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星並べ  作者: 月夜
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いつもと違う日常  2

 ホテルに戻ったけど、何もすることはない。宿題など持ってきているわけもなく、ベッドの上でごろごろする。

 前にティーブじゃない別の班に派遣されていたときに、突如待機命令が解除されたのに私服を持っていなくて困ったことがある。だからあれから派遣されてくるときは、一応、私服も何着か用意することにした。

 だからいまも、私服に着替えて外に行くことは可能だ。今は冬で、コートを着れば手錠はバレにくい。友達が飾ってくれたやつは、もっとわかりにくい。だから着替えて、外に行けばいい。


 そうは思うのだが、深雪はだるくてベッドの上にいた。何でだろう。色々なことが面倒くさくて、苛々するときがある。

 あんまり苛々すると頭から変なのが出て、びりってくるから、あんまり考えないようにはしてる。

 でも、苛々する。


 煩いのは嫌い。明るいのも嫌。暗いのは陰気くさい。面倒くさいことはやりたくないけど、何もないのもつまらない。ひとりは、嫌。誰かといると苛々する。


 ひとりでいると、頭の中にいろんなことが浮かび上がる。それが嫌。誰かといると、どうしていいのかわからなくて苛々する。

 苛々すると駄目だから、色々自分に言い聞かせて、でも駄目だから、頭を白くする。何も考えない。


 でも、何も考えないことは難しい。考えないようにしても、何かが浮かぶ。どうでもいいこと。どうでもいいことなのに、まるでしりとりみたいに、そこから色々なことが浮かぶ。

 ぽつぽつと浮かんだ思い出に、引き摺られることがある。それはすごく困るから、深雪は頭を冷静にしたいときは、白い物を考えるようにしていた。白い壁、白い雲、白い紙、白いチーズ、白い牛乳。

 白い物は何かと考えていると、頭の中も白くなるかな。


 どうしても駄目なときは、星並べをする。あれは上出来。じっと見て、集中しなきゃできない。割ると、大変。とても怖いことが起きる。

 一度、星並べを割ってしまった捜査官を見たことがある。あれは、見せしめだった。深雪や、捜査官に成り立ての者を集めて、割るとこうなるんだと教えるために。


 星並べを割った捜査官は、頭に沢山のコードを付けられていた。あれには針がついていて、頭に差し込まれているらしい。

 深雪たちはガラスのこちら側にいて、誰かが捜査官の横にいた。何かを操作したら、コードをいっぱい付けた捜査官の体が、びくびくと動き出す。

 横になっているのに、飛び跳ねるように、びくびく、びくびく。声は聞こえないけど、叫んでいるのはわかった。

 怖くて目を逸らしたいけど、逸らしたら怒られる。じっと見ている先で、大人の捜査官は、飛び跳ねていた。大人の男の人なのに、診察台の上で横になったまま飛び跳ねていた。

 釣り上げられてすぐの、息のある魚。深雪は何故か、そう思った。それから、魚が嫌いになった。


 星並べは、絶対に割っちゃいけない。

 でも、使わないのはもっと駄目。


 1ヶ月に2回は必ずRSP本部に行かなきゃいけない。そこで、星並べをさせられる。深雪は特Aクラスで、その能力がいまもあるのかどうかを見るために。

 もしAクラスに降格されたら、給料とできる仕事が変わる。ティーブの第1捜査課第7係第3班が取り扱う事件には、特Aクラスじゃなきゃ派遣されない。

 同じ第1捜査課でも単純殺人を扱う第1係ならAクラスでも派遣されるけど、殺人事件の上に凶悪がつく第7係の事件は特Aクラスじゃなきゃ駄目なのだ。


 深雪はベッドの上に座って、星並べを始めた。

 柔らかな上掛けの上に置いたガラス球を浮かせる。星並べは軽いから、そういう意味では扱い易い。けれども壊れやすいから、そういう意味では扱い難い。

 慎重に、浮かせる。見えない両手で、掬い上げるように。


 念動力がどういうものなのか、それは深雪にもよくわからない。

 ただ頭の中で、こういう風に動く、と考えたことがそのまま起きる。重そうだなと思うものは、頭の中で重い物を動かせるように、動かせる。そうしたら、動く。


 深雪が動かせられる限界の重さは、実際の腕を使って動かすことのできる物体の、10倍だ。

 多分、そのくらい。RSPの試験では、実際に動かせられる重さの10倍を動かせられたら、特Aクラスへの第一段階を突破できる。だから、10倍を動かせられることにしている。

 本当の、本気でやれば、もう少し大丈夫だとは思うけど。


 自分の体は5センチ浮かせられる。これも、一生懸命やれば、もう少し浮くと思う。

 でもやらない。力を競い合っても見せびらかしても、いいことは何もない。

 これは、フェンの教え。


 目立たないように、周囲に溶ける。存在を消す。笑っていれば、とりあえず、今以上にひどいことにはならない。

 だけど本当は、笑えることなんか何もない。学校にいて、友達と話していれば、時々は笑える。何もかも忘れて、笑える。

 でも、学校を出ると、肌がぴりぴりする。特に、頬がぴりぴりして、背中がびりびりする。

 背中に目があればいいのに、て思う。外は嫌い。


 街中を歩くのと、警視総合本部庁舎の中を歩くのは同じ。深雪にとっては、どちらも怖いし、苛々するし、びりびりする。

 何でかはよくわかんないけど、考えないようにしてる。考えて、考えて、考えていると、苛々して頭が爆発しそうになる。

 そうなると、手錠から静電気が起きる。だから、力が漏れようとしているのがわかる。だから、考えない。


 考えたくないときは笑っていろと言ったのは、フェン。ウィルもそう言った。

 2人がそういうから、それは正しいことなのだ。へらへら笑っていれば、嵐はいずれ過ぎ去る。

 またすぐにやってきても、その間だけでも何もなければそれでいい。

 

 浮かせた透明のガラス球の中には、5つの玉。赤、青、緑、黄、白。5つの玉を一列に並べる。

 玉同士の間は、ゼロコンマ、ゼロイチくらい。ガラス球は掌に載るくらい小さい。5つの玉も小さいけど、少しでも触れ合うとすぐに割れる。

 5つの玉を一列に並べるのなら、隙間を空けなきゃいけない。でも、隙間が大きすぎると5つの玉は並ばない。

 深雪は5つの玉をぴたりと並べて、中心にある緑だけを止めて残りの四つをくるくると回す。

 こうやって動かしていると、本当に星のよう。小さな宇宙で、5つの星がくるくると廻る。



 星並べは集中しないとできない。

 集中してやっていたから、部屋の中で鳴り続ける軽やかな音に全く気づかなかった。


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