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星並べ  作者: 月夜
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消えてしまった子  1

 棺と対面し、母親が泣き叫んで1時間。その後延々、息子の生い立ちを聞かされた。優しい子で、どこにもいないような優しい子で。大体どの遺族も言うようなことを聞かされること3時間。

 27で命を絶たれた息子の思い出を語るのに、3時間は長いのか短いのか。事件解決のため、被害者の人となりを聞くのは必要だ。思い出話から犯人に繋がることもある。

 だが、いくつで掴まり立ちをしたとか、離乳食は何が好きだったとか、そんなことは関係ない。関係ないと言い切れるはずだ。

 ティーブは溜息を吐きそうになりながら、遺族が代わる代わる話す息子の生い立ちを聞いていた。


 深雪に、連絡を入れたかった。

 ホテルのフロントに伝言を頼んだが、それだけで済ませるわけにはいかない。映像が流れない、簡易な通話のみでもいいから、直接話したかった。

 今頃、泣いているんじゃないだろうか。それが気掛かりでならない。


 遺族の会話がようやく途切れたとき、時計は22時を過ぎていた。それから遺体の状況と、現在掴めている情報だけを話す。

 被害者2人が消息を絶ったのは、惑星メイルに到着して3日後。ホテルに全ての荷物を置いて、忽然と姿を消した。

 事故に巻き込まれた可能性も否定はできないが、遺体の損傷から見て怨恨か、変質者の犯行だろうと。


 そこまでを話したとき、母親が激しく叫び声を上げ、気を失った。

 遺体の損壊。

 それが意味するところを、先ほど見た棺から推測したのだろう。肉片になった息子と直に会わせるわけにはいかず、ティーブは遺体を収めた棺と対面させた。

 分量にして半身。棺など必要ないがそれでも、遺族の心情を考えて。別室で妻側の遺族に対応している輪も、同じく棺を見せただけだろう。

 もし中を見せろと言われれば、開けなければならないだろうが、見ないことを勧めるべきだ。かつて人だった部品と、肉屋のショーケースに並ぶ品物の違いはあまりない。


 倒れた母親を別室に運ぶ。鑑識局の遺体安置所近くには、こういうときのための休憩室が設けられている。

 憔悴しきった父親と一緒に、倒れた母親を運び入れ、ベッドに寝かせた。青い顔をして眠り込む遺族を見下ろし、溜息が出る。

 重苦しい空気には、いつまで経っても慣れることはできない。父親を促し、部屋を出た。眠る母親の横で、事情聴取はできない。


 廊下に出ると、隣室から輪が出てきた。痩せ形の中年男を促している。妻側の遺族だろう。多分こちらと同じように、母親が倒れたか。

 輪と目配せしただけでやり過ごそうとしたが、互いに顔見知りの父親同士が突如、怒鳴り始めた。殴り掛からんばかりの勢いで近づく2人の父親を、輪と2人でそれぞれ取り押さえる。細身とはいえ男の力に引き摺られそうになった輪は、完璧な関節技で取り押さえた。


 地下の遺体安置所は昼でも夜でも煌々と灯りが灯る。白い灯りに照らされた白い壁には、群青色で時刻と日付が表示されていた。

 口汚く罵り合う男を取り押さえながら、ティーブは思わず壁に目をやる。群青色で表される数字は、無情にも時を刻んでいく。その数字を見て、ティーブの胸はつきりと痛んだ。


 ああ、もう一時間も前に、あの子の誕生日は終わってしまったのか。


 仕事だと自分に言い聞かせるには難しい、大切な1日が終わった。



 激高する父親同士を離して、それぞれに話を聞いた。互いに互いを罵り合うばかりで時間は浪費される。だが、事情も見えてきた。

 被害者は、純粋に恋愛で結ばれたらしい。同業種の父親を持つ2人は、業界の集まりなどで顔を合わせる度に心通わせ、結婚した。

 1人息子に1人娘。男が妻の家に入ったのは、妻側の商売の方が明らかに大きかったからだ。

 だがその歴史の長さで言えば夫側の商売が遙かに長く、老舗としてのプライドから互いの実家は断絶に近かったという。


 夫側の父親は、妻側の父親の手法は犯罪同然だと言う。

 法すれすれ、或いは、明らかに法を犯している場合もある。強引な商売は同業者を食い散らかし、一家離散や自殺に追い込まれた元経営者も多い。あいつを恨む奴なら五万といる。そう罵っていた。

 対して妻側の父親は、夫側の父親の商売を堅苦しくて、古臭いと馬鹿にするだけだった。


 被害者が会おうとしていた惑星メイルの商売相手から事情聴取を終えたライオネルも戻り、互いの情報を付き合わせる。

 怨恨だとすれば、妻側の父親を恨んでいる者の線が濃厚に見えた。もちろん通り魔の線も消しはしないが、先に、妻側の父親から洗っていく。


 被害者が他惑星人のため、そちらの警視総合本部に協力を要請し、情報を集める。提供された情報を見て、ティーブもさすがに驚いた。出るわ、出るわ、父親を殺したいほど恨んでいる者は総勢で50人を超えた。

 1人1人のアリバイを確かめ、絞っていく。犯行現場が惑星メイルであるだけに、どの者も高速航行船に乗らなければならない。

 妻側の父親は自家用船を持っていたが、そういう者は余程の資産家に限られる。しかし元商売相手たちはどの者も破産し、高速航行船のチケットさえ満足に買える者は少なかった。

 だがそれだけに、絞りやすい。犯行現場に他惑星を選んだのは、被害者が特定されにくくするためか。しかし、わざわざ他惑星を選んだことで足がついた。


 既に惑星メイルから逃走した後の被疑者を、国際指名手配にする。

 どの惑星も、入るも出るも厳しいチェックがある。宇宙船が着船できる場所が限られている惑星も多い。星を出て罪を犯すのは、リスクが高いのだ。

 被疑者が滞在しているはずの惑星はすぐに見つかった。後は、その星から出すことなく、その星の刑事が逮捕するだけだ。

 ティーブは全ての書類のデータを送り、惑星メイルとしての、この事件を終えた。



 この時点で、深雪の誕生日から20日が経っていた。その間、ティーブは何度も連絡を入れた。

 だが、深雪は掴まらない。ホテルにもいない。学校が始まっているはずなのに、学校にも戻っていない。新しい任務にでも就いたのかと思うが、それを確かめるためにRSP本部に連絡をいれようとしているうちに事件が終わったのだ。


 新しい事件が入る前に、RSP本部に連絡を入れる。ウィルを呼び出し、現在深雪がどこにいるのかを確認した。

 ウィルはつと眉を寄せ、言い淀む。

「……どうかしたのか?」

 深雪が、ティーブから逃げているような気がした。

 ホテルのフロント係にも、学校にも、いないと言えと、そう頼んでいるのかと疑う。もちろんそうだったとしても、仕方がない。それだけの仕打ちをしてしまったのだから。

 もう二度と会いたくはないと言われても、仕方がないのだ。ただ、それでも、一言謝るべきだと深雪を捜した。


 ウィルはすっと視線を走らせ、周囲を気にする素振りを見せた。ティーブの周囲ではなく、自分の周囲を。そして、言った。

「お時間を、いただけないでしょうか?」

 RSP本部と隣の寮、その2つ以外を滅多に出ることのないウィルが、外で会いたいと言ってきた。

 ティーブは訝りながらも頷いて了承した。


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