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星並べ  作者: 月夜
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いつもと違う日常  1

 せっかく久しぶりに第7係第3班に派遣されてきたのに、被疑者は早々に捕まってしまった。

 捕らえてみれば第5係第2班が追いかけていた犯人と同じで、別々の事件だと思われていたものが同一犯の犯行という、そういう結果に終わってしまった。

 おまけに被疑者は普通の人で、だからRSP捜査官の出番はなく、ぼんやり見ているだけで終わった。

 ティーブに、役に立てるというところを見せられず、深雪はとても不愉快だった。



「もうお前に出来ることは何もない。さっさと帰れ」

 犬でも追い払うみたいに、しっしと手を振られる。

 ティーブの手は大きいけれど、ライオネルみたいに分厚くはない。すんなりと指が伸びて、音楽家みたいな手だった。深雪は、ティーブの手が好きだ。

 大好きな手を両手でぱしっと捉えて、ぎゅっと握る。

「やだ」

 見上げるほどに高いティーブに、背伸びをして言った。

「なにが、やだ、だ」

 深雪が握るそれ以上の力で握り返される。手の骨が折れそうに痛くて、痛い、痛いと叫んだが、ティーブはそのまま握り続け、そしてようやく放してくれた。


「骨が折れちゃうよ……」

 涙目で訴えたが、笑っていなされた。

「そんなもんで折れるか。もっと魚を食え」

 深雪が苦手としている食材のひとつが魚であると知りながら、ティーブは言う。深雪は、べっと舌を出して返事に代えた。


 魚を美味しいと思ったことなど、今までに一度もない。味は薄いし、食べにくいし。深雪がそう文句を言うと、ティーブは次の日、揚げた魚にあんかけが載ったお店に連れて行った。

 確かに味は濃いのだが、骨が嫌だ。だからそう言うと、さっさと身を解した自分の皿と交換してくれた。

 ありがたいのだが、迷惑だった。だって、本当に、魚は嫌いなのだ。どうせなら、お肉がいい。深雪は鶏肉が大好きだった。


「俺は、忙しいんだ。帰れ」

 子供に言い聞かせるようにティーブが言うから、余計に意地になってしまった。

「忙しくないもん。だってカイザル刑事、さっきからずっと座ってるよ」


 ティーブたち第3班が追いかけていた事件が、結果的に第5係第2班と同一だっただめ、被疑者の聴取や送検などは、第5係第2班がすることになった。向こうが第3班より先に事件に関わっていたというのが理由らしい。

 だからなのか。追いかけていたボールがいきなり目の前から消えてしまった犬のように、ティーブは半ば茫然と暇を持て余している感じだった。


 図星だったようで、ぐっと詰まったようにティーブが睨む。

「暇でしょ? 遊びにいこうよ」

 ぐいぐい腕を引っ張ったが、簡単に振り解かれてしまった。

 だがほんとのところ、じゃあ行こう、と言われても、どこに? と戸惑ってしまうのだが。


 仕事のないときは学校にいるし、学校は敷地内に校舎も寮もあって外に出る機会がほぼない。

 外出許可とって、船に乗って、船着き場から低空船の停留所まで歩いて、低空船を待って、乗って1時間。それでようやく、町に着く。考えただけで、うへぇ、となる面倒くささで誰もおいそれとは出て行かない。

 生徒たちは惑星メイルのあちこちから集まってきていて、他惑星から来ている子もたくさんいる。長期休暇はそれぞれ家に帰るが、ちょっと集まって遊びましょうという距離でもない。

 よくよく考えると深雪は、誰かと遊んだ記憶が皆無なのだ。


 遊びに行こうと誘いながら、改めて気づいたそんな事実に愕然としてしまう。何だかすごく、つまらない人みたいだった。


「どうした?」

 深雪の落ち込みを察してか、ティーブがぽんぽんと頭を叩いてくる。

 邪険に払うくせに、時々優しくしてくれる。ティーブの優しさは気まぐれのようでいて、違うと最近気づいた。深雪が辛いときや、寂しいときに、優しくしてくれる。

 ティーブの薄い水色の目は、学校を囲む湖の色に似ている。ティーブの銀色の髪は、湖の向こうに広がる木立の風景に似ている。灰色で寒々しい風景。でも同じ色をしているのに何故か、ティーブは暖かいのだ。


 ティーブが見せてくれる優しさが、深雪のためを思ってだとわかっている。忙しい人だし、見目がよくておしゃれで、本当はこんなちっぽけな子供を構うような人ではないことも。

