約束 3
夜遅く、捜査室へ入る。ティーブが不在の間に、輪とライオネルは集められるだけの情報を集めていた。3人で情報を精査し、捜査に走る。人手のいることには制服警官も動員し、早期解決を目指した。
輪に、来週の深雪の誕生日について話した。彼女は眉を寄せながらも、どうにかしたいと言ってくれた。
深雪にとって誕生日は、とても大事なことなのだ。それはティーブにも、もちろん輪にもライオネルにもわかっていたので、3人の大人はどうにかしたいと頑張る。
だが日々は、怒濤のように過ぎ去っていった。
約一名の分量が残された肉片は検査の結果、2人の人間と、一頭の牛だと判明した。牛はともかく人間の、残りはどこに行ったのかと捜査を続ける。
小さな欠片となった体をひとつひとつ掻き集め、ひとつひとつ検査を行い、それぞれの箱に収めていった。彼か、或いは、彼女か。それさえもわからない。骨はなかなか見つからず、大人なのか子供なのかも不明だった。
治安の悪い首都オータには家出人も多く、届出された家出人情報を付き合わせるが該当者はいない。どこの誰だかもわらないまま、被害者A、Bと呼ばれた。そう呼ばざるを得ないことさえも、歯痒かった。
被害者が特定されなければ、怨恨の線は洗えない。使える制服警官の全てを動員し、残りの体を探し出す。
街中から郊外の空き地まで、広範囲にばらまかれた体を文字通り這い蹲って探し出すのだ。
鼻が利き、よく命令を聞く、惑星クリムのドガという鼻の長い動物を借り受ける。聞いたこともない動物の名に訝りながらも派遣要請を出した。
追跡捜査でいつも借り受ける動物は、惑星メイルのリュウだ。すらりとした足に黒い毛並み、聡明な目をしたリュウは鼻が利く。だがそのリュウは全て、別の捜査に駆り出されていた。
仕方なく、鑑識局が所有する別の動物、ドガを使い、被害者の体を探し出す。リュウより優秀なのかどうかはわからないが、3頭のドガは数日をかけ被害者それぞれの残りの体のいくつかを見つけ出した。
骨盤と頭蓋骨を見つけたのが大きい。被害者は成人男性と成人女性、半月前に惑星メイルにビジネスでやってきた他惑星の夫婦だと断定された。
「ビジネス上のトラブルかしら……」
被害者2人の情報を見ながら、輪が首を傾げる。残りの遺体が見つからないか、制服警官たちはいまも走り回っている。
だがティーブら3人の刑事はこれから、遺族や被害者の商談相手に会うことになっていた。輪は妻側の遺族、ティーブは夫側の遺族、そしてライオネルは夫婦が会う予定だった商談相手だ。
本当は2人以上で会って話を聞きたいのだが、それぞれが商売人で、指定してきた時間が重なり合っていたため、このような形になった。
夫婦の両親はそれぞれ、手広く商売をやっていた。特に妻側の父は余程手腕が優れているのか、その父親から譲り受けた商売を彼の代で一気に100倍にも成長させていた。
「ここまで急激に成長しているのなら、恨みを買っているかもしれないな」
「被害者は、妻の父親から商売を受け継ぐ予定だったのかな……それにしてもこの若さで商談に向かわせるとは、被害者によほど商才があったのか、小さな商談だったのか、どっちだろうね」
ライオネルの話に、ティーブは改めて被害者の年齢を確かめた。夫婦共に27才。確かに若い。それともこの業種なら普通なのだろうか。そう考えて、はっと気づいた。
「……! 今日は何日だ!?」
叫びながら、自分でカレンダーを確認する。
「今日じゃないか……」
呻いたティーブに、ライオネルも掴んだ書類をばさばさと落としながら立ち上がった。
「ああ! 深雪ちゃんの誕生日だ!!」
「なんてこと……! すっかり忘れていたわ……」
輪は頭を抱えて呻いていた。
「今何時? ああ、もう15時を過ぎてる……夫側の遺族が惑星メイルに到着するのは、14時過ぎの便だったわよね? 駄目だわ……もうここに着く頃よ」
「妻側の遺族も同じ頃に着くと言っていたし、俺のと変わってもいいけど、この商談相手との約束は17時なんだよ。こっちから出向かなきゃいけないから、そろそろ出ないと間に合わないし、往復で4時間かかる」
どうにかならないものかと3人で考えた。
商談相手の事情聴取に連れて行くか。だが被害者が特定されたばかりで、被疑者の目星など付いてもいない。被疑者がディセでもないのに、捜査官の深雪を伴うわけにはいかないのだ。
そもそも正式な派遣依頼を出していない現状では、たとえ捜査官だとしても完全な部外者だ。部外者を伴うなど、それが一般人でも大問題だが、RSP捜査官であれば問題はそれの比ではない。
どこから何をどう突かれてディセが追い込まれるか。いまではティーブらも嫌と言うほど認識していた。
「夫妻のどちらの両親も気が動転しているだろうし、状況説明がさっさと終わるわけないわよね……」
被害者に対面させて、はい終わり。これなら30分もあれば終わるのだが。不謹慎だが、思わずそう考えてしまった。
「怨恨の線を見るならば、状況説明だけで終わるわけにもいかんだろう。夫婦が未熟ならば、親の商売敵かもしれん。事情聴取だけで何時間かかることやら……」
唸りながら天を仰いだティーブの耳に、受付からの呼び出し音が届く。
「着いたそうよ」
輪が連絡を受け、そう告げた。
連絡ツールの一切を持たない深雪に対して、どうやれば連絡が付くかと思案しつつ深雪が滞在するホテルに連絡する。
だが深雪は、不在だった。大きなケーキを買うのだと言っていた。ケーキ屋にでも行ったのだろうか。大きなケーキを手に入れて、だが、それを一緒に食べる相手がいないのでは可哀想過ぎる。
だがまさかそんな理由で、大事な息子を突如亡くした相手に、勝手に遺体と対面して勝手に帰ってくれとは言えない。
怪しい人物に心当たりがあるのかどうか、自分に都合の悪いことも隠さず言えと、いきなり怒鳴りつけるわけにもいかないのだ。急かして心を閉ざさせることなく、聞き出さなければならない。
そのためにはまず、静かな環境で息子と対面させなければ。遺族が納得いくまで時間をかけて、物言わない息子と対面させる。そして落ち着かせ、状況説明と事情聴取を行う。
いつ終わるのか、日付が変わるまでには終わるのか。それは誰にもわからなかった。
ホテルのフロントに伝言を残す。深雪が早いうちに受け取ってくれればいい。今この時点で代替案を出せないのは辛いが、必ず埋め合わせはすると一言添えた。
ティーブに裏切られたと怒るだろうか。大人は信じられないと決めつけるだろうか。誰でもいいと、わけのわからない男について行ったりしないだろうか。
あの子が自暴自棄になりはしないかと、それだけが気掛かりだった。
だが現実はティーブにも優しくはなく、黒いコートを手に捜査室を出て行く。
被害者はひとり息子だ。結婚後数十年を経過してようやく授かった一粒種。商売敵の娘と結婚したのは恋愛か、それとも策略か。
どちらにしろ、残された両親には受け止めきれない現実だろう。
この世はなぜ、こうも上手くはいかないのか。
現実は誰の上にも優しくはなかった。




