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星並べ  作者: 月夜
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約束  2

「あのね、あのね、来週、ひま?」

 ティーブの手を掴んで揺すりながら、深雪が聞いてきた。何を言いたいのかはわかったし、面倒だとは思うが叶えてもやりたい。


 だが……


「わからん」


 本当にわからないので、そうとしか答えられなかった。昨日の午後、輪が命令を受けてきた事件は、まだ全容が掴めていない。

 被害者は多分、一名。多分とつくのは遺体の損壊が激しく、分量的に一名分としか現時点ではわからないからだ。

 今頃は鑑識局から何かしらのデータが出されているかもしれないが、それだけで事件が解決するはずもない。怨恨ならある意味楽だが、愉快犯の通り魔だと困難になる。

 来週の深雪の誕生日に、ティーブが暇かどうか。そんなことはティーブ本人にもわからないのだ。


「ちょこっとだけ。ね?」

 眉を寄せてねだられると、ついつい頷きそうになる。何とかなるかもしれないし、だが、不確かな希望を持たせるべきではないとも思う。

「誕生日ね、いつもふわっと過ぎるんだよ。この時期は学校が休みだから、仕事してるか、ひとりでいるか……いつも、ふらっと過ぎるんだよ」


 そんなことを言われると、どうにかしてやりたい。自分は子供に甘かったのかと、ティーブは自分自身を意外に思う。


 自分が親に愛されたからか、子供はそういうものだと思い込んでいるのだ。そうでなければいけないと思い込んでいるのだ。

 誕生日を祝ってやって、動物園や遊園地に連れて行く。それが、大人の役目だと。そうしなければ子どもは傷つき、歪んで育ってしまう。

 ティーブはなぜだか、そう思い込んでいるのだ。

 だが、子供にも色々ある。子供がみな、傷つきやすいわけでもない。追いつめた被疑者が、未成年だったこともある。奴らはどうだったか。

 同情の余地がないほど、落ち度のない家庭で愛情深く育てられた者もいた。愛情を受けて育った、ただの未熟で馬鹿な奴らも多くいた。自分がしたことの結果を、現実のものとして受け止めていない子供だった。


 愛情深く育てられたからといって、誰もが犯罪者にならないとは限らない。どのように育てられようとも、罪を重ねる者はいるし、そうでない者はそれ以上にいる。

 何でもデータ化して論じたがるのは、評論家のすることだ。予め決めた答えを持って、辻褄合わせに作ったデータが正しいとは限らない。


 親ではないし、兄弟でもないし、親戚でもないし。深雪に必要以上に関わる義理は、ティーブにはない。

 無理を通せばどこかに歪みが生まれるだろう。今日のように、周囲に迷惑をかける。たった1日だが、ティーブが今日休んだために、輪やライオネルがいつも以上に走り回っているのだから。


 だが……


 固唾を呑むようにして、深雪が窺ってくる。ティーブは思案し、そして言った。


「1時間くらいなら、出られるかもしれない。だが……期待はするな」

 最後の言葉は聞こえなかったのか、深雪は飛び跳ねて喜んでいた。



 その後は、ずっとはしゃいでいた。誕生日には大きなケーキを買っていくよと言われ、誰が食うんだと返す。細い両腕で囲むようにして、ケーキの大きさを表す。それはどうみても、10人分はありそうだった。

 これだけ喜んでくれるなら、無理をする意味もあるのかもしれない。ティーブは、そう思い始めていた。

 輪に話して、どうにか都合をつけて、1時間でも30分でも抜け出してやればいい。店に移動する時間がなければ、警視総合本部庁舎前の広場でもいいだろう。寒風吹き荒ぶ真冬の最中だが、1時間くらい耐えてやる。

 ぴょんぴょん跳ねて、目に付く動物全てに可愛いを連発する深雪に向けて、ティーブは声をかけた。


「プレゼントは何がいいんだ?」

 誕生日に、ご馳走とケーキとプレゼントは付きものだ。ティーブは幼い頃、両親から両手いっぱいの贈り物を受け取っていた。そしていまも、カードが届く。

「え!? 何でもいいの!?」

 勢いよく振り向かれ、思わず身構える。刑事は決して高給取りではない。

「安いものにしろ」

 思わずそう言うと、深雪は盛大に批難の声を上げた。それから腕を組んで、うんうん悩んでから、ぽつりと言った。


「……て」


 聞こえなくて、聞き返す。

「何だ?」

「あのね……誕生日に、一緒にいて」

 下を向いた深雪の顔は見えない。


 ぐっと両手を握りしめ、固く立つ子供。ふわふわとした白いセーター、赤いチェックのスカート。丈が短すぎるスカートからは、剥き出しの素足。ピンクと茶色のスニーカー、茶色の小さなポシェット。

 ドームの中には風がなく、さらさらの黒髪は素直に落ちて小さな顔を隠している。その表情を窺うことはできないが、深雪が精一杯の勇気でねだっているのはわかった。


 だが、ティーブは気づいていた。


 深雪は、誰でもいいのだ。この子は、本当は、誰でもいいのだろう。ティーブでなくても、優しくしてくれるのなら悪人でも構わない。

 だが、ティーブが見せた気まぐれの優しさに縋りつかざるを得ないほど、深雪は切羽詰まっていたのだ。この子にそういう自覚があったのかどうかはわからないが、深雪はぎりぎりの状態だったのだろう。

 だから、多分、そういうことなのだ。ティーブに見せる執着は、真実、ティーブを選び得たいからではない。頼れる人もなく生きてきた子どもが、目の前に出された大人の手に飛びついただけなのだ。


 ふっと息を吐き、ティーブはゆっくりと近づく。この子供が立ち竦む場所が見えたような気がした。それは、奈落へ続く崖の上だ。

 身を固くして俯く深雪の前に立ち、崖下へ落ちるなと願う。


 ティーブは黒い頭をぽんと叩き、そして言った。

「1時間だけな」

 どうにかして、1時間抜けだそう。輪に頼み込んで、ライオネルに頼み込んで、どうにか1時間、抜けだそう。

 深雪はびくびくと顔を上げた。その顔はティーブの想像通り、泣き笑いの表情を浮かべていた。


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