手錠を忘れないし、諍いも避けた。
任務が終わっているのに学校に行かない。そういうことは、遊びでもやらないだろう。
「定期連絡は、どうなんだ」
はっと思いつき、訊ねた。
「ありません」
心痛を堪えるようなウィルの様子に、ティーブは激しく打ち始めた鼓動を抑えることもできない。
「定期連絡を絶った捜査官はたしか……」
身を乗り出し、声を潜めて聞く。ウィルも同じように身を乗り出し、周囲を確認してから低い声で答えた。
「はい。一度でも絶てば犯罪行為と見なされ、衛星アシスへ送られます。深雪の定期連絡は昨日でした。今回は私が誤魔化しましたが、次回は……」
「誤魔化せたのか?」
ほっとして息を吐く。ウィルは、薄く笑った。
「長年内部におりますし、現在のシステム構築に関わりましたから。何と言いますか、奥の手があるのです……とはいえこれは、1回限りなのですが」
それは、次の定期連絡までに深雪本人が連絡を入れなければならないということだ。
「手がかりは?」
「一切ありません。RSPの制服もそのままで、姿を消しています。というより彼女の持ち物は、着用している衣服と僅かな現金のみとなります。カード類や残りの現金などは、ホテルに残されたままで……」
「……自らの意志で失踪した可能性も否定できないが、その様子では……何かに巻き込まれた可能性が高いな」
ティーブが約束を守れなかったことに、深雪は強いショックを受けただろう。だがそれだけで、ここまで自暴自棄にはならない。この寒さの中、着の身着のままで僅かな現金しか持たず、何十日も外にいられるはずがない。
「誰か、友人のところにはいないのか?」
全寮制の学校だ。深雪の友人は全員、学校の寮にいることだろう。だが僅かな望みを胸に、聞かずにはいられない。
「いいえ……深雪が頼れるほどの友人はみな、他惑星の出身者ですから……」
その友人は学校に戻っているだろうに、ウィルもそう答えた。この3日間、ウィルは人知れず探し続けていたのだろう。
RSP内部で騒げば、深雪はアシスに追いやられる。たとえ深雪が事件や事故に巻き込まれていたとしても、ディセ法ではそんな事情は汲まれないのだ。
「……事故……だろうか……?」
どちらも考えたくはないが何故か事件より、事故の方がましに思えた。
ティーブの呟きにウィルは返事をせず、じっとテーブルを見つめた。そして、意を決したように口を開いた。
「事件かもしれません」
その目に、何か含むところがあった。ウィルをそう思わせる何かがあると、橙色の目が語っていた。
「……被害者がディセですから、報道はされておりません。ですが……この2年間で、RSP捜査官が7名、殺されています」
ティーブは思わず身を乗り出した。
「7人とも、私服のときに行方不明となりました。私服……つまり、手錠をつけて力を無くしているときにです。RSP捜査官だとわかって狙われたのか、それはわかりませんが……」
深雪も、私服だ。手錠をつけているはずだ。
「捜査状況はどうなんだ」
第1捜査課は殺人を扱う。傷害致死なら第1係、強盗が伴えば第2係、遺体損壊や複数人の被害者など凶悪殺人になれば第3係以上が事件を担当する。
別の係、別の班が担当している事件の全てを、ティーブが知ることはない。RSP捜査官殺人事件も、別の係が担当しているのか。
だが、ウィルはゆっくりと首を横に振った。
「事件にはなっていません。捜査はいまも、されてはいないのです」
「……なぜだ」
「被害者が、ディセですから。それも……RSP捜査官」
いつもの諦観の笑みが、ウィルの浅黒い顔に広がる。
「ディセなら殺されても、捜査はしないということか!?」
声を潜めたまま、それでも激情に駆られ吐き出す。自分が属する組織だが、反吐が出る。ウィルが出しただろう被害届を、オータ警視総合本部は無視したのだ。
「くそっ! 資料は? 何かあるんだろう?」
ウィルは傍らの鞄から、封筒を取り出した。
「私が知り得たことはこのくらいですが……被害者の情報も揃えています」
ティーブは封筒の中身を調べながら立ち上がる。すぐさま本部庁舎に戻り、ティーブ自ら第1捜査課長にウィルの被害届を叩きつけてやる。
「どうか……深雪を、あの子を見つけてやってください……」
ウィルはそう言うと、深く頭を下げた。