 深雪が側にいたって、ペットくらいにしか見えないだろう。それも、ものすごく出来の悪いペット。

 どうして、ティーブは優しくしてくれるのだろう。冷たい目で睨んだり、罵倒したりしないのだろう。他の刑事たちのように、どうしてそうしないのだろう。

 ティーブの優しさが嬉しくて、ほんの少し居心地が悪い。頭をこうやってぽんぽん叩かれるより、殴られた方がましな気がして、あたしはマゾなのかなぁと深雪は思ってしまった。


 もうやることないのはわかっている。派遣先の、ティーブでさえやることがないのだ。第7係第3班が担当になるような事件はまだ発生していないし、発生していたとしてもそれがディセの犯行だと思われなければ深雪に出番はない。

 帰れと言われればそれまでで、帰ろうかなと思い始める。やることはないし、つまんないし。

 ライオネルも輪も、どこかに行ってしまった。他の班の応援なのか、第5係第2班と最後の情報交換なのか、わかんない。

 詳しく教えてもらっても意味がないし、意味がないことは聞かない。沢山情報を与えられても深雪にできることは限られていて、やってはいけない事ばかりで苛々する。

 だからはじめから、知らないことに決めた。知らなきゃ、大丈夫。


 いまは冬季休暇中で、学校は休みだ。深雪の通う学校は、休みが多い。

 いままではこれが当たり前で普通だと思っていたが、先日、ティーブと話していてものすごく呆れられた。

 そんなに休みまくってどうするんだ。そんなこと言われても、知らない。深雪が決めたわけじゃない。

 学校が休みになると、生徒たちは全員あの島を離れる。

 深雪の学校に、休暇中も練習するような部活はない。コーラスだの、朗読会だの、手芸部だの、そういうのばっかり。

 授業さえ出ることがままならない深雪に、部活など出来るはずもない。深雪はもっぱら、料理部の試食に参加してした。


 学校は休暇中で寮には戻れないし、仕方がないのでホテルで滞在を続ける。

 捜査官の給料は安くて、困る。警視総合本部庁舎近くのホテルは、ディセでも簡単に泊めてくれるが、ディセだと通常料金の倍をとられるのだ。

 何かあった場合の迷惑料らしいが、迷惑をかけてから請求してほしいと思う。面倒くさいので、言われるままに払うけど。


 輪が、また誘ってくれないかなと思う。また、あの家に誘ってくれないかな。そんで、またケーキを一緒に作ってくれないかな。あの大型犬と一緒に散歩がしたい。

 黒くて大きな犬は怖い顔をしたおじさんが飼っているけど、大きくても茶色の犬は優しい顔をしたお兄さんが飼い主なのだ。

 学校でそう話したら笑われてしまった。何それ、変なの。そんなこと決まってないでしょと笑われて、深雪もそうだねと笑った。

 そんなこと決まっていないとわかっているけど、なんでかな。そういう決まり事みたいに思ってしまった。


 輪もライオネルも戻りそうになかった。ここでぐずぐずしているのは、彼らを待っているからなのかもしれない。

 時々、自分で自分のことがわからなくなる。どうしてこんなことをしているのかわからないまま、立ち止まったり、走ったりしてしまう。


 輪とライオネルの家は居心地がよかった。ご飯も美味しくて、楽しくて、よかった。

 でも、苛々する。何でだろう。楽しいのに、苛々する。いつもと違う日常は、深雪を特に苛々させた。

 よくわかんなくて、やっぱり帰ることにする。すぐそこの、ホテルに。冬季休暇はあと15日もある。ホテルでぼんやり寝ていよう。


 ふらっと出て行こうとした深雪の腕を、ティーブが掴む。

「どこに行くつもりだ?」

 帰れと言っておきながら、不思議なことを聞いてくる。おかしくて笑いながら、帰るんだよと答えた。

 どこにと聞くから、ホテルにと答える。どうしてと聞くから、学校が休みだからと答えた。ティーブはやっぱり、ちょっと驚いていた。


 ティーブや輪やライオネルが通った高校は、超がつく進学校らしい。

 進学校というのがどういうものなのか、深雪にはさっぱりわからないが、とにかく、勉強するところなのだ。朝早くから登校して、勉強。土日も勉強。夏休みだの冬休みだのもちろんなくて、勉強。

 深雪は聞いているだけで、頭が沸きそうになった。だがティーブたちはそれ以外に、部活までやっていたらしい。

 どうしてそんなに元気なのだろう。深雪は何だか、いつもどこかだるい。


「学校が休みだと、寮に戻れないだろう。どうするつもりだ」

「ホテルにいるよ。あ、それとも、カイザル刑事んとこに行こうか!? あたし、お料理しちゃうよぉ」

 ちょこっと本気で言ったのに、鼻で笑って却下された。

「ガキが色気づくな。さっさと帰れ」

 素っ気なく言われて、ほっとして、深雪は本部庁舎を後にした。


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