季節外れの子 5
「あれを知らないか」
フロアで見つけたフェンは、予想に反して一人だった。
暗くなるまで被害者周辺を洗ってみたが、容疑者は浮かんでこない。話を聞いた全員が判を押したように、同じことを言う。
いい人。恨まれるようなことはない、いい人。
ティーブはそれを聞く度に、ふんと鼻息で答えそうになる。
誰にとってもいい人などいるものか。誰でも1人くらいには嫌われている。殺されて当然と周囲が思うほど憎まれている者も少ないだろうが、周囲の全員に愛されている者などそれ以上にいない。そんな者、赤子だけだ。
聞き飽きた台詞を聞きながら、目は鋭く相手を観察する。
口は簡単に嘘を吐くが、目で嘘を言うのは難しい。自分自身を騙して本当にそう思い込んでいる者か、特殊な訓練を受けた者でなければ、目は嘘を吐けない。
目の前のこいつが嘘を言っていないのか、ティーブは相手の目と肌の緊張具合を慎重に探る。
そうやって何人にも話を聞いたが、やはり何も出てこない。ただただ寒くて疲れた捜査を終えて、暖かい建物の中に戻ってきた。今日はもういいだろうと、深雪の待機を解除するため姿を探したが、見つからない。
広いフロアに鮮やかな緑の髪を見つけたが、黒い頭は隣になかった。
「あれって?」
答えなどわかっているだろうに、赤い目が楽しそうに問いかけてくる。
「……紫野だ」
フェンがくつくつと笑うたびに、緑色の髪が揺れる。一体どこの星同士で関係を持てばこういう派手な人間が生まれるのか。信じがたいが、こいつのこの色は天然なのだ。
ティーブは腕を組み、緑色の頭を見下ろす。
「知らないのなら構わん」
「まあまあ、お疲れのようだし、ちょっとお茶でもどう?」
立ち去ろうとしたティーブの腕をフェンが掴む。途端、まるで汚れたものに触れられたかのように、力任せにその手を払った。
「あ……」
咄嗟にとってしまった己の行動に動揺しつつ振り向くと、フェンが両手を挙げて笑っていた。
「あの子、どうかな? ちゃんとやってるかな?」
うまくもないコーヒーを、精一杯まずそうな顔をして飲んだ。
お前なんかと話したくはないんだぞ。全身でそう言ってやると、隣でフェンが笑いを堪えていた。
「やるもなにも、突っ立っているだけだ」
「ああ、まぁ、今までは一般人が犯人だったんだよね。一般人相手だと、俺たちは手出しできないからなぁ」
現場で、黙って立っていた姿を思い出す。
肩で切り揃えられた真っ黒な髪。白くて丸い顔。大きく印象的な黒い瞳、小さな赤い唇。華奢な体はまだ、ほんの子供だ。
少女という呼称を使うのも躊躇うほどの、子供。多分、可愛らしいと言ってもいいくらいの外見を持つ子供だ。
幼馴染みの輪も、可愛い女の子だった。花のような、無邪気なかわいらしさがあった。
だが深雪は……
ティーブは初対面で見た、深雪の表情を思い出す。
黒一色の衣装を纏い、へらへら笑いながら立っていた。その目に感情はなく、それはいまでも変わらない。顔が笑っているのに、目が笑っていない。
あいつの言っている言葉の全て、行動の全てに違和感を持つのはやはり、あの目のせいだった。
作り物の笑顔を貼り付けて、深雪はティーブに纏わりつく。身長差から仕方がないのだが、上目づかいで媚を売る。その表情を思い出した瞬間、ティーブの胸に激しい怒りが湧き起こった。
「あいつは……」
「ん?」
飲み干したカップをぐしゃりと握りつぶし、ティーブは言った。
「あいつはどうして、俺に執着するんだ」
年端もいかないガキが、思わせぶりに触れてくる。怒気を感じるほどの馴れ馴れしさで、深雪はいつもティーブに触れたがった。
「う~ん……」
フェンは赤い目で申し訳なさそうに見て、言い訳した。
「君に出会った頃、一目惚れしちゃったみたいなんだよね~。まあ、ちょっとコミュニケーションの能力不足で他人との距離感がわかっていないところがあるけど、いい子だよ」
「ガキは嫌いだ!」
「ガキって……見かけで判断したら駄目だよ~。俺なんてハタチそこそこに見えるだろうけど、これでも60超えてるんだし」
「あいつは15,6に見えるが……?」
「15才だよ」
「……見たまんまじゃねーか」
「あはは」
どれだけ凄んで見せても、ここにいる刑事たちが生まれる前から捜査官をやっているフェンは、平気な顔で受け流した。
「カイザル刑事、深雪に食べ物やったでしょ?」
「……」
「あの子は食べ物に執着していないようで、執着しているからなぁ」
「なんだ、それは」
「ほっといたら何日もまともに食べずにいて無関心なんだけど、そのくせ執着が激しいの」
「……意味がわからん」
「つまり、空腹を認識するまで食べようとはしないし、口に入る物にも頓着しないんだけど、誰かが与えてくれた食べ物は光って見えるんだろうね~」
理解しがたい、というティーブの表情を見てフェンが付け加える。
「ま、簡単に言えば、餌付けできるということだよ」
人差し指をぴっと立てたフェンに、ティーブは頭を抱えてしまった。
はじめて深雪が派遣されてきた時、昼食時になっても夕食時になっても深雪は食事を摂ろうとはしなかった。
刑事たちも不摂生だが、深雪はそれ以上だった。
あまりにも食事を摂らない子供を見かねて、夕食用に買っておいた食い物を与えたのがいけなかったのか。
わずか250リラで買った弁当で、その後付き纏われるとわかっていたなら、あんなことはしなかったのに。
ティーブは握りつぶしたカップを、腹立ち紛れにゴミ箱へ投げ捨てた。
結局その日、深雪を見つけることはできなかった。
担当先の刑事に許可なく帰宅したのかと眉を顰めたが、犯人がいきなり見つかるとも思えない。待機させるのが規則だが、何時間も拘束するのも酷かと黙殺した。
一日くらい。そういうつもりで黙殺したのだがその後、深雪は待機命令を無視して警視総合本部の建物を出て行くことが多くなった。
ティーブもさすがに目を瞑ってはいられず、幾分強い口調で注意した。輪は冷たく、ライオネルでさえ苦笑を浮かべて言い聞かせたが、深雪はへらへらと頷くだけで聞かない。その場では了解しても、刑事たちがいなくなるとすぐに出て行くのだ。
RSP捜査官を待機させるのにはわけがある。犯罪者がディセであった場合、すぐに駆けつけさせるためだ。
深雪がどこで何をしていようと興味などないが、これでは緊急時に困る。
第1捜査課長からRSPに連絡して厳重に注意させようかと真剣に話し始めた頃、新たな被害者が発見された。